第35話 魔王様、たぶんエルフ問題を解決させる

「助けた代わりと言ってはなんなのですが、2人の願いを聞いてほしいんです」


切り出すなら最初がいいと挨拶もほどほどに本題を切り出した。

後ろでは息を呑む音が聞こえたが、回りくどい言い方としてもうまく行く気がしない。


「2人は、出来てばジュリマスで働きたいと言っています。働く場所も来て欲しいと言っています。いかがでしょうか?」


サリウスとユヌオンの顔が険しくなるのは当然だと思う。

自分の愛娘が、敵対している人の街で働きたいと言うのは到底受け入れられるはずがない。


「あんた!もう少しうまく説明しなさいよ!」


俺に聞こえるくらいの小さな声でユリアスが怒ってくるが気にしない。


「助けたお礼を頂こうとは思いませんが、できてば2人の願いを聞き入れていただきたいのです」


「それはタート様も同じ考えで?」


「ええ、彼女も出来るならば働かせてやって欲しいと言っています」


メェ子の上で体調が悪そうにしているタートに問いただすわけにも行かず、レキオン、サリウス、ユヌオン時の三人が顔を合わせて何か小声で話し合っている。


「いつかは、人と融和しなければならない時が来ると思います。その時の尖兵と言うわけではありませんが、地固めのためと言うことにはできませんか?」


「ハルトさん、申し訳ないが即答はできない」


サリウスが申し訳なさそうに顔を左右に振りながら言ってくる。


「ただ、助けていただいたタート様やハルトさんの言葉を無碍にはできないのも事実です」


少し諦めた顔をしたユヌオンが続く。


「私の娘、レキリスもきっと賛同しそうなのですが、私は前向きに考えてもいいと思う」


1人だけ明るくはないが微笑みつつ言ったレキオンは、2人の里長の肩を叩く。


「このまま閉鎖的な暮らしをしていてもいつか限界は来る。エルフとして生きるのであれば、場所に縛られる必要もないのかもしれない」


「その日暮らしや古い伝統を守ることが全てではないと言うことなのかもしれんな」


「変わる時、その時が来たのかもしれない」


三人が三人、諦めにも似た消極的な賛同をしてくれたことにサキウスがユリアスに抱きつきながら喜んでいる。


「何も問題がないわけではありませんが、お願いする酒場の女主人は良い方です。悪いようなことにはならないかと」


「それで安心できればどれほど良いか…」


「安心していただくしかないかなと思っています。後は、働くにあたりルールを作るのがいいと思います。働きます、自由です、ではみなさん心配でしょうから」


「ハルトさんの言うとおりだ、里の中でも娘達と一緒に街に出たいと言う者も出てくるだろう。最低限の決まりを作らねばおかしなことになりかねない」


「全員が全員納得できるルールづくりは難しいかもしれませんが、ルールを作り守ることを条件にしていけばいいと思います」


「わかりました。里の者や娘たちとよく話し合い決めさせていただきます」


「よろしくお願いします」


まだざわつきは収まらないが、最低限の仕事はしたはずだ。

ユリアスは自分の親のところに戻り早く話し合いを始めようとせかしたてている。

サキウスは、メェ子の上で寝ているタート、俺、カリュウの順番に丁寧にお礼を言うと、ユリアスと同じように親の元へ向かい再会を喜んでいる。


「今回は無理なお願いを聞いていただき、さらに娘たちを助けていただき改めてお礼を言わせていただきます」


再開を喜ぶ場から離れてきたレキオンが頭を下げる。


「いろいろありましたが、なんとか助け出せて本当に良かったです」


「それで、そのお礼と言ってはなんなのですが」


そう言いながら、レキオンは肩から下げた鞄の中からダチョウの卵かと思うくらい大きな卵を取り出した。


「それ食用?」


「食用ではありません」


カリュウの質問を即答で否定したレキオンは、両手で卵を持つとタートに渡そうとしてくる。


「この卵は、二日前の出発時に里の祭壇に置かれていたものです」


「卵が祭壇に?」


「はい、すぐに里の占いに長けた者に調べさせたところ、数日中に会う高貴な方に手渡すべしとの宣託をうけました」


「高貴な…」


そこまで言いタートを見ると、タートもこちらを見てきていて何か言いたいことでもあるのかと弱々しい声で言ってきた。


「私どもが会う高貴な方といえばタート様以外に考えられないと持参したのです」


「で、その卵はなんの卵なんですか?」


「わかりません。私たちが知る動物の卵ではないことは確かです」


エルフの知識を持ってしても知らない動物の卵。

あまりいい感じはしないが、受け取るべきタート卵が気に入ったのか左手を差し出している。


「タート、大丈夫か?」


「ハルト、大丈夫だ。手は離すな」


俺が卵を受け取って渡そうと思ったが止められてしまった。

弱々しく上げた左手で自分の顔よりも大きな卵を受け取ったタートは、自分の背中に向けて投げた。

落ちて割れると思ったが、卵はタートの服のフード部分にうまく入り収まった。


「うわぁ、タート様、怖いことするな〜」


「入ったからいいものの落としたらどうするつもりだったんだ?」


「ハルト、私が失敗すると思うのか?」


弱々しいけど、それでも迫力がある声で聞いてくるタート。

たしかに、タートならば失敗はしないような気がする。


「後はこれを」


レキオンが今度は俺に手のひらを差し出してくる。

手のひらの上に載っていたのは、紫と赤、青の3色のビー玉。

なんでビー玉?子供の時に変わった色のビー玉を集めたことはあるが、この歳になってもらっても嬉しくはない。


「あの…これは?」


「三つの里に伝わる宝具だと言われています」


「宝具?そんな物なんですか?」


「ええ、由来や何故宝具なのかは伝承が途絶えてしまったのでわからないのですが、とにかく宝具として祀られていたのです」


「でも、その宝具を何故俺に?」


「タート様にお渡しした卵の宣託を受けた際に、この宝具を付き従う者に渡すようにと」


タートに付き従うといえば俺かカリュウだが、純粋な、と考えると俺だろう。

ビー玉になんの価値があるかわからないが、エルフの宝具と言われ、長く祀られてきた物を渡してきている以上無碍に扱うことはできない。


「わかりました、ありがたく受け取っておきます」


「受け取っていただき、私たちとしても嬉しい限りです。タート様やハルトさんのおかげで娘たちが戻ってきたのに、私たちとしては食料以外にお礼をする術がなかったので」


本当にほっとしたように言ったレキオンは、俺の手に3色のビー玉を渡すと一緒に来ていたエルフたちに声をかけた。

声をかけられたエルフたちは、馬の背に乗せられていた荷物を俺たちの前に積み上げていく。

元気な頃のタートの食欲で考えればかなり嬉しいが、体調が悪くなっているタートは食欲まで無くなっているのだ。


「私たちにできる感謝の気持ちです。どうぞ、受け取りください」


「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」


「では、暗くなる前に森に戻りたいので私たちはこれで失礼させていただきます」


「はい、お気をつけて」


「タート様やハルトさんも」


荷造りをし終えた一行がエルフの領域である東へ向けて移動をし始めた。

最後にサリウスとユリアスがタートに何度も何度もお礼を言い、俺の所にはサキウスがお礼を言いにきた。ユリアスは、俺を睨みつけつつ華を鳴らしてサキウスを引っ張って一行に合流して、そして、姿が見えなくなっていった。


「なんかさ〜、あたしも頑張ったのにガン無視だったよね?」


不満そうに言ったカリュウは、大の字になって横になった。


「エルフとして、ハーフエルフに感謝するって言うのが出来なかったんじゃないのかな?」


「それとこれとは違うんじゃないの?」


頬を膨らませて手足をジタバタさせて文句を言うカリュウだが、文句を言う相手は俺ではなく、レキオンやエルフたちではないのかと思いながら俺も腰を下ろす。

疲れたと言う感じはないが、少しくたびれた感はある。


「どうする?今日はここで休む?」


「そうだな、まあ、いいんじゃないかな」


草原のど真ん中、何かが襲ってきたとしてもタートかメェ子がすぐに気づくだろう。

季節も夏に近づいたのか夜でもそれほど寒くはない。


「じゃあ、適当にご飯出すね」


「タート、動けそうか?」


「無理だ」


即答の上、短く答えたタート。

仕方ないので抱き抱えてメェ子から下ろし、地面に座らせようとしたがタートが俺の服を掴んで離さない。


「タート?離してくれないと飯の用意ができないんだけど」


「ハルト、なぜかわからないがすごく気持ちがいい」


「タート様、もしかして兄ちゃんに甘えてる?」


カリュウが茶化すように言うが、その頃にはタートが小さな寝息を立てていた。

よほど体調が悪く休めていなかったからなのか、理由はよくわからないがタートが本調子になってくれないと俺たちも困る。


「タート様、大丈夫かな?」


茶化しはしたものの、カリュウもまたタートの体調をきちんと心配していたのは知っている。俺と同じ理由で、タートが自分の生命線だと言うには理解しているだろうし。


「兄ちゃん、どうする?もう休む?」


「俺は少し腹が減ってるんだ」


「わかった、適当に出すから一緒に食べよ」


保存食が入ったカゴの中を漁りながらどれにしようかなと悩んでいるカリュウ。

その隣では少し疲れ気味に見えるメェ子が横になっている。

早く選んで欲しいなと思いながら、明日にはタートの体調が戻るだろうか、どこに向かって旅を続けるか、そんなことを考えながら雲ひとつない空に浮かぶ星々を眺めていた。

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