第30話 魔王様、動き出す

スーツの男と共に馬車に乗せられどこか別な場所に連れて行かれた。

窓には目隠しがされていたのでどこなのかはわからない。

他愛もない話を続けるスーツの男に適当に相槌を打ちつつ、どうすべきかな考える。

ただ、逃げれる可能性がほぼゼロなだけに打ち手は何もなさそうだ。

時間にして30分くらいだろうか、馬車が止まるとスーツの男に降りるように言われた。

馬車を降りると、目の前にテレビか教科書でしかみたことのない石造りの館なのか城なのか判断がつかないほど大きな建物があった。

中に案内されたが、通されたのは八畳くらいの部屋。

ベットと簡素な机があるだけに部屋で、中に入ると外から鍵がかけられた。

スーツの男に「今日はここで休んでもらうよ」とドア越しに言われた。

タートが心配しているだろうなと思いつつ、できることは何もないので寝ることにした。


翌日の朝、部屋のドアをノックする音で目を覚ました。

用があるなら中に入れば良いのにと思ったが、外にいる人物はドアの中間あたりに空いた郵便受けのような穴から朝食と思われる配膳トレーを差し入れてきていた。急いで配膳トレーを受け取ると、小さな舌打ちと共に配膳担当は次に部屋へと移動していった。

配膳されたトレーを見つつ、もしかするとここは刑務所かなのではないかという不安が湧き出してくる。

疑問が湧き出したが、お腹が鳴ったのでさっさと朝食を済ませることにした。

スープにパンというオーソドックスな朝食。

さっさと食べてしまうともうすることはない。

これからどうすべきか?

そう思ったが、ここが刑務所なら脱走は容易ではない。窓も改めて見てみると格子が入っている。

脱出するにもまず部屋を出なければならないが、それができる可能性はかなり低そうだ。

悩みつつ、ベットでゴロゴロしているとまた部屋をノックされる。

お昼にはまだ早そうだが配膳担当にまた舌打ちをされるのは嫌なのでベットから飛び起きてドアへ向かうと、そこにはスーツの男が。


「待たせたね、やっと主人が時間を取れたのでね」


昨日から変わらぬ嫌な笑顔を張り付かせた顔で言うと、後ろに控えていた男達が俺の両手を縛る。これもテレビか本で見たことのある囚人が逃げられないように縛るやり方だった。

両手を縛った縄を持ったスーツの男は、嬉しそうに歩き出した。

たぶん二度と体験することのないはずの囚人気分を味わいつつ、連れていかれるがままに歩く。

着いた先は、なにやら豪華な扉の前。

スーツの男が静かに深呼吸をすると、大きすぎず小さすぎずという感じの丁寧さでノックをした。

中から「入れ」と声が聞こえると、スーツの男は安心したように扉を開けると俺に中に入るよう促した。

中に入ると、正面の机に座る初老の男とその隣に控える筋骨隆々の大男。

大男が護衛だとすると、この初老の男は?


「統領、この者がレキリスを助けた者です」


「そうか、君が」


統領と呼ばれた初老の男は立ち上がると、ゆっくりとした速さで俺の前まで杖をつきながら歩いてきた。

耳に目がいく。尖った耳、確か連邦の統領はハーフエルフだったはず。


「礼を言うべきなのか、文句を言うべきなのか」


統領がそこまで言った時左足に痛みが走る。

痛みでしゃがみ込んだところに、今度は顔に向けて何かが迫ってくるのが視界に端に見えた。

縛られた腕を上げて防ごうとして、また痛みが走る。


「困ったものだ、屑共のせいで計画が大幅に変更せざる終えなくなった」


統領の抑揚のない声が頭上から聞こえる。

俺を叩いたのは頭領の杖。何でできているのかわからないが、左足も腕も涙が出るほど痛い。


「あなたに計画なんて知りませんよ!レキリスを助けたのは偶然だ!」


「その偶然に腹が立っているのですよ。お前達が後一日遅ければ、私たちの部隊がレキリスを取り返す予定だった」


「それこそ、俺たちの知ったことじゃない!」


「そうだろう、そうだろう、時は金なり。一日の差で私は金のなる木を失ったのだ」


統領の計画は連邦とエルフを戦わせることじゃないのか?

レキリスや他の里長の娘がなぜ金のなる木になるのか?

エルフを従属させて金を巻き上げたところで得られる金の量は知れている気がする。


「あなたは何をする気だったのですか?」


「もはや成らぬ計画を教えても構うまい」


残念そうに言った統領は、壁に張られていた地図の前に立った。


「魔王がいなくなったおかげで金が稼ぎやすくなった。なぜかわかるかね?」


「…わかりません」


「まあ、そうだろうな。簡単な金を稼ぐ方法は戦争だ。武器に鎧、衣類、食料、医薬品、そういう物を浪費するのが戦争だ。国にとって人は財産というが、その財産を育てるのに金はかからん。となれば、後は浪費されるものを作り、売れば金になる。だから、戦争をしなければならないんだ」


死の商人、確かそんな言葉を聞いたことがある。

武器を売る、それも敵対し合う陣営に、だ。そうして戦争を長引かせ、武器を売り続け儲ける武器商人。

統領は国のトップでありながら、死の商人をしているということなのか?


「だけど、それにエルフがどう関係あるんだ?」


「わからんかね?先ほど人に金がかからないと言ったが、売るものを作るのには人がいる。作らねば売る物がなくなる。戦争をしなければならないが、人が減るのも困る。だからこそ、エルフなのだよ」


「エルフを兵士として使うということか?」


「そうだ、エルフを使い他国を攻めさせる。他国とエルフに物資を売れば、我が国はただただ金を得ることができる。無尽蔵にだ!」


両手を広げ高笑いをしながら、金が転がっている転がっていると繰り返す統領。

もしかすると、狂っているのかもしれない。


「だが、それを君が邪魔をした。私の邪魔をすることは万死に値する」


ここからが本番というわけだ。

かと言って、腕を縛られ身動きがほぼ取れない俺にとって何ができるという状況ではあるが…


「お前の仲間は金になりそうだが、お前は価値がありそうに見えん。人質として一生監禁するか、殺すか」


独り言のように呟きながら、杖をカツカツと鳴らしながら歩き回る統領。

なんにせよ、俺の未来はあまり明るくないのかもしれない。タートがなんとかしてくれると信じたいが、ここに辿り着けるか…

どうすべき悩んでいたところに、ドアをノックする音がした。

素早くスーツの男がドアに向かい、ドアを少し開け外の誰かと話している。

話を聞いたスーツの男の口角が上がり、連れて来いと言ったのが聞こえた。

誰を連れてくるのだろう?

まさかタートか?

長い沈黙の末、もう一度ドアがノックされる。

スーツの男がドアを少し開け何かを受け取ると、こちらに投げてきた。

俺の横に投げられてきたのはカリュウだった。当然両手を縛られている。


「カリュウ、お前まで…」


「へへへぇ、なんとか兄ちゃんを見つけられた」


顔をこちらに向けて笑ったカリュウ。

腕には擦り傷、顔には殴られたのか赤く腫れているように見える。かなり無茶をしてここまできたのだろう。


「なんで…もっと何か手があったんじゃないのか?」


「タート様が限界だったんだよ。兄ちゃんが一日帰らないだけで街一つ消しとばしそうなくらい不機嫌だったんだよ」


ほおを膨らませながら言うカリュウ。

だが、カリュウがタートから逃げてきた場所もあまり居場所ではないのだが…


「ハーフエルフか、こんなゴミを連れてきてどうすると言うのだ?」


「こいつも人質として使えるんですよ、珍獣使いの」


「人をゴミ扱いすんな!もうお前らは終わりだから!」


「黙っていろ!」


言うと同時にスーツの男がカリュウの腹を蹴る。

蹴られた勢いで絨毯の上を転がったカリュウ、ゲホゲホと咳き込んでいる。


「やめろ!」


入り口付近に立っていた衛兵がカリュウに向けて棒を振り上げる。

慌ててカリュウの上に覆い被さる。俺がやられないと言う保証はないが、カリュウに暴力を振るわれるのを見過ごすわけにはいかない。


「兄ちゃん、ありがと。これくらい慣れてるから大丈夫だよ」


「馬鹿なこと言ってないで自分を大事にしろ」


「うん、今度からはそうするよ。でも、本当にもう大丈夫。後はよろしく〜」


「なんだって?」


カリュウがそう言うと、何かが顔の前を通り過ぎた。

あたりを見回すが、その何かは見つけられない。


「兄ちゃん、後はタート様がくるまで待つだけだよ」


「タートがって言ったって、どうやってここの事を調べるって言うんだ」


「大丈夫大丈夫」


ニコッと歯を出して笑ったカリュウは、緊張から解放されたのかだらっと絨毯の上に仰向けになる。

何がどうなっているのか全くわからないが、カリュウがタートを連れてくる何かをしたもだろう。

だが、タートが間に合うだろうか?

その前に統領とスーツの男が何か行動を起こすかもしれない。

そう考えていた時、遠くで何かが大きな音が聞こえた。

それと同時に部屋も外がうるさくなる。

うるささに苛立ったスーツの男がドアを開け様子を見ると同時に、衛兵が部屋の中に飛んできた。

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