第36話 魔王様、南へ向かう
瞼越しに眩しさを感じる。
目を開けると雲ひとつない青空が広がっていた。
風が駆け抜け草木が動く音しか聞こえない世界。
改めて俺が地球とは違う世界にいるのだと言うことを実感させてくれる。
「ハルト、起きたのか?」
右腕にまとわりついていたカリュウを退かしながら上半身を起こすと、先に目覚めていたタートが声をかけてきた。
「ああ、久しぶりにゆっくり寝た気がする」
「何かと面倒ごとが続いていたからな」
「その面倒ごとが片付いたからな」
大きく伸びをして立ち上がろうとした時に、ぼやけていた頭が一気に覚醒する。
「タート、体は大丈夫なのか?」
「ああ、起きたら気分が良くなっていた」
俺と同じように大きく伸びをしたタートは、準備運動をするように腕を伸ばしたり、体を逸らしたりしている。
タートの体調が良くなったのは何よりだ。俺とカリュウは戦いに関しては役立たずだから。
「でも、何が原因だったんだ?」
「わからん、エルフたちを助けた後からうまく体を動かせなくなった」
「体を動かせないか…気分が悪いとかじゃなかったのか」
「そう言うのじゃない。体を動かすことを体が拒否しているような、そんな感じがした」
自分の手を見ながら開いたり閉じたりをしているタートは、体を久しぶりに動かせるのが楽しいのか手を伸ばしたり、足をあげたりしている。
「体が動くようになったら腹が減ったんじゃないか」
「うん、腹が減っている。なにかあるか?」
「あるってもんじゃないぞ」
タートの体調不良のせいでフーリンが作った保存食はほぼ手付かずの状態。
俺やカリュウ、サキウスとユリアスだけではタートの一日分すら食べれてはいない。
その上、昨日会ったレキオン達がタートにとさらに食料を持ってきたから、糖分飽食しても問題ないくらいの食料がある。
「これでいいか?」
カゴの中から一番でかい燻製肉の塊をタートに手渡す。
包み紙をバリバリと破いたタートは、大きな口を開けて噛みちぎるように肉を食べ始める。
どんどんと減っていく肉を見つつ、全ての心配事がなくなったなと安心する。
「あれ?タート様がご飯食べてる」
カリュウも起きたのか、目を擦りながら肉を貪り食うタートを見て歓声をあげた。
「なんだ?わたしが食べてたらおかしいのか?」
肉を食べる手を止め、カリュウを睨むタート。
「いえいえ、タート様が元気になって嬉しいだけだよ、ね、兄ちゃん」
「そうだな、タートがきちんと食べていると少し安心する」
こちらを不満げに見つつ燻製肉を食べているタート。
本当に落ち着く光景であることは間違いない。
「そういえば、これからどうするの?」
「これから?」
「あたしが発端だから言えたクチじゃないけど、エルフの騒動は終わったじゃん」
「まあ。そうだな」
「もう東に行く理由はないし意味もないよね」
「確かに東にはもう用がないな」
「もう兄ちゃん、起きてるの?ここまで言ったんだからわかってるんでしょ?」
カリュウが言いたいことは分かっていたけど、そこあたりを決めるのはタートだ。
「ハルト、私のことは気にしなくていい。ハルトの行きたいところへ行けばいい」
タートがそう言うのは分かっていたがあえて言わないでおいたのは、タートがもしかすると行き先を決めてるかもと思ったから。行き先を最近はずっと俺に任せきりだから、まあ、分かっていたことだけど。
「今は暖かいけど、これから北は寒くなるだろうから南に行こうか」
「さんせ〜い、あたし寒いの嫌いだから」
「ハルトがそう言うなら南に行くか」
2人から異口同音の返事を聞き立ち上がる。
南はどんな景色が見れるのか今から楽しみだ。
朝食を食べ終え、なんとなく南だと思う方向に向けて歩き出す。
エルフのとの会合のせいで街道を離れてしまったのもある。
「まずは街道に出て、どこかの街か村で情報収集だな」
「あたしは南にはいったことないから当てにしないでね」
「タートは?」
「私は行ったことがあるかもしれないが、よく覚えていない」
「そうか」
分かったことはやはり情報収集しないといけないことだけ。
タートは人混みが嫌いだから、それなりの大きさの村がいいがちょうどよく見つかるかどうか。
「南といえば、連邦を出たら王国の領域になるな〜」
「正直、国がどうとかいうのがいまいちわからないんだよな」
「私もよくわからん」
俺とタートの返事に、カリュウは繋いでない右の手のひらを上に方あたりまで上げ呆れたという感じにため息をつく。
「2人とも今までどうやって生きてきたの?」
「俺はこの世界に来て数ヶ月だけど」
「私はそんなもの気にして生きていない」
「あぁ…2人はそんな感じだったっけ…?」
怪盗にトーンダウンしたカリュウは、少ししょげたように口を尖らせている。
「じゃあ、カリュウ先生の知識を拝聴させてもらおうか」
「仕方ないな〜、兄ちゃんが聞きたいっていうなら教えてあげてもいいけど」
途端に調子を取り戻したカリュウが、少し腹が立つ笑顔をしながらこちらを見てくる。カリュウはムードメーカーになりつつあるけど、少し鬱陶しい時があるのは悪いところかもしれない。
「カリュウ、さっさと言え」
俺ではなくタートから急かすように言われ、カリュウは渋い顔をしながら口を開いた。
「まあ、南といえば王国、王国といえばゴブリンだよね」
「ゴブリンか、話には聞いてたけどどんな奴らなんだ?」
あっちのゲーム的なゴブリンであれば、気持ち悪い、不潔、悪食、まあ、悪いところしか思い浮かばない嫌な奴らだ。もし、こちらでもそうならできる限り避けて通りたいところだけど。
「そうだな〜、あたしは嫌いかな。気持ち悪いし、近寄りたくないって感じかな〜」
中空を見ながらしゃべるカリュウ。だが、さきほど南に入ったことがないというのになぜゴブリン情報を持っているのか?どこかで出会ったことがあるなら別だけど。
「カリュウ、さっき南には行ったことがないって言ってなかったか?」
「え…?」
途端に慌て出すカリュウ。
何か誤魔化すように右手をふりつつ何かを言っているが、全てが言い訳くさい。
「カリュウ、正直に言え。行ったことがあるのか?」
「ごめんなさい、ほんとにないです…」
タートからの叱責のような問いかけに項垂れて答えるカリュウ。
なぜそんなすぐにバレる嘘をついたのか…
彼女なりの見栄を張りたいところだったのだろうか?
「で?本当に何も知らないのか?」
「一応、はぐれゴブリンには会ったことがあるよ」
「はぐれゴブリン?どんなゴブリンなんだ?」
「基本的にゴブリンて群れで活動するんだよね。一つが大体100匹単位くらいで」
「そんなもんなのか」
「うん、で、そのはぐれゴブリンは〜、なんていうのかはぐれたんだよね、群れから」
だろうな、という言葉を飲み込みつつカリュウの次の元言葉を待つ。あまり話の腰を追って拗ねられても困るから。
「それで、そのはぐれゴブリンは、なんでか清潔で普通なんだよね。言葉も喋るし」
「ゴブリンは普通に喋れないのか?」
「普通がなにかわからないけど、喋れないというかゴブリン同士で通じる言葉を喋るというか。あたし達には理解できない言葉みたい」
「魔族たちは、それはそれで違う言葉で話しているからな。リルリルも聞こえないだろうが、2人には聞こえない言葉で話している」
タートがカリュウの言った事を補足するように言う。
というか、リルリルが喋っていたことに驚いた。なにかテレパシーとかそう言うのでタートと話しているのかと思ったけど、まさか聞こえない言葉で話していたとは。
「あたしはそう言うわからないけど、そのはぐれゴブリンが言うには、群れ方はぐれたら喋れるようになったとか」
「よくわからん理論だな」
「だよね、で、そこで色々元いたゴブリンの群れも話をきたんだよ」
「それで、汚いだ不潔だって話になったわけか」
「そうそう、全部又聞きだけど」
「タートはどう思う?」
「ゴブリンは基本的に群れで動く弱い魔物だ。だが、群れが大きくなったりすると厄介になる」
「うへぇ…あんなのが数百匹もいたら嫌すぎるよ…」
「そのゴブリンの外見はどんな感じなんだ?」
「大きさはあたしよりも小さくて、身長は1メートルないくらいじゃない?」
「そうだな、それくらいだ。群れのトップにならないと食べるものも粗悪だから常に飢えてガリガリだ」
「そうみたい、だから余計気持ち悪いんだよ」
だいたいわかったが、どうやらあちらゲームに出てくるようなゴブリンを予想すれば良さそうだ。ただ、あの動かないゴブリンならいいが、実際に動くゴブリンを見て何かできる自信は全くない。
「まあ、会ってみてからのお楽しみじゃない?」
何が楽しみなのか全くわからないが、なぜかカリュウは楽しそうだ。ゴブリンは嫌いだとか気持ち悪いと言っていたのに。
「ああいう群れたのを相手にするのは面倒だ」
俺たちの主人であり、唯一の戦力であるタートですらそんな感想なのか、と少し驚く。タートなら軽く薙ぎ払えそうなのに。
色々ゴブリン談義に華を咲かせていたら、ようやく大きな街道ではないが、側道的な街道にに出ることができた。
このまま南に行けば、時時期に村か何かが見えてくるだろう。
そこでゆっくり休みながら、今後の予定やゴブリンのことをもう一度確認しておこう。
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