第10話『突破』

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 最初は良かったんだ。最初はな。


 あともう少しで到着だし、とても静かだったから、このまま誰にも気づかれず、そして迅速に目的地に着けるのだと思っていたが……それはあまりにも甘い考えだったのだと、実感した。そしてそんなお花畑な考えをしていた数分前の自分に説教したい気分だ。


 油断は禁物だぞ、と。



「おいおいおいおい、何で俺たちが麻薬運んでるって警察の奴らは知ってんの?」


「おそらく魔導士警官だろう。あいつらは魔法を使ってこういう違法な薬物を見つけ出すからな。運悪くそれに引っかかっちまったってワケだ。さぁて、オメェさんのドライビングテクニックのお手並み拝見といこうじゃないか」


「随分と余裕なことですこと!」



 やつらは飛行魔法で俺らの事を執拗に追いかけ回していた。



『そこの白いスポーツカー、停まりなさい。もう一度言います。そこの白いスポーツカー、リトラクタブルライトの白いスポーツカー、停まりなさい。少々荷物を拝見させていただきたい』



 そしてこの警告。俺らは停まるわけにもいかず、このまま警告を無視し続けるしかない。だけど、このまま無視し続ければ当然……。



『停まる意志無しと判断させていただきます。このまま走り続けるのであれば、こちらは強硬手段を持ってしてあなたの車を止めます』



 だけど俺は無視するしかない。


 強硬手段? なにそれ美味しいの? それともエロいの?


 エロい事なら大歓迎だけど、今はそんな気分じゃないからまた今度ね。


 とにかく今は……。



「逃げるしかねぇよなぁぁぁ!!」



 ギアを5速から3速へとシフトダウンし、アクセルペダルを思いっきり踏み込む。


 体にズンと響くGの変化が、心臓に響き渡った。今まで体験したことのない爆発的な加速により、一時的には魔導士から距離を置くことが出来た。だが、しかし、まるで全然、これでは足りなかった。



 すぐさま追いかけてくる空飛ぶ魔導士警察。


 俺は道行く車を右へ左へと縫うようにかき分けながら、前へ前へと進んでいく。


 すると後方から何かが輝いていた。サイドミラーをチラリと見ると、そこに映っていたのは魔法使いが魔力を貯めて攻撃しようとしている姿だった。


 やばいぞ。魔法なんて使われたら一巻の終わりだ。こちとら不思議パワーなんてものはないただの機械なんだから。



「クソッ! どうする……」


「大丈夫だ。安心しろ」


「え……?」



 スキンヘッドのその言葉を聞いた瞬間に、魔法が放たれた。


 逃げることもできずにただそれをくらうだけしか出来なかった。


 だが、しかし、想像していた結果とはまるで違った。



「うおぁ!?」



 強い衝撃によって車がふらついたが、それだけで終わった。俺はすぐさま車の姿勢を直して再び加速する。



「なんだ、なんで俺らは吹き飛ばされてねぇんだ!?」


「アンチ魔力コーティングだ」



 なんだそれ、聞いた事ないぞ。


 まぁ、言葉を聞く限りじゃ魔法に対抗する何かってことは分かる。



「知らないか。名前の通り魔法を弾くことのできるコーティング剤をこの車に塗ってある。コレを運ぶんだ、魔導士が出てくることくらい予測済みだ」



 とにかく窮地は脱出できた。魔法による攻撃が通用しないと分かったアイツらは次にどういう行動をしてくるのか。


 すると橋が見えてきた。


 この橋の先にある街を抜ければ目的地は目と鼻の先なんだが……。



「やべぇぞ……包囲されてるじゃねえか!」



 すでに俺らの事は警察に知れ渡っていた。そりゃあ、ここに俺らが来ることは容易に予測できるだろうさ。だけど、今の俺はそれを失念していた。



「おい、どうすんだよつるっぱげ!」



 俺は助手席に座るスキンヘッドの男に叫ぶようにして聞いた。


 しかしそいつは、ニヤリと笑い、こう言い放った。



「問題ない。こうなる事を予測できないわけないだろう。だからこそ俺がここにいるんだ。この意味、分かるか?」


「はぁ?」



 するとおもむろにスキンヘッドは窓を開けだした。



「気にせずお前はこの橋を渡り切れ!」



 よく分からないが、とりあえずここはコイツの言う通りにするべきだ。


 ここで捕まってはエリカの身柄は帰ってこなくなる。俺は無事にこの仕事をやり遂げILAにグレゴリーを捕まえさせて、ナオシにエリカを助けてもらうんだ。


 そして俺は――エリカと一緒にドライブすんだよ!



「ここで捕まるわけにはいかねぇんだよォ!」



 ステアリングをランダムに切りながら、魔導士の攻撃をかわし続ける。


 車に無理な動きをさせない様に、適切な操作で流れるように車を左右に振る。当たってしまっても問題ない。バランスを崩して暴れてしまった車を、元に戻すのは得意なんだからな。


 橋の真ん中に辿り着いた頃、さっきから後ろにある馬鹿デカい鞄から何かをごそごそと取り出していたスキンヘッド。いったい、それは、何なんだ……!?



「なんだそれ……」


「ロケットランチャーだ」



 まさか。いや、そのまさかだった。


 当たり前の様に答えるスキンヘッドは四角い筒状のものを、このクソ狭い車の中で取り出して、それをその身ごと窓から出して構える。


 おい、まさか。おいおいおい、まさかだよね!?



「ぶっとべ……!」



 ばしゅぅぅぅぅぅぅぅ!! という音と白煙と共に、それは放たれた。



「ファーーーー!?」



 そして凄まじい爆音とともに、道路を閉鎖していたバリケードとパトカーが吹き飛ぶ。その様子を見て、俺は口をあんぐりと開けていたのだが、それに構うことなくスキンヘッドはもう一発、確実に道を開けるべく発射した。


 弾頭が目の前を通過していく。


 もう、何が起きているのか理解できないが、深く考えるのはよそう。


 とにかく、俺は俺の仕事を完遂させることだけを考えろ。この車を、誰よりも早く走らせることだけを考えるんだ!

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