第31話 魔王様、乱入する

部屋の中に飛び込んできた衛兵は、応接セットの机を破壊した後、気を失っているのか動かない。

びびったカリュウが俺の後ろに隠れる。


「何事だ!」


統領が怒声を上げる。

スーツの男が状況を確認するべく廊下に出ようとするが、そのたびに衛兵が飛んでいく。

衛兵が作戦を変えたのか部屋の外に集まりだす。

何が何でもこの部屋を守りきるつもりなのかもしれない。

ガチャガチャと衛兵の鎧が擦れ合う音に混ざって、カツカツと石の廊下を叩く音が聞こえる。

あっちであればヒールの音と思うかもしれないが、この世界にヒールがあるとは思えない、ということは…


「なにをしている!はやく…」


もう一度統領が怒声を上げたその時、何かが守りを固めていたはずの衛兵を弾き飛ばした。

戦意を喪失した衛兵を目もくれず、部屋の中に入ってきたのは羊。

そう、メェ子だ。


「なんだ、この羊は?」


「それが、剣も槍も通用せぐぁ…」


報告しようとしていた衛兵の背中を蹄で叩いたメェ子は、鼻息荒く室内を見回している。


「メェ子、もういい。他の奴らを頼む」


「メェェェェェ!!!」


メェ子は大きくひと鳴きすると、こちらを見てフンと鼻を鳴らすと廊下へ向かって走り出した。


「なんなんだ?何が起きている?」


「わからないのか」


落ち着いた口調で、ゆったりとした足取りでタートが室内に入ってくる。

と同時に、室内の空気が一気も重くなる。

俺の後ろに隠れたカリュウはガタガタと震えている。


「私の配下を返してもらいにきた」


持っていた杖でガンと床を叩きタートが言う。

タートの目が赤く深く光っている。部屋の空気を重くするほど不機嫌というか怒っているのはわかる。


「小娘風情が!おい、やれ!」


統領は震えた声で叫ぶと、素早い動きで後ろへ下がる。

代わりに前に出たのは統領の護衛。

140㎝くらいのタートと比べると、男と子供どころの対比ではない。身長は軽く2mはありそうな上に筋骨隆々。腕相撲をしたら瞬殺どころか腕の骨が折られそうだ。けど、武器は何も持っていない、もしかすると素手で戦うのか?

声をかけて邪魔をしてはと思い固唾を飲んで見守っていると、護衛が図体では考えられない機敏な動きでこちらに移動してくる。

俺とカリュウを人質に取るつもりか!と思い逃げようとしたが、恐怖に震えるカリュウが邪魔をする。


「リルリル!」


タートの声と共に一陣の風が吹き、気づけばタートの後ろにいた。

隠れていたリルリルが、タートの指示で助けてくれたのだろう。


「タート、リルリル、ありがとう」


「ハルト、今後勝手な真似はするなよ」


こちらを振り返らず言ったタートの言葉には、少なからず怒りがこもっていた気がする。

再び護衛と対峙したタートは、じっと睨みつけ微動だにしない。護衛も攻めあぐねているのか、前に出ては下がり前に出ては下りを繰り返している。


「何をしている!小娘ごときに!」


統領の言葉に覚悟を決めたのか、護衛は拳を握り直すと一気に間合いを詰めてきた。

それでも微動だにしないタート。

護衛は右手を振り上げると叩きつけるようにタートに振り下ろす。

普通の人であれば防げないだろう。

だが、相手は魔王タート。

一歩も動かず左手だけで受け止める。

統領、護衛ともに息を呑む音が聞こえるほどの静寂。

呆然としていた護衛が次なる攻撃にために右手を戻そうとするが、タートが掴んだまま離さない。必死に振りほどこうとするが、動くのは護衛だけでタートは根が生えているのか鋼が体に入っているのかと思わんばかりに微動だにしない。

戦意を喪失しかけている護衛は、やぶれかぶれなのか左手を振り上げて同じように叩きつけようとする。

が、渾身の二撃目はタートの持つ杖で容易く薙ぎ払われた。

バランスを崩す護衛に、タートは薙ぎ払った杖放り戻しを、多分全力で叩きつけた。

声なき悲鳴と共に吹き飛んだ護衛は白目を剥いて気を失っていた。


テテテテテッテッテ〜ン


久しぶりに聞いたレベルアップ音。

音と同時に身震いしたタートは振り返ると、何故か俺を睨んでくる。


「ハルト、貴様何かしたか?」


「何かできると思うか?」


縛られた両手を見せて無実であることを証明すると、怪訝な顔をしてからリルリルに何か指示を出した。

リルリルはタートの指示なのか、俺の近くに来ると無実の証明である両手に向けて前足を振り下ろしてきた。

逃げる暇もないほどの速さだった。が、すぐにそれが攻撃ではなく、両手を縛る縄を切ったのだと分かった。同じように後ろで震えるカリュウの縄も切ると、仕事が終わったと言わんばかりにスゥッと消えていった。


「タート、ありがとう」


「ハルトは私の配下だ、配下を助けるには主人として当たり前だ」


「そうだとしても、助かったよ」


「次からは気をつけろ」


少しだけ室内の空気が軽くなった気がする。

それを機敏に感じ取ったのか、後ろでカリュウが大きく息を吐き出している。


「で、どいつが今回の首謀者だ?」


「正面にいるやつだ、この国の統領」


「お前か」


護衛を殴り倒して杖を向けられた統領は、力無く自分の机の椅子に座り込む。

これだけ騒ぎになっているのにいまだに衛兵が駆けつけないのは、メェ子が暴れているからだろう。

この屋敷の衛兵が何人いるかわからないが、それなりにいるだろう。その衛兵が駆けつけないのだ、護衛もやられ悲壮感はかなりのものだろう。


「やっぱりエルフを利用するために攫ったんだ」


「そうなのか、私はエルフなどどうでもいいが、約束はした。他の里のエルフ解放しろ」


「お前たちはエルフのためにここまできたのか?」


「私は質問しろとは言っていない。解放しろと言ったんだ」


不機嫌な声で言うと、タートはゆっくりと歩くと統領の机に杖を振り下ろす。

コントでしか見たことがないように机が二つに叩き割られた。


最後の意地と言わんばかりの顔でタートを見る統領は、鼻で息をすると諦めたのかうなだれた。


「エルフを解放しろ」


「よろしいのですか?」


「構わん、この小娘にこれ以上暴れられたら次が危うい」


「わ…わかりました」


「これからエルフを解放する。外で暴れているのを静かにさせてくれ」


「わかった」


タートは返事をしたが特に何もしないので、スーツの男は恐る恐る廊下に出ていった。


「お前たちは何者なんだ?」


タートの機嫌が多少良くなったせいか、統領にも少しだけ余裕が出てきたように見える。が、エルフ解放の話が終わったのでタートはもう話す気がないのか帰ろうとしている。


「俺たちはただの旅人です。気になさらない方がいいですよ」


「お前たちがただの旅人だと?お前はそうかもしれないが、その小娘は違う」


「私はタートだ、小娘ではない」


そう言うところは気にするのか、言いながら顔だけ振り返り統領を睨みつけた。

一瞬で今までのyいゆうをうしなった統領は、心臓あたりを抑えつつ大きく深呼吸を何度もしている。


「わかった、タートだけは違うように思うのだが」


「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。けど、あなたが知ったところで影響はありませんよ」


足腰が立たなくなっていたカリュウを助け起こしながら答えると、統領は小さくそうかと言い黙り込んだ。

散々暴れまくったメェ子が戻ったきたと同時に、スーツの男が怯える二人のエルフを連れて戻ってきた。


「この二人だ」


「間違い無いのか?」


疑いの眼差しを向けているタートから逃げるようにスーツの男は統領の側へと移動した。

あの二人に聞いたところで返事は決まっているので、怯える二人のエルフに尋ねると、間違いなく他の里長の娘であることが本人の口から確認できた。どっちにしても、それ以上の確認方法はないだろう。


「タート、多分間違いないと思う」


「そうか、なら帰ろう」


小さくあくびをしながら言ったタートは、メェ子と共に歩き出した。

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