第18話『一日のはじまりはあいさつから!』

  4



 プロデュ―ス。


 その言葉からして、どうやら私の事を弄りまわして変えようとしてくれるらしい。


 だけど一体どんな事をしてくるのだろうか。あまり変な事をされなければいいんだけど。



「で、プロデュースってどんなことを?」



 その質問に、サカイさんが答えてくれた。



「まずはですね、挨拶の練習からやっていきましょう!!」


「あ、あいさつ……? なんでそんなことを――」


「いやいやいや、マクファーレンさん、あいさつほど大事なものはないのですよ? 一日はあいさつによって始まり、そしてあいさつによって一日が終わるのですから」


「は、はぁ……」


「じゃ、さっそく言ってみよう。はい、フェルトに向かって!」



 と、言われましてもどうしていいか分からないのです。


 だって私はいままでずっと一人ぼっちだったし、友達にあいさつなんて、いつからしていないか分からなくなってしまった。やるのは礼儀としてのあいさつだけ。そんな私に一体どんな事をしろと!?



「え、えっとぉ……ふぇ、フェルト、ちゃん」


「はい」


「あ、あれ……?」



 名前を呼んでも返ってくるのは感情が入っていない淡泊な言葉。


 名前の呼び方が悪かったのかな? 不機嫌にさせちゃったのかな? あ、あれれ。どうすればいいのよ私ぃ!!



「あ、あーマクファーレンさん。この子、あまり感情を表に出さないんですよ。だから、明るい言葉が帰ってこなくても気にしないで」


「は、はい」


「つーかよぉ」



 今度は先ほどまで鼻くそをほじっていた人――ロディ=ピットマンさんが、言葉を挟んできた。そんな人前で……汚いですね。



「フェルトちゃん相手に練習って、あまり意味なくね?」


「うぐ……。まぁ、等身大の学生さんには程遠いけど、女の子同士だしさ……」


「ここはだな」


「ロディ、何か良いアイディアがあるのか?」


「ああ。とっておきのがある」



 先ほどとは打って変わって、ピットマンさんの顔がマジメな表情に変わった。


 一体、どんな案を出してくるのだろうか。


 あまりにも期待させる様に言うものだから、思わず私はしっかりと耳を傾けた。



「男の子に媚びようぜ。それが一番手っ取り早い」


「はい?」



 どういう……こと……?



「ほら、上目づかいで言ってみよう。せんぱい、一緒に帰りましょ?」



 あまりにも気色悪い裏声で発されたその言葉に、私は鳥肌が立ってしまった。


 できるはずがない。そんな、気持ちの悪い事は。



「おいロディ。マクファーレンさんが求めるのは同性のお友達だ。男は侍らせたいわけじゃない。つーか、そんな露骨な事したら同性から嫌われるわ!!」


「な、なにぃ!? 友達が欲しいとは、男女関係ないのではないのか!?」


「関係ないわけないだろう。男友達は、まず女の子の友達が出来てからだ」


「そんなもんかね」


「そーゆーもんなの!」



 サカイさんが言う通り、私が欲しているのは同性の、女の子の友達だ。


 たしかに男友達でも悪くはないのだが、まずは、やっぱり女の子同士で仲良くしたい。



「そうだ、マクファーレンさんにまず聞いておかないといけないことがあった」


「なんです?」


「仲良くしたい人とかいるんですか?」


「え……?」



 考えた事もなかった。


 周りにいるのは私が見下しているくだらない人ばかり。そんな人たちとは仲良くできる気がしないし、仮に関わり合えることになっても、その仲は長続きしないと思う。



 困った。



 私がやらなきゃいけないことは、価値観をあいつらと一緒にしなくちゃいけないって事なの?


 そこまでして私は友達なんて欲しいとは思わない。自分を捻じ曲げてまで、ごまかしてまで、そこまでして友達が欲しいとは思わない。そもそも、そんな事して出来た友達は、本当に友達と言えるのだろうか。私には、分からない。分からなかった。



「うーん。そしたらさ、ちょっとでもいいんだ。話した事ある人はいますか?」


「話したことがある人……」



 ぱっと思いついたのはあの子――マーガレット=オブライエン。


 碧眼金髪縦ロールで語尾に「ですわ」を付ける。どっからどう見てもお嬢様にしか見えない彼女は無駄にプライドが高くて、基本教科では小テストで私より点数取れて威張っているのに、魔法学で私に点数で負けて口うるさく突っかかってくる。


 いつもやかましくて適当に流すけど、それでも構わず彼女は私に突っかかってくるんだ。



「一人……うるさくてやかましい人が」


『そ、それだぁぁぁあああああああああああああああああああ!!』


「ウェ!?」



 サカイさんとピットマンさんが同時に叫んだ。


 鼓膜が破れるんじゃないかと思うくらいに大きな声に、私は耳を塞ぐ。チラリと横を見れば、フェルトちゃんも耳を塞いでいた。無表情で。


 てか、一体どこにそんなに驚く要素があるっていうの?



「どうしたんですか、そんな大きな声を上げて」


「どうしたもこうしたもあるかい! そんな人がいるなら早く言えよ。その人とお近づきになる事がはじめの一歩だと俺は思うぞ」


「でもピットマンさん。私、あの人苦手なんですよぉ……」



 そんな私の言葉に、サカイさんは優しい声で返してくれた。



「だけど少なくともお喋りできているなら、きっとお友達になるれはずだよ」


「でも……」


「お友達が欲しいんでしょう?」


「う……」



 確かにお友達は欲しい。


 オブライエンさんはプライドが異様に高くて、常に一番じゃないと気に食わなくて、だから魔法学で私に負けてつっかかってくる。でもそれは、私の事をライバル視しているからだと思う。


 オブライエンさんの家系は昔から続く由緒正しき魔法使いの家。つまりは良い家の生まれだし、気品などは当然だとして、彼女に求められているのは人々の上に立つ事。それで魔法学で私に圧敗しているのだから、そりゃ悔しいでしょうね。



 きっと、彼女はめげずに努力してる。私に負けない様に、そして勝利するために。


 そんなオブライエンさんと……私は友達になれるのかな?


 いつも口うるさく言ってくるのも、私と友達になったら控えてくれるかな?


 分かり合えたら、何か変わるのかな?



「あの人なら、オブライエンさんなら、大丈夫、かも」


「よっしゃ! なら早速あいさつの練習だ。あいさつは基本だからな。ロディ、フェルト、お前らも協力しろ!」


「おうよ。絶対にマクファーレンさんとそのオブライエンさんとをお友達にしてみせるぜ!」


「頑張りましょう、マクファーレンさん」


「皆さん……」



 サカイさんも、ピットマンさんも、そしてフェルトちゃんも、私に協力してくれてる。


 ここに来なかったら、今でもオブライエンさんを毛嫌いしたままだっただろう。


 だって口うるさいし、小テストの度に私に見せびらかしてムカつく顔してくるし、だけど魔法学で負けて涙目になりながら「次は負けませんわよ!」って言ってくるし。


 ホント、やかましくって嫌いだった。


 だけども、そんな彼女だからこそ、友達になれるのかもしれない。


 本音で話し合えるマーガレット=オブライエンなら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る