第32話 魔王様、食べている
何か妨害や、最悪反撃があるかと思ったが、何事もなくフーリンの酒場に戻ってくることができた。
かなりハードな二日間だった。
俺以上に疲れていたのはタートだ。
酒場に着くなり「眠い」と一言だけ言ってさっさと部屋へと戻り寝てしまった。
エルフの二人も緊張の糸というか、開放された安心感からなのか部屋に案内するなりベットに倒れ込んで寝てしまった。
残るカリュウはエルフの二人を案内している間にタートの隣で寝てしまっていた。彼女なりに疲れた一日だったのだろう。
俺はと言うと、逆に目が冴えてしまって寝られなくなってしまった。
外は真っ暗になっていて、酒場も開店休業状態。
主人のフーリンは眠たそうにあくびをしている。
「あんたは寝ないのかい?」
「寝たいんですけど、目が冴えてしまって」
カウンター席に座ると、フーリンが面倒くさそうに言ってきた。
「まあ、あたし的には部屋代で稼がせてもらったからいいけどさ」
「部屋代といえば、多分明日の朝食はすごいことになるかもしれません」
「すごいこと?何か偏食か好き嫌いがあるとか?」
フーリンはすごく嫌そうな顔をこちらに向けつつ、パイプを咥えた。
「いえ、来た時のことを思い出していただければと」
「ああ、あの嬢ちゃんがやけに食べたね」
「はい、で、明日の朝はそれ以上に食べるかと」
「あの時も随分と食べたけど、あれ以上に?」
まさかと言う風に鼻で笑ったフーリンは、パイプを口から離し口から煙を吐き出した。
「確実に食べますよ。たぶん、今日一日何も食べてないと思うので」
「をういえば、今日はハーフエルフの子供が来てから外に出て行くまで部屋にいたね」
「今は睡眠欲が勝ったんだと思いますが、寝て起きればお腹が空いてることに気づくはずなんで」
「ふ〜ん、てことは…」
俺の言葉に短く答えたフーリンは、パイプのボウル部分を右手で撫でつつもう一度ふ〜んと言うと突然立ち上がった。
「あんたには悪いけど、あたしはこれから仕込みに入るから」
早口でそう言うとフーリンは軽い足取りで厨房へ消えていき、すぐに調理をしていると思われる音が聞こえてきた。
もしかするとフーリンは料理好きなのかもしれないな、と思いつつ話し相手がいなくなったので寝ることにした。
寝付けなかったせいか起きたのは一番最後だったようだ。
窓から見える外は既に明るくなり、街の喧騒が聞こえてくる。
それ以上にうるさいのは一階だ。
宴会でもしているのかと思うくらい騒がしい。
今までにない騒がしさを不思議に思いつつ部屋を出ると、吹き抜けから一回を見下ろし驚いた。
フーリンの酒場が満席になっていた。
来て数日しか滞在していないが俺達以外の客がいたことがないのに、なぜか大盛況。
何が起きているのかわからないまま一階へ降りていくと、すでに大量の皿をテーブルに積み重ねた上でまだ食べているタートの姿が。
その隣でゆっくりと食事をしているカリュウ。
一番訳がわからないには、エルフの二人がウェイトレスをしていること。
どこから出してきたもかご丁寧にメイド服を着ている。
「なにがどうなっているんだ?」
「あ、兄ちゃん、おはよ〜」
タートが座るテーブルの席に着くと、カリュウが顔を上げて挨拶をしてきた。控えめに食べていると思ったが、カリュウも分厚いステーキらしき肉をナイフとフォークでちまちまと食べていた。
「おはよう、で、なにがどうなっているんだ?」
「タート様のこと?いつものことじゃない?」
「タートはそうだけど、店がすごい繁盛してないか?」
「え?ここっていつもこうじゃないの?」
目を丸くしながら店内を見回したカリュウは、へぇ〜と感嘆しながらも手と口を休めない。フーリンの料理はタートが認めただけあって美味いことは間違いないが。
「おう、起きたかい」
バシッと背中を叩かれ振り向くと、頭にタオルを巻いたフーリンが。にこやかなテンションの高さを感じさせるが、目が血走っているのだけは気になる。
「なんか、すごくないですか?」
「おぉ、エルフの二人が手伝い出したらこんなもんよ。あたしも負けてられないしね」
あれ?フーリンはこんなキャラだっただろうか?
血走った目で店内見回したフーリンは、まだまだ頑張るぞ!と気合を入れて厨房に戻っていった。もしかすると、あれから一睡もせずに準備をしていたのかもしれない。
「おはようございます、昨日は助けていただきありがとうございます」
後ろから話しかけられ振り向くと、そこには白を基調としたメイド服を着たエルフの少女、確か天命の泉の里長の娘サキウスだったはずだ。腰まである金髪の髪を三つ編みにしていて、垂れ目気味でおっとりとしているやや天然組な少女だったはずだ。
「おはよう、あんたは何か食べるの?」
サキウスの後ろから水を差し出したのは、祈祷の丘の里長の娘ユリアスだったはず。サキウスとは対照的に肩までのショートで癖っ毛なのか毛先は内はねしている。これもサキウスで切長の目は少しキツさと言うか取っ付きづらさがある。
「何かもらえると嬉しいんだけど」
「わかったわ、待ってなさい」
そう言うと踵を返して厨房の方へ向かう。
「ねぇ、ユリアスちゃん、助けてもらったんだからもう少し丁寧にしたら?」
「はぁ?頼んだわけでないし、なんで感謝しなきゃないのよ」
「でもぉ…ユリアスちゃん、すごく怖がってたじゃない。どうなるのか〜って」
「怖がってないし!」
顔を真っ赤にして怒鳴ったユリアスは、サキウスを置いて厨房に消えていった。
置いていかれたサキウスが「待ってぇ〜」と全然急いだ様子もなく追いかけていく。
なんだかよくわからないが、店中から視線を感じる。少なからず敵意というか、あんまりよくない類いの視線が混ざっているような気がする。
「兄ちゃんさぁ、女性問題は起こさないでよ?あたしはフォローできないから」
「女性問題って…何も起きてないと思うんだが」
俺の顔をマジマジと見た後、カリュウはわざとらしくはぁ〜と深いため息をつく。カチャカチャと荒い手つきでステーキを大きめに切り無理矢理口に詰め込んだカリュウは、モグモグと時間をかけて咀嚼した後、ソースまみれの口を開いた。
「昨日までどうだったか知らないけど、今来てる客のほとんどはあの二人が目当てなの。わかる?そんなのと兄ちゃんが仲良く話してたらどうなるかわかるよね?わからないとは言わせないよ?」
フォークの先をこちらに向け呆れた顔でこちらを見ながら言うカリュウ。
これは本当ならとばっちりというか、いや、俺自身何もしてないし、彼女達と何か始まったわけでもない。昨日の今日でラブストーリーが始まるなんてことがあってたまるか。
「カリュウ、何か勘違いしてると思うんだが、あの二人とはなんでもないどころか、なにああるのか?とこちらが聞きたいくらいなんだけど」
「まあ、そうなのは知ってるよ。けどさ、他の人たちがそれを知ってるかって言ったら知らないわけ。そうなると、どういう風に映るかわかるよね?」
なぜ今日はカリュウはこんなにまで饒舌なのか?
なんにせよ俺自身になにも非がないのは明らかだ。
「なんとなくわかったが、それでも俺に問題があるとは思えないんだが」
「だかた、そういう問題じゃないって言ってるじゃん。わかってない、わかってないんだよ、兄ちゃんは!」
フーリンだけでなくカリュウもおかしくなっているのかもしれない。
というか、少しカリュウの顔が赤い気がするのは気のせいだろか?
「お待たせしました、ハルトさん」
「さっさと食べろよ、片付けられないんだから」
丁寧なサキウスと雑な対応のユリアス。
雑なユリアスだが、サキウスよりは仕事をしているゆったりと丁寧な接客をするサキウスを尻目に、ユリアスはテキパキと皿の片付けや給仕をしている。本当に対照的な二人だ。
「お前、何飲んでるんだ?」
「え?なにって葡萄ジュースじゃないの?」
ユリアスがカリュウの飲んでいるジュースを取り上げつつ、眉間に皺を寄せている。
「ユリアス、あんた運ぶの間違えたでしょ!」
「えぇ〜、私間違えてないよ」
「この子に出したのワインだよ!あんたが間違えなきゃ誰が間違えるの?」
「私、間違えたかな?カリュウちゃん、大丈夫?」
「あたしは大丈夫だよ、兄ちゃんにまだまだ説教しなきゃにゃいし」
そう言うがカリュウの舌が回らなくなり始めている。確実に酔っ払っている。
「これはもう駄目だな」
「部屋に運ぶなら運びなさいよね」
ユリアスが不機嫌そうにカリュウの前の皿を片付けた瞬間、カリュウがテーブルに突っ伏す倒れるとそのまま寝息を立て始めていた。
一瞬止まって目を細めたユリアスは、何事もなかったかのように皿を手に厨房へと消えていった。
「カリュウちゃん、大丈夫でしょうか?」
「酔っただけなら放っておけばいいかと」
「そうかな〜、大丈夫かな〜」
おっとりとした口調でいうサキウスは、側から見てると本当に心配してるかわからない感じだ。
そうこうしているうちに、店内の客はどんどん減っていき、後一人というところで厨房から出てきたフーリンがクローズドの看板を入り口に下げた。
「もう今日は店じまい、疲れた」
と言うと、カウンターのいつもの席に座り、自分で腕を枕に寝てしまった。
タートも満足したのかいつの間にかいなくなっているし、カリュウは寝ている。
未だにきていなかった俺の朝食はサキウスがようやく持ってきてくれて、そのまま空いている席に腰を下ろした。
「自分のご飯くらい持っていきなさいよ」
両手にトレイを持ったユリアスが文句を言いながら、サキウスと自分の前にトレイを置き椅子に座る。
どうやら、俺と同じテーブルで朝食を取るようだ。
何か嫌な予感がする…
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