第33話 エルフ、盛り上がる
朝食後に俺を待っていたのは皿洗い。
寝てしまったタート、カリュウ、フーリンは当然ながら免除されている。
テキパキと指示を出すユリアスに従い、サキウスと共に皿洗い。
楽しそうに皿洗いをするサキウスと淡々とそれでいて的確に酒場内を片付けていきユリアス。
俺とサキウスが皿洗いを終える頃には、ユリアス一人で店内の清掃や道具類の片付けその他もろもろを終わらせていた。
「あんたらがもう少し使えれば早く終わったのに」
労働の後のお茶を出してくれつつユリアスが嘆く。
「ごめんね、ユリアスちゃん」
「あんたがとろいことは知ってるからいいわよ。もう一人がきちんと働けばよかったんだけど」
サキウスをフォローそつつ、俺に対しては睨みつけつつきつい発言。
好かれる要素がないとは思いが、嫌われる要素もないと思うのだけど。
「俺が遅かったのは悪かったは、ユリアスは手際が良すぎだろ」
「あれで手際がいい?ふざけないでよ、お母さんに比べればまだまだよ」
「ユリアスちゃんのお母さんは働き者だもんね」
「天命や深淵とは違ってうちは豊かじゃないから働かなければならないだけよ」
お茶の入ったカップを両手で持ちながら、息を吹きかけ覚ましては飲むを繰り返しているユリアス。
「祈祷の丘は、あまりいいとこじゃない…必死に働いたって食べていくにがやっとなんだから」
「ユリアスちゃん…」
「同じような場所にあると思ってたけど違うんだな」
「祈祷の丘は一番歴史が浅いから。いい場所なんてなかったんじゃないかって」
心配したのかサキウスが椅子をユリアスの近くまで寄せて肩を抱く。一瞬嫌そうな顔をしたけど、諦めたのかお茶を飲んで何かを飲み込んだようだ。
「二人は仲がいいんだな、レキウスとはどうなんだ?」
「レキウスともサキウスとも基本は文通でしかやり取りはないわ」
「お父様達はあまり仲良くないから…」
「だから、一つではなく三つに分かれてしまったんだけどね」
「エルフも色々あるんだな。で、聞きたいんだが、その服はフーリンさんのなのか?」
ずっと気になっていたのだ、白と黒のメイド服なんてすぐに手に入るものでもないし、彼女達のために用意したと言うのであればすごい速さで準備したことになる。
「そうよ、なんでか持ってたみたい」
「まだあったよね、明日は違うの着てみようかな」
楽しそうに言うサキウスに、ずっとここにいるつもり?とユリアスが突っ込んでいる。
二人ならうまくやっていきそうな気もするが、そう言うわけにはいかないだろう。
「たぶん、明日か明後日には出発しようと思っているんだ」
「でしょうね、ここに長居してもいいことはないでしょうし」
「そうなの?わたしは…いてもいいかなって思うけど」
「里に帰っても良いことがないのはわかってるけど、まずは帰らないと」
「そう…だよね…」
寂しそうに言ったサキウスは、ユリアスの肩に頭を乗せはぁ〜と大きなため息をついた。
サキウスの反応を見ていると、エルフの中にも街で働きたいと言う思いを持った者達がいるのかもしない。2人が悪い誘いに乗ったのもそれが理由なのか?
「サキウスは街で働きたいのか?」
「お父様が許すなら働きたいかな…私はあまり里での仕事が苦手だから」
「あたしも働きたい!里でどれだけ頑張っても限界があるし、それに閉鎖的なのが嫌だから」
控えめに答えたサキウスと被せてくるように深刻な顔で聞いてもいないのにも耐えてきたユリアス。
対照的ではあるが、思いは一緒なのだと言うのはわかった。もしかすると、レキウスもそうだったのかも知れない。
「でも、お父様達は絶対許してくれないよ?」
「だから、今回の話が怪しいけど乗ったんだよ…」
「里での暮らしがいいか悪いかわからないけど、タートが言えば少しは聞いてくれるかもしれない」
「あの子が?あんな子供に何ができるって言うの?」
「タートちゃんは可愛いけど、そんなことできるの?」
「タートは、まあ、そう見えないけど魔王なんだ。先代の魔王、サートの娘なんだよ」
俺の言葉にポカーンとした顔でこちらを見てくるサキウスとユリアス。
先に驚きから立ち直ったのはユリアスで、持っていたカップを勢いよくテーブルに置くと両手をついて身を乗り出してくる。
「あの子が魔王?なんのじょうだん?またあたしを騙す気?」
「タートはそう見えるかもしれないが、本当に魔王なんだ。サキウスとユリアスを助けるために戦ったのもタート一人。俺とカリュウはほとんど何もしていないんだ」
「タートちゃんが魔王様…」
「魔王様…それなら、お父さん達が話を聞いてくれるかも」
「本人が話をしてくれるかどうかはわからないけど」
「そこが一番の問題よね」
どかっと勢いよく椅子に座り直したユリアスが、お茶を飲みながら虚空を見上げる。
俺的にはメイド服でそう言うことをするのはイメージが悪くなるから勘弁してほしいが、ユリアスに言う気はない。何を言い返されるかわかったもんじゃない。
「一応相談はしてみるけど、タートも里長達も良いと言ったらどうする?」
「そんなの聞くまでもないじゃない」
「うん、私も街で働きたいのか!」
まだ半信半疑で渋顔をしてるユリアスと対照的に、サキウスは決まったみたいに喜んでいる。
悪い結果というか、良い結果を出してあげたいなとは思うが、最初の難関はタートの説得というか説明というか、そこあたりだろう。
「ここで働かせてもらえないのかな?」
どうタートを説得すべきか考えていたら、ポツリとサキウスが言った。
このことは俺が何かいうことはできないというか、主人であるフーリンに聞くべきだろうと思った瞬間肩に衝撃が走る。
「いいよ!問題なし!今日はひっさしぶりに楽しかった!」
ジョッキ片手に現れたフーリンは、上機嫌にビールらしきものを飲みつつ椅子に座る。
「良いんですか?」
上目遣いで恐る恐る聞くユリアスに、ニコニコなフーリンは問題ない問題ないと繰り返しながら何故か俺も肩を叩く。本当に痛いから勘弁してほしい。
「まだ決まったわけじゃないんでよ」
「そうなの?じゃあ、早く決めてきなさいよ」
駄目だ、フーリンの中ではもう2人が働くことで話が進み始めている。
軌道修正したいが、フーリン快諾にサキウスとユリアスも喜んでいるので水を差すのは少し気が引けた。
「当然お給金も出すし、服は支給するし、賄いも出す!どう、お二人さん?」
「フーリンさん、私やります!」
「サキウスがやるなら、あたしも…いいかな」
「よしよし、服も用意しなきゃないし、これから仕込みもどんどんしなきゃないし、忙しくなるな〜」
テンションが上がったフーリンとサキウス、表用には出さないが高揚しているように見えるユリアス。
ここで人とエルフが仲良くしていれば、もしかしたら融和につながるのかもしれない。
さらには、ハーフエルフの地位向上かもしくじゃ改善が見込まれるかもしれない。
どうして今の対立が生まれたのかはわからないが、みんな仲良くまでとは行かなくてもそれなりにやれれば良いんじゃないかと思う。
問題は、タートをどうやって説得するか。
もしかしたら、俺にやれと言ってきそうな気もする。
それならそれで、適当にやってみるしかないか。
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