第26話 魔王様、ジュリマスを目指す
深淵の森の里に来てから三日目。
ようやく他の里に出していた使いが戻って来たようだ。里が少しざわついてる様子なのが気になるが。
タートとカリュウは里にいる間、ずっと食べては寝てを繰り返していた。それでも少しも太る気配がないのは羨ましい限りだ。
「失礼します」
返事を待たずに部屋に入って来たレキオンの顔はあからさまに暗かった。何か悪いことがあったのは間違いなさそうだ。
「ハルトさんの予想通り、二つの里でも里長の娘が攫われていました」
だろうなと思っていたけど、他の里でも里長に娘がいるにに少し驚きがなくはない。
「攫われた状況はどうなんですか?」
「レキリスの時と同様です。里を移ったものの手引きで攫われたようです」
これも予想通り。
となると、裏で誰かが糸を引いていることは間違いない。だけど、誰が?
「三つの里で共通の恨みを持っている人に覚えはありますか?」
「わかりません。他の里とは最低限の交流しかありませんので」
「じゃあ、恨みを持ってそうな人はどうですか?エルフ全体でも構いません」
レキオンは少し考えてから、ちらっとカリュウを見る。
「ハーフエルフでしょうか」
「カリュウ、ハーフエルフにそんな組織力とかあるのか?」
「ないよ、ほとんどがその日暮らしだもん」
「だよな」
「ハルト、確か連邦の…なんだったかもハーフエルフだと誰かが言ってなかったか」
「連邦の統領か!」
そうだとすれば辻褄が合う。恨みを持つエルフを何かしらコントロールするために里長の娘を攫う。組織力的にも問題はなさそうだ。
「連邦が…もし、そうだとすれば、黙っているわけにはいきません」
「レキオンさん、待ってください。まだ憶測の域を出ませんし、統領の狙いもしれかもしれません」
「狙い?どんな狙いがあってこのようなことをしたと?」
「エルフの仲違い、エルフを何かしらに利用する、エルフから攻撃させ滅ぼす大義名分、考えられるだけでこれだけあります」
「エルフに対する恨みを晴らすためでしょうか?」
「連邦の統領はエルフに恨みを持っていると言う噂を聞いたことがあります。何よりハーフエルフ、最初から恨みを持っていても不思議ではありません」
「あたしはどうでもいいけど、ほとんどのハーフエルフは恨んでると思うよ」
気怠そうにソファーに寄りかかりながら言ったカリュウは、嘘をついているようなそんな気がした。
「となれば、私たちとしては戦うしかないでしょう」
「それこそが統領の思う壺です」
「では、どうしろと?」
自分で言いながら墓穴を掘ったかもしれないと気付いてしまった。
たぶんレキオンも俺のこの言葉が欲しかったはず。誰しも戦うことを望んでるはずもないし、戦えば誰かしら傷つく。自分の里の者を大事にしない里長はいないだろう。
「俺たちが二つの里長の娘を助け出します。統領の陰謀をなんとか防いでみせます、タートが」
「私が?」
「タート様のお力をお貸し願えれば我々も安心です。準備は整えておきますので、よろしくお願いします」
口早にレキオンは言うと、準備がありますのでと言い部屋を出て行った。
うまく乗せられたと言うか、嵌められたと言うか、まさにそんな感じだ。
「ハルト、面倒事は嫌いだ」
「勢いというか、なんというか…」
「まあ、いい。ハルトが決めたのだから私は構わないが」
「タート様は優しいからね、兄ちゃんには」
からかうように言ったカリュウは、タートに睨まれ俺の陰に隠れる。
簡単に助け出すとは言ったけど、どうすべきか?
相手が統領だと思われるけど、本人がそこまで表に出て来てるとは思いづらい。
なにより陰謀とはいえ、相手は国のトップ。桁違いの権力と兵を持っていることを考えると下手なことはできないし、タートとカリュウを危険な目に合わせるかもしれない。
慎重に動かないといけないけど、まず何をすべきか…
対応策を考えているうちに一日が終わり、レキオンから準備ができたと連絡を受けた。
準備がいいのか、荷物はメェ子に積まれていてすぐにでも出発できる状況だった。
「タート様、ハルトさん、よろしくお願いします!」
言葉ではお願いされているにだと分かってはいるが、ほぼほぼ追い出されるように深淵の森の里か出発することになった。
最後にあったトラブル的なものは、隠れて付いてこようとしていたレキリスが見つかって連れ戻されたことくらいだろうか。
「兄ちゃん、これからどうするの?」
頭の後ろで手を組んで歩いているカリュウが口を尖らせながら言ってきた。見送り時に自分の名前がなかったことに多少腹を立てているのかもしれない。
「首都を目指すしかないかな?」
「で、なにするの?」
カリュウの的確な質問に返事ができない。本当に何をすべきか、どこから何をしたらいいのかすら分からないのが本音だ。
「ハルト、エルフのために働くことがプラスになるのか?」
今度はタートが本質をつくことを言って来た。放浪の身の俺たちがエルフとの約束を破ったからと言って何かあるわけでもない。会ったこともないエルフの里の娘を二人助ける義理もない。なにもかもが乗りかかった船というだけ。
「なんとかするしかないけど、正直何も考え付かないんだ」
「首都に行って統領という人にどこにいるんだって聞いても答えてくれないだろうしね〜」
「答えてくれたら驚きだけどな」
「だが、首都に行ってするとなるとそれくらいしかないんじゃないのか?」
「それもそうだけど、捕まってるのが首都じゃない可能性もあるしな」
「やっぱり探すというか最低限のことはし食べないとまずいと思うけど」
「カリュウ、何か当てはないのか?」
「あるといえばあるけど、あまり頼りにならないかもよ」
「今はどんな手がかりでも欲しい」
「じゃあ、ちょうだい」
そう言ってカリュウが手のひらを上に向けて差し出して来た。
これをするということは、欲しいのはあれしかない。
「金がいるのか?」
「当たり前でしょ?あたしがなんとかすると言ったら、ハーフエルフの情報屋しかないんだよ。そいつらはお金でしか動かないからさ」
テレビでも警察の情報屋とか時代劇の密偵とかお金で動いてる人たちはいたな、と思い出し、銀貨を入れている袋をカリュウに差し出した。
「兄ちゃん、あたしだからいいけど、こんなことしたらすぐ無一文だよ」
呆れた目でこちらを見て来ながら、袋の中から一枚二枚と取ってはう〜んと悩み、また数枚出しては悩むを繰り返している。
「金には困ってないから、それなりに持って行っていいぞ」
「情報屋は足元を見てくるんだよ。それに今持っていくのは手付金。情報に対する対価はまた別だよ」
「そういうものなのか?」
「だって、いきなり全部渡したら逃げられちゃうじゃん。だから、一部前渡で、残りは成功報酬にするんだよ」
呆れた顔でカリュウはお金の入った袋をこちらに渡してくる。袋から取り出したのは銀貨八枚だけだった。
「それだけで足りるのか?」
「多く持って行っても身包み剥がされたら終わりだしね。はめるはめられるなんて、ハーフエルフの世界だと普通だからね」
銀貨を自分の持ってた袋に入れながら言ったカリュウは俺とタートの前に立つと、
「じゃあ、あたしは行ってくるから、二人は首都の宿屋で待っててよ。できれな安宿にしてね、探す手間省けるから」
そう言うと、カリュウは走り出した。街道を外れ、その姿はすぐに森の中へと消えて行った。
カリュウが持ってくる情報だけが頼りな状況。なんとか無事に帰って来て欲しい。
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