第29話『初めての高校生活』

  2



 制服に身を包み、同い年の人たちに向かって俺はこう言い放った。



「この度、この聖ヴァリアント学園に転入することになりました、クリス=ブリッジズです。よろしくお願いします」



 と、言うことで、俺はマリナさんが通う高等学校『聖ヴァリアント学園』に転入という形でクリス=ブリッジズという偽名を使って潜入することになったこの俺、ナオシ=サカイ。



 この学園は、いわゆるお坊ちゃまやお嬢様が通うような学園なので、身分の違いに身が震える。だって、俺もそれに合わせて清く優雅な立ち振る舞いをしなくちゃいけないんだもん。マリナさんにある程度の立ち振る舞いの指導をしてもらって違和感ない程度にはなったけど、不安はぬぐえない。



 一応、周囲にはマリナさんのボディガードということは隠しておく手はずになってはいるが、きっと何かが起きれば周知されることになると思うし、あまり意味はないと思う。



「では、エンライトさんの隣にある空いている机に座ってください」


「はい、分かりました」



 クラスメイトになる人たちから視線が集まる。そりゃ、転校生は珍しいもんだし、こうなってしまうのは仕方がない。ただ、なぜかその視線の中に憎悪を感じるものがあるのはなんでだろうか……。いや、察しは付くよ? その憎しみを込めた視線は、俺がマリナさんの隣に座るからだろう? そうだよね、マリナさんって、このクラスの女子たちの中でもダントツで可愛いもんね。でも、これは仕事なのよ。仕方がないのよ。ごめんな。



「ナオシ様、よろしくお願いします」



 俺が席に座ると、マリナさんは小声でそう話しかけてきた。


 その名前で呼ばれると色々と困るので、俺も小声で注意してやる。



「いや、ここではクリス=ブリッジズって名前なんで、そう呼んでくださいよ」


「……分かりました。クリスさん」



 今の間はなんですか? そんなに嫌なのかよ。どんだけ俺のこと好きなの?



「分かれば、いいですよ」



 と、そう言っておく。


 さて、中卒の俺が金持ち学校に通った結果だが……全然授業が分からないです。


 そりゃそうだよ! 勉強しなくなってどれだけ経ったと思ってんだよ。半年も勉強しないでいたらそりゃ色々忘れるわ。基本的な四則計算とかくらいしか覚えてないっすわ。どうすんだこれ……。



「ブリッジズくん、大丈夫~?」



 授業が分からな過ぎて机につっぷしていると、のほほんとしたやわらかい声が聞こえてきた。この声は……確か……ルビー=ボウルドさんだったはず。



「ルビーちゃん、だっけ?」



 そこにいたのはツインテールのちっちゃい少女。なんだか、フェルトに似てるな。



「そうだよ~。どしたの? 気分でも悪いの?」


「いいや。あ、でも、ある意味では頭が痛いかも」


「えぇ!? 転入初日で緊張しすぎたのかなぁ? 保健室に行くぅ?」


「いや、そういう痛みじゃないよ。大丈夫」


「ふーん……ねぇねぇ、ブリッジズくん。さっそくマリナちゃんと仲良くしてるみたいだけど、前から知り合いだったの?」


「あぁ、それは――」



 その瞬間、隣にいるマリナさんがいきなり身を乗り出した。



「はい! クリスさんは私を助けてくださったのです!」


「へぇ~。じゃあ、ブリッジズくんはマリナちゃんにとって白馬の王子様みたいな感じなんだねぇ」


「お、王子様だなんて。あぁ……」



 なんだか、顔を真っ赤にしながら自分の世界に閉じこもってしまったみたいだ。いったいマリナさんは何を想像しているのやら。



「ふふふ、カッコいいねぇブリッジズくんは」


「はぇ!? い、いきなりなんだよ。俺に惚れちまったか?」


「ううん」



 笑顔で否定とか、めっちゃ怖いんですがそれは。



「でもぉ、マリナちゃんがここまでに想っちゃうのはよっぽどのことなんだなぁって」



 まぁそりゃあ、テロリストに捕まって、列車を暴走させられて、そこに颯爽と現れてすべてを解決すればインパクトは凄いだろうけど、カッコいいのか?



「よっぽどのこと?」


「うん。だって、マリナちゃんって難攻不落って言われるくらい数々の告白を断ってきてるんだよ。でもでもぉ、マリナちゃんからこうなっちゃうってことは、とっても凄いんだよ~」



 そういえば、この前の食事会でメンタリズムとかいうのを披露してくれたよな。人の言って言っていることを嘘か真か見極めることができたりする技術とか。



 と、言うことは要するに、今までマリナさんに近づいてきた野郎の下心に気づいてしまっていたってことか。そりゃあ難攻不落ですわ。俺たち男子諸君はエロいことばっかり考えてんもんな。それ透け見えちまうって、それなんて拷問? マリナさんを口説くこと自体が己への攻撃になるとか誰が予測できただろうか。



「ルー? 食堂行くよ、おいてくぞ~」


「ふぁーい。いまいく~」



 ルビーちゃんのお友達らしき人たちが廊下から声をかけてきた。



「じゃあ、ご飯を食べたらまた会いましょうブリッジズくん!」


「おう、またな」



 とてとてとて~、とすり足気味で教室から出て行くルビーちゃん。


 さてと、俺もお昼ごはんといきますか。お昼休みもそんなに長いもんじゃないし、フェルトの手作り弁当を今食べずしていつ食べると言うのだね。



――ナオシさん、私が作りましたお弁当です。いってらっしゃいです。



 なんて言われたら、これは絶対に残さず食べるしかないよね。


 いざ、お弁当箱オープン……!



「お、おぉ……!!」



 女の子が作る弁当らしい色鮮やかな見た目。そして栄養バランスも考えられた野菜中心のメニューだが、決してご飯が進まないようなものじゃない。ベーシックなアスパラベーコンから……なんだこれ、トマトとチーズが豚肉で巻かれているだと!?


 それに極めつけはチキンステーキ。俺が鶏肉好きってのを理解してくれてるフェルトちゃんマジ天使ですわ――いや待て、な、何なんだこれ――。



「クリスさん、何ですか、この卵焼きは……」



 横から少しだけドスの利いた声が耳に響き渡る。いや、怖いよ。つか、俺もびっくりですわ。このハート型の卵焼き、どうやって作るんだこれ……。



「これ、誰が作ったんですか?」


「フェルトだけ、ど!?」



 笑顔が怖い! マリナさん、笑顔のようで目元が笑っていませんのことよ?


 どんだけ嫉妬してんのこの子。これは明日からマリナさんが弁当作ってきそうな勢いなんだけど、本当に作ってきたりしないよね? もしそんなことされたら、今度はフェルトから腹パンされそうなんだけど。



「フェルトさんですか……そうですか……」



 うわー、露骨っすよマリナさん。


 そんな表情されたら食べにくいったらありゃしない。ま、食べるんだけど。



「い、いただき、ま――」



 その瞬間だった――。



『きゃああああああああああああああああああああ!!』


『うわああああああああああああああああああああ!!』



 生徒たちの悲鳴とともに聞こえてきたのは何かが爆発したような炸裂音。教室の窓から外を覗くと、煙が上がっていたのは食堂の方だった。おい、待てよ……あそこにはルビーちゃんたち友達一行が行ってたはずじゃ……。


 ボディガード初日からいきなり事件だとか物騒すぎるだろオイ!

 ほんの数時間しか高校生活を満喫してないんだが? しかも授業しか受けてないし。学生の本分は勉強だって言うが、そんなのは建前だ。学生の本分は放課後に友人と遊びまくることだろうが。


 あぁもう……。せっかく高校生活ってのを楽しめると思ったのに。

 なんで、なんで学校が襲われてるんだよ! ここには俺と歳が変わらない奴らがたくさんいるんだ。しかも、俺と違って戦いなんてものとは無縁な……。


 誰がやって来たかは分からんが、絶対に許さねぇ!!



「マリナさん! 俺から離れるなよ!」


「は、はい! って、ちょ、何を――」



 俺はマリナさんを担ぎ、窓から飛び降りた。



「きゃあああああああああああ!!」



 俺の腕の中で叫び声をあげる彼女だが、その叫びを切り裂くかのように大きな声でこう宣言した。



「いくぞフェルト!! ジェネレート、コード:フェルト!!」



 すると、俺の手の中には緑色に透き通った剣が現れた。その剣身にはステンドグラスが割れたような模様が刻まれており、緑に輝く星屑を生み出す。それはとても妖艶で、神秘的で、なおかつ力を感じさせるオーラを放つ。



 これが俺の――俺たちの力。誰かを守るための、強大な力なんだ。

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