第28話 魔王様、一人残される

フーリン酒場に来て三日が経った。

カリュウは未だに戻らず何一つ情報がない。

このまま待つべきか、俺自身も探しに行くべきか、昨日一日迷い続け今日になったら動き出そうと決めていた。

まず何からすべきか。

一階の酒場スペースではフーリンがカウンターでパイプから煙をあげている。


「おはよ、何か食べるかい?」


「おはようございます。いつものでお願いします」


「わかったよ」


いつも通りの気だるさで答えると、フーリンはふらふら遠くへと消えていく。

どうすべきか?

カリュウを待つべきなのはわかるが、すでに三日も経っている。

何かしら動かないといけない気がしてくる。

だけど、どうするか?

それがわからないからこそ、カリュウにお願いしたところなもではあるのだが。


「はいよ」


いつの間にかフーリンが食事を持ってきていた。

俺の前には、シチューのようなとろみのついた白色のスープと少し硬いパンが二つ。

最近はこの朝食が定番になってきている。


「何か考え事かい?」


「ええ、人を探さなければならないんですけど、アテがなくて」


「人探しねぇ…それなら、あそこにいけばなんとかなるかも」


「どこか情報を得られる場所が?」


「情報を探す方だね、情報仕入れて稼いでる連中がここにはそれなりにいるんだよ」


フーリンが言うのは、人間側の情報屋ということだろう。

カリュウが苦戦しているのであれば、俺自身も動いて別なところから情報を仕入れる必要がある気がする。

それに食事のおかげで我慢しているようだけど、タートの機嫌があまり良くないのも問題だ。ジュリマスの人の多さに辟易しているのだろう。


「その情報を探してくれる人たちはどこにいますか?」


「あまりお勧めしないけどね」


少し考えてから、もう一度お勧めしないけどと言いながら、フーリンが情報屋の集まる酒場の場所を教えてくれた。

ここからそう遠くはない場所のようだ。

急いで朝食を口の中に放り込み立ち上がる。


「タートが起きてきたら食事をお願いします」


「はいよ、あの子もいつものだろうからわかってるよ」


「お願いします」


ご馳走様でしたと言い、フーリンの酒場を出る。

懐には全てではないがある程度困らないだけのお金は入れてある。

何かあって所持金全て失うのだけは避けたいから。

フーリンに教えられた通り、区画を4つほど北に進み、さらに東へ四区画進む。

そこには、普通だったら絶対近寄りたくない酒場の一位に輝きそうな酒場があった。

店の前には酒瓶を口にしたまま寝ている男や今まさに飲んでいる男達。当然柄が悪そうなのも多く見える。と言うかほとんどが柄の悪そうな奴らばかり。

行きたくないけど、早くエルフ達を助けてジュリマスを後にしたいので、意を決して酒場の中に入る。

フーリンが言うには、酒場のマスターに聞きたいことを言えば適した情報屋を紹介してくれるとか。

意を決して中に入った酒場は、さらに混沌としていた。

カードゲームをしながら酒を飲む者や喧嘩一歩手前かと思うほど口論している者達、女性を隣に置いて楽しそうに飲んでると思われる男。

まさに悪の溜まり場と言わんばかりの光景が目の前に広がっていた。

恐る恐る足を進め、なんとかカウンターにたどり着く。


「坊主、こんなところになんのようだ」


カウンターに座ると、ちょび髭を生やしたマスターと思われる男が話しかけてきた。


「あの、情報が欲しくて」


マスターは表序を変えずに俺を品定めするように見てくる。

小さくため息をついたマスターは、拭いていたコップに水を入れると俺の前に差し出した。


「坊主、聞くだけ聞いてやる。なんの情報が欲しいんだ?」


「エルフの…その、集まる場所というか…」


「悪いことは言わん、今日は帰りな」


「あの何かまずいんでしょうか?」


問いかけに応えようとしたマスターの視線がふいに上がる。

と、俺の肩に衝撃の後に何かがのしかかってくる。


「兄ちゃん、エルフが好みなのか?」


「おい、話はまだ途中だ」


「マスター、こいつは情報を欲しがってる、その情報を俺たちが持ってる、もう話は終わってるだろ」


「お前達に頼むかどうか決めるのは私だ。ここのルールを知らんのか!」


マスターの一喝に酒場の中が静まり返る。


「あんたはそう言いたいだろうけど、ルールなんてもんに従う気はねぇんだよ」


男の一人がそう言いながら、カウンターに何かを投げた。

カウンターの上に転がったのは金貨だろうか?それを手に取ったマスターは目を見開いた後に、金貨を男に投げ返しこちらに背中を向けた。


「よし、兄ちゃんいこうか?どんなのが好みなんだ?」


俺の倍近い体格の男三人に囲まれたらどうしようも無い。言われるがまま、酒場を出てどこへ行くのかわからないままほぼ連行に近い状態で歩く。


「エルフで遊ぶなんて好き者だな、助かったよ」


「あの!どこに行くんですか?」


「兄ちゃんが行きたいところだ。わかっているんじゃないのか?」


完全に失敗したと理解したが、どうすることもできない。

逃げるにも肩を掴まれていて無理。振り解いたとしても…いや、振り解けないほどの力で肩を掴まれている。

この男達が何者なのか、どこに連れて行かれるのか、エルフとなんの関係があるのか。

頭の中でぐるぐるとしているが、当然結論なんて出ない。

男達に囲まれて連行されて着いた先は、普通の家にようなところ。


「ここだ」


「ここに何が?」


「兄ちゃんを探してる人がいるんだよ」


「俺を探してる…」


家の鍵は空いていて、男達と共に中に入る。

普通の家で、普通に調度品が置かれている。綺麗に掃除されているのはわかるが、生活感というものが感じられない。


「おい、早く行ってこい」


俺を椅子に座らせるとリーダー格の男が指示を出す。


「兄貴、もう向かわせてます」


「そうか、わかってもらえればすぐ来るな」


「だと思います」


俺そっちのけで話している男達。

椅子に座らされたものの、縛るとかはなく逃げようと思えば逃げれなくないが、男達は絶妙に入口や他の出口を塞いでいる。

さらに、普通と言ったがこの家は普通じゃない。窓に鉄格子が入っていて、窓から逃げると言う選択が不可能になっている。となると、この家はもしかすると監禁や逃亡の恐れがある人物を入れておく軟禁場所かもしれない。


「兄貴、来ました」


入り口で見張りをしていたと思われる男の仲間が家の中に声をかけてくる。

誰が来たのだろうか?

男達は一斉に立ち上がると、来たと言う人物を待っている。

どんな人が来るのか?

固唾を飲んで入口を見ていると、入ってきたのは細身であっちで言うスーツのような服を着た若い男。

挨拶する男どもを無視して、スーツの男はリーダーの前へ進む。


「全員外で見張りをしていろ」


発せられた声は驚くほど冷たく感情が感じられないものだった。

スーツの男の言葉と同時に、リーダー含め全員が外へと出ていく。ゆっくりではない、駆け足に近い速さでだ。

男達が出ていき、家の中には多分俺とスーツの男だけになった。

スーツの男は俺の前に置かれた椅子に腰を下ろすとこちらを見てくる。

ワックスか何かで固めているのか髪をオールバックにし、男とは思えない白い肌、赤い瞳はタートよりかはくすんでいるがあまり見ていたくない。


「君がレキリスを助けたんだよね?」


唐突に出たレキリスの名前。

エルフ里長の娘とは言え、名前を知っている人間は少ないはずだ。

それをこの男は知っていた。

何者なのか?恐怖より興味が出るが、聞く勇気はない。


「返事をしてもらえないのか。君のおかげで私たちは損失を出した。大きな大きな損失だ。なんとかしたいと思っていたら君は現れたんだ」


「殺すと言うことですか?」


俺の言葉に驚いた顔をした後に、スーツの男は低い笑い声を上げた。


「君を殺してなんのメリットがあるんだ?君を殺すために人を使うなんてお金の無駄以外の何者でもないからね」


「じゃあ、どうするんですか?」


「私とその主人の計画に邪魔にならないかとても心配しているんだ。君は、もしくは君の仲間は私たちが何をしようとしているかわかっている可能性がある。商人の考えとして、そういう可能性は小さくても摘んでおきたいんだ」


「あなた達は商人なんですか?」


「金儲けをしている者が商人だというならそうだろうね」


「あなた達の金儲けに、なぜエルフを巻き込むんですか?」


「答えは君が言ってるじゃないか?愚問というものだよ」


わざとらしく驚いてみせたスーツの男は、面白がっているのか微笑んだままこちらを見てきている。


「エルフの売り買いなんて、今に始まったことじゃないから今更やることじゃない…なら…」


「君の考えはほぼほぼ正しいよ。けど、考えが浅い。君は商人にはなれないね」


「戦争、何かしらの争いを起こす…」


「やはり君は殺すべきなんだろう」


俺の言葉に即座に反応したスーツの男は、懐からナイフを取り出すとゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。


「一番簡単な金儲けは戦争なんだよ。ありとあらゆるものの浪費。でも、その浪費されるものはどこから来るんだろうね?それを作る、売る、買う、人たちはどこにいるんだろうね?戦争という答えまで辿り着いているなら、もうわかってるかもしれないけど」


俺に説明しているんじゃないのはわかる。

誰かに言うように、ナイフをクルクルと回しながら、その刃先を俺の首筋に当ててくる。


「君を殺すのは簡単なんだよ。だけど今はしない。私の主人が君の仲間に興味を持ったんだ。なにやら動物使いらしいじゃないか。見せ物小屋でもやれば金になるかもしれない。ハーフエルフの娘は、金にならないだろうけどね」


「俺は、今すぐエルフを解放して里に戻すことをお勧めします」


「なぜだい?君と言う人質がいる、仲間は手を出せないだろ?となれば、あとは好き放題できるじゃないか」


「人質なんて意味がないと言うことです」


「君に価値がないと?そんなはずはない、なら、どうして君の仲間は君を助けに来た?レキリスを助けたのはたまたまなんだろ?」


この男はどこまで知っているのだろう?最低限、カリュウの仲間だった人攫いと繋がっているのは間違いなさそうだ。

となれば、あの県の一部始終は聞かされているだろう。そこから導き出されたのが、タートが魔王ではなくただの動物使いという結論。

正確な情報は収集できてないと考えると、この男にタートに正体を告げたところで意味はないと思われるし、それ以上に警戒されたり対策をされたらまずい。


「一つ教えてください」


「答えられることなら」


「あなたは何者なんですか?」


「私かい?私はただの秘書」


微笑みながら言ったスーツの男は、手に持ったナイフをこちらに投げてくる。

身動きひとつ取れず、ナイフは頬をかすり後ろで壁に突き刺さったと思われる音を立てた。


「私に主人がこの国の統領なんだよ」


両手を広げドラマチックに言ったスーツの男。

頬を流れる感覚があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る