第29話 カリュウ、体を張る

かなりまずい。

情報収集するつもりだったのに全然できなかった。

兄ちゃんやタート様と別れたのは確か十日前。

なんとかしようと思っていたけど、手がかりはゼロ。

依頼した三人のハーフエルフからは続報がないどころか行方不明になってしまっている。

お金を使ったのに情報もなく、なんとかしようと粘ってみたもののやっぱり成果はなし。

ハーフエルフの情報網での情報収集を諦めて、合流して打開策を兄ちゃんと相談しようとジュリマスに入ったのが今日の昼ごろになってから。

兄ちゃんがきちんと目印を出していてくれたら探すのは簡単なんだけどと思いながら、場末の宿屋を探して歩いている。

ここあたりにはないかなと思いながら、空を眺めた時不自然に白い布が干されているのを見つけた。

ここだ!と急いで目印のある宿屋に向かう。

一階が酒場の典型的なタイプの宿屋。

ここより安くて良い宿があるはずなのにと思いながら中に入る。

中ではパイプタバコを吸っている宿屋の主人なのか、酒場の主人なのか分からない女性がいた。


「いらっしゃい、ちびっこがうちになんのようだい」


「ここに黒い髪の兄弟みたいな人が泊まってない?」


あたしの質問に女店主らしき女性の顔が曇る。

まずい、聞き方が悪かった。

これじゃあ人探しか不審者に思われてしまう。

どうしようか考えている間に、女店主が細い目をこちらに向けながら聞いてくる。


「泊り客の情報はお上にもおしえないよ。ただ、名前がわかれば別だけどね」


「兄ちゃんの名前はハルト、もう一人の女の子はタート様です」


「ふ〜ん、あんたはその二人とどういう関係なの?」


「一緒に旅をしています」


「ハーフエルフのあんたが、一緒に?」


まあ、驚かれるのもしょうがない。連邦ではハーフエルフと一緒にいようと思う人間はほとんどいない。いるとすれば、悪い関係、犯罪行為をする集団になら人とハーフエルフの混合はあるだろう。


「名前は合ってるし、言ってることは本当そうね」


「あたしは兄ちゃんとタート様に助けられたから恩はあるけど、恨みはないんだ」


「変な組み合わせで旅してるんだね」


反論はできないかな?ハーフエルフと人間という組み合わせだけで特異な目で見られても仕方ないんだし。


「兄ちゃんタート様はどこにいるの?」


「階段を登ってすぐの部屋だけど」


「ど?」


「あんたの言う兄ちゃんは昨日から帰ってないよ」


兄ちゃんが帰ってない?

タート様を一人残して?

タート様の自活能力というか人の世界で生きる能力はかなり低い。それなのに一人残してどこかに行く?兄ちゃんが?


「あの!どこに行くとか言ってませんでした?」


「私が情報屋がいる酒場を紹介したんだよね」


情報屋がいる酒場…、その時点で怪しさ満点なのに、この世界の裏側をほとんど知らない兄ちゃんが行くなんて自殺行為でしかない。

それに、あたしが情報屋を使ったのがバレたりしていたら、間違いなく何か手を打たれてるかも。


「ありがとう!」


酒場の女主人に礼を言い、二階へ向かう。まずはタート様に状況を報告しないと。


「タート様、戻りました!」


勢いよく扉を開けて中に入ったが、室内の空気は鉛のように重かった。

室内に入るだけで吐き気を催すレベルのプレッシャーを感じる。

吐き気と泣き出しそうになるのを我慢して室内に入ると、ベッドの上でタート様があぐらをかいて外を睨みつけていた。

確実に不機嫌だ。


「あのー〜、タート様、カリュウが戻りました…」


揉み手中腰でタート様の元へと進み出る。

タート様はこちらを見ようともしないで、気の弱いものなら気絶しかねないほど恐ろしい視線外に向けている。


「ハルトが戻らない」


言葉が重い。

足が震えるし、今にも吐き出しそう。


「兄ちゃんがも…戻らないには聞いた…けど…タート様は何…も聞いてないの?」


吐き気を我慢しつつ聞くと、タート様がゆっくりとこちらを向く。恐怖以外のなにものでもない。


「聞いていない」


一言一言がボディーブローのような衝撃波を伴って響いてくる。

このままここで倒れたら楽だろうな、と意識が飛びかける。


「兄ちゃんは私が探してくるから!タート様は少し待っててくれませんか!」


絞り出すようにいうと、部屋の中がスッと軽くなった。

顔を上げると、タート様は顔だけじゃなく体をこちらに向けていた。


「カリュウ、どうやって探すんだ?」


「宿屋の主人に兄ちゃんが行った場所聞いたから、今から行ってくるよ」


「なら、私も行く」


「ちょっと待って!」


腰を上げかけたタート様を止める。


「多分兄ちゃんは捕まっていると思うんだ。だから、先に居場所を特定しないとまずいと思うんだよ」


「ならば、一緒に行けば良いだろ」


「まあ、そうなんだけど…何かトラブルがあったら困るし、色々順番というか、状況把握というか、そんなのがあるからまずはあたしが行ったほうがいいかなって」


タート様は考えているのか、眉間に皺を寄せ目を細めている。

何よりあたしに何かあったらタート様に助けてもらわなければならない。そのためにはあたしは偵察して場所の特定、内部の把握、兄ちゃんの安全の確認、そこあたりを先にしておきたい。


「タート様、リルリルは気配消してついて来れたりする?」


「できるはずだ」


「じゃあ、リルリルにあたしの後追わせてよ」


「それで?」


「兄ちゃんの居場所見つけたら、リルリルに戻ってもらってタート様を案内してもらうんだよ」


「やり方は分かったが、やはり私が一緒に行っても同じじゃないのか?」


「そう思うかもだけど、細かいことをするときは一人の方が楽なんだよね〜」


「そうなのか」


タート様は少し機嫌を損ねたのか、唇を尖らせて体の向きを変えると窓から外を見ている。


「絶対兄ちゃんを見つけるから、タート様はきちんと迎えに来てくださいね」


「わかった」


タート様の返事を聞いて素早く部屋を出る。

また不機嫌になられたらすぐに吐く自信があるから。

一階に降りて女主人から情報屋の溜まり場の場所を聞き走る。

たぶんリルリルがついてきているはずだが、全く気配や存在を感じない。

これなら何かあっても確実にタート様を連れてきてくれるはずだ。

それにしても、タート様の兄ちゃん依存度の高さには驚いた。もしかするともしかして、兄ちゃん誘拐時にやり方を間違えてたらあたしは殺されていたかもしれない。

タート様にとってそれだけ兄ちゃんは大切な存在なのだろう。

だからこそ、今回の兄ちゃんの軽率な行動には少し腹が立つ。

これで兄ちゃんに何かあったら、タート様はジュリマスを火の海にするくらいにことはするだろう。

数万人の人が暮らすとしてそんなことがあったら大惨事どころか、大陸の情勢すら変えかねない。

兄ちゃんにはそういう人の面倒を見ているという自覚が足りなすぎると思う。

そんなことを考えていたら、情報屋の溜まり場に着いていた。

この独特な腐った雰囲気。

よく兄ちゃんはこんなところに入っていったもんだ。

あたしなら必要ない限り絶対近づかない。

溜まり場の中に入ると、タート様の時とは違う雰囲気に息が詰まる。あいつらといて慣れたつもりだったけど、やっぱりこの雰囲気は慣れない。


「あのさ、昨日若い男が来てエルフのこと聞かなかった?」


カウンターでグラスを拭いているマスターに大きな声で聞く。

当然意図したことで、兄ちゃんを知る人がいれば絶対接触してくるはずだ。


「なんだ?ハーフエルフがエルフを探すのか?」


「エルフじゃなくそれを聞きに来た兄ちゃんを探してるんだ」


「それなら…」


マスターがそこまで言いかけたところで後ろに気配を感じて横に移動する。

いたのはいかにもな男が三人。兄ちゃんがこんなのに騙されたかと思うとため息が出る。後で身の危険に関することをきちんと説明しないといけないと心に決めた。


「あんた達が兄ちゃんをどっかに連れてったの?」


「お前が探してる若いのがそうならそうだぜ」


「じゃあ、あたしをそこに連れてってよ」


「構わないぜ、ついて来い」


下衆な笑い声を上げながら男達が歩き出した。

金をもらっているんだとは思うけど、こういう連中使う奴の顔が見てみたい。

きっとすましたいけすかない野郎なはずだから。

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