第24話 魔王様、エルフの里を訪れる

「わたくしには同い年の侍女がいたの。いつもわたくしのそばに居てくれて、どんなときも、なにをしてもニコニコ笑ってくれていた。多分、あの子をわたくしはいつも困らせていたと思うのに」


レキリスの話はエルフの里での話なのだろう。

彼女に使えた侍女。

今はどうしてるのか少し気になる。


「わたくしが野蛮な人に捕まった日も、あの子が止めるのを聞かずに森に行ったの。お父様やお母様からは一人で森に行くなと言われていたから、あの子を身代わりにして」


「てことは、その侍女は?」


「お父様が捕まえてしまっていると思います」


「捕まえる?侍女は悪くないんじゃないのか?」


「あの子に罪はありません。でも、わたくしが戻らず、あの子だけがわたくしの部屋にいたとなると話は違います。お父様はわたくしがいなくなったのはあの子のせいにするはずです」


「そんな無茶苦茶な」


「兄ちゃん、誰もが誰かに罪を押し付けるんだよ。だから、レキリスのお父さんも侍女に罪を押し付けたんだよ。娘は悪くないって」


カリュウが補足をすると、レキリスは一層肩を落とした。


「ですから、あの子が悲惨な目に遭う前にわたくしは里に戻らなければならないんです!」


懇願するように俺たちに行ってきたレキリス。

だが、暗い森の中を走るには当然だし、歩きのもかなり危険だ。


「お前の言いたいことはわかるが、私は私の配下たちが危険な目に遭う真似を許すことはできない」


「夜に歩くのは危険だから、明るいうちにできる限り進むしかないと思う」


「だよね、また狼出たら怖いし」


レキリスは、小さくごめんなさいと謝ると、俯いたままこちらに歩いて来る。

高飛車な彼女なりの優しさがようやく出たのだろうが、少しは状況を考えてほしいところではある。

狼に咬み殺されるのは嫌だし。


「カリュウ、里まではあとどれくらいかかりそうなんだ?」


「う〜ん、今のペースならあと五日はかかると思うけど」


「五日も…」


「レキリスさんが攫われたのは何日前くらいなんですか?」


「たぶん、10日ほどは経ってると思います」


里に戻ったとしても二週間以上経っていると言うことは、どうなんだろうか?

拷問的なものがないとすると、どこか牢に入れられていると言う可能性はある。劣悪な環境なのは間違い無いだろうが、その先にある事が想像できない。


「でもさ〜、レキリスはなんで攫われちゃったの?」


「あの日、あの子とは違う子に面白いものが見れるからと言われたんです。それで…」


「で、言った子はどうなったの?」


「わかりません、気づいた時には一人で、知らない男たちに囲まれていたので」


「ふ〜ん」


カリュウが気のない返事をしつつ、こちらに渋い顔をしてくる。言わんとしてることはわかる。確実に疎まれていたもだろう。

性格的なものなのか、里内の政治的なものなのか、そこはわからないが、確実にレキリスがいなくなって喜ぶエルフがいたに違いない。

なんにせよ、里へ急がないとレキリスの侍女である子が殺されるか死ぬ可能性がある。

みんな歩くのは慣れているが、食料が足りるかが最大の問題だ。


◆◆◆


あたりが明るくなると目を覚ます習性がついてきた。

今日はレキリスを助けてから五日目。深淵の森の里まであと少しと言うところだ。

俺の朝のルーティンは、まず焚き火の準備だ。昨日火は付いているので、また起こすことは簡単。

焚き火の順にをしている間に、最近一番早起きなカリュウがどこからか戻ってきた。


「兄ちゃん、今日も取れたよ」


手に持ってきたのは二羽の鳥。なんと言う種類かわからないが、羽を広げれば小さなカリュウが隠れるほどの鳥だ。


「ありがとう、いつも通り処理してくれ」


「は〜い」


カリュウにナイフを渡すと、手際よく鳥を捌いていく。

野宿生活が長くなってきているが、魚は捌けてもまだ鳥は捌けない。というか、あまり捌きたくはない。


「最近調子がいいんだよね〜」


カリュウは上機嫌な感じで言うとバリバリと鳥に羽をむしっていく。

今までは小さな鳥でもなかなか捕れなかったカリュウが、最近というかレキリスの暴走があった日から腕が上がったのか安定してそこそこの鳥を捕ってくるようになった。やはりあのレベルアップ音が何かしらの影響を与えたのだろうか。

まあ、なんにせよカリュウが前にも増して明るくなり、常に機嫌がいいにはタートやレキリスにもいい影響を与えているので助かってはいる。


「今日で着くと思うけど」


捌いた鳥を気の棒に刺して焚き火の周りに立てると、カリュウが言ってきた。


「やっとだな」


「うん、長かったよね〜」


「食料が足りなくならなかったには一番助かったよ」


「へぇ〜、誰のおかげなのかな?」


「カリュウのおかげだよ」


「そうそう?もっと褒めてもいいんだよ」


こちらに擦り寄りつつニヤニヤしながらカリュウが言って来る。

たしかにカリュウの狩りの能力が上がったことで食料はだいぶ助かった。が、最近は自己主張を覚えたのか、事あるごとにこうやって誉めることを強要して来る。可愛い妹みたいな感じなのでいいが、少しウザさを感じる。これが世に言うウザ可愛いというものなのかもしてない。


「お前たち、うるさいぞ」


起きたのかタートがこちらを細い目で見ながら言ってきた。まだ眠いのか、細くした目を擦りながら。


「起こしたか」


「タート様、ごめんなさい」


「かまわん」


まだ半分寝ているのか、こちらに歩いて来るが少しふらついている。

崩れ落ちるように俺の隣に座ると腹が減ったといつものセリフを言う。

ちょうどカリュウが捕ってきた鳥が焼けていたので手渡すと無言のまま食べ出す。


「タート様、美味しい?あたしが捕ってきたんだよ」


「うん、うまい」


鳥から口を離さないまま答えたタートに、カリュウは大満足なのか得意顔でこちらを見て来る。


「おはようございます…」


カリュウと対照的に元気がないレキリスが起きてきた。

暗い顔なのはあの日からずっと変わらない。今日一日で深淵の森の里に着くと言うのに元気がないには、侍女がどうなっているかわからないからだろう。もしかすると、もしかするかもしれないし。


「何か食べるか?」


「わたくしはいりません」


「大丈夫か?」


「エルフは少しくらい食べなくても平気ですから」


レキリスは口元だけ笑ったが、その笑顔は少し怖い感じがした。


「兄ちゃん、あたしは毎日食べても大丈夫だけど」


自己主張の強いカリュウがまた絡んでくる。言いたいことは自分にも何か食べさせろと言うことだろう。

カリュウの捕ってきた鳥はタートに食べさせるとして、俺とカリュウはバンズに作ってもらった干し肉が毎日の食事だ。荷物から干し肉を取り出してカリュウに渡すと、嫌な顔をして何か違うものもたまに食べたいな〜と言うがそんな贅沢はできないにで無視をする。


食事を取り終えたあと、いつも通り焚き火の始末をしてから出発となる。

元気がないレキリスはいつも通りメェ子の背中で揺られている。

陽が少し傾きかけたあたりで、景色が変わり始めた気がした。


「そろそろか?」


「ええ、あと少しで着くと思います」


「そうか、一応気を付けておくか」


タートとカリュウに目配せすると、二人とも気づいたのか頷き返して来る。

手荒い歓迎がなければいいが、あった場合は反撃はしなくても自分の身は守らなかればならない。この中で一番危険なのは俺自身だけど。

徐々に木々が減り、視界が開けて来る。

視界が開けた先にあったのは、木と同化したような家とその周りを囲うようにある木製の柵。

エルフの里なんて当然初めてだから目新しいものばかりだ。


「迎えが出てきています」


レキリスが指さした先には、出迎えというか、警戒しているのか弓をこちらに向けてきているエルフが何人か見える。


「攻撃されないよな?」


「客人をいきなり攻撃はしません、わたくしとわかればなおさら」


今はレキリスに言葉を信じるしかない。

攻撃されれば、たぶんタートが守ってくれるだろう。


「レキリス!レキリスなのか?」


「お父様!レキリスです!」


メェ子から降りたレキリスは、呼びかけた男性の元へ駆け寄る。

駆け寄ったレキリスを抱き止めると、驚きと感動なのか、男性は涙を流している。

どうやら、里全体での陰謀はないようだ。


「あの方々に助けてもらい、ここまで連れてきていただいたのです」


「それは!」


男性は俺たちにも深々と頭を下げ礼を言うと、


「なんと言っていいかわかりませんが、娘がお世話になりました。わたしは深淵の森の里を代表するレキオンと申します」


「俺はハルト、こちらはタートで、こっちはカリュウ。レキリスさんを助けたのは成り行きで」


「成り行きといえど助けていただいた恩を無くすわけにはいきません。少し悩ましい方々ではありますが」


俺とタート、カリュウを順番に見てレキオンは困惑しつつも歓迎しようとしてくれている。

まあ、人間にハーフエルフ、族種不明な3人では不信感もあるだろう。


「お父様!セキュは!セキュはどこですか?」


「ああ、セキュか、レキリスが無事戻ったのだ。罪を許してやらなければない」


「セキュに罪はありません、早く!どこにいるのですか?」


「広場にいる」


レキリスはレキオンの言葉を聞くと同時に駆け出した。

レキオンや他のエルフたちもレキリスの後を追う。案内されないが、たぶん広場に行くのが正解だろうと、俺たちも後を追うことにした。


「セキュ!セキュ!だいじょうぶですか!」


広場ではレキリスの悲痛な叫びが響き渡っていた。

レキリスの侍女でセキュと呼ばれた女性は、広場にある大きな木に縛り付けられていた。レキリスがいなくなってからずっとなのだろう、ひどく衰弱し言葉では言い表せないひど汚れた姿となっている。

そんなセキュにレキリスが縋り付いて泣いている。たぶん、捕まる前の彼女ではあり得ないことだったのだろう。誰もが声をかけることを忘れて呆然としている。


「お父様!セキュを早く解き放ってください!」


「あ…あぁ、誰か!」


レキオンの指示で、セキュを縛る縄が切られる。

体を支えていた縄が切られたことで崩れ落ちるセキュをレキリスが抱き止める。


「お…じょう…さま、ごぶじで…」


「セキュ、ごめんなさい!あなたの言うことを聞いていればこんなことになっていなかったのに…」


セキュを抱きしめて泣くレキリス。

レキオンがセキュの手当てをするよう指示を出している。

どうやら最悪の事態は防げたようで安心した。


「お待たせして申し訳ない、わたしの家でお話を」


そう言うとこちらにレキオンにと里の奥へと案内された。

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