第23話 魔王様、エルフに苛立つ

レキリスを助けた人攫いのアジトを出て2日目。

歩くことを拒否したレキリスはメェ子の背中で揺られている。

レキリスを乗せる時に大きくメェェェェェと鳴いただけで、後は鳴かずに乗せているメェ子に頭が下がる。

さらにレキリスのせいで疲れ果てているのはタート。基本口数が多い方ではないし、社交的ではない。それなのに、四六時中レキリスに絡まれているのだから精神的に疲れているだろう。

カリュウはカリュウで、極力レキリスに近づかないようにしているし、声をかけられれば何か言いつけられるので常に俺も陰に隠れている。

俺はというと、レキリスから格下に見られているので相手にもされない。ありがたいと言うべきだが、嫌気がさし始めているタートを見るとなんとかしなければならないのかなと思いつつ、解決策がないので困っているところだ。


「タート様、里に着いたら是非会っていただきたい方がいますの!」

「お父様に紹介しますから、ぜひ長く逗留してください!」

「今までどんな旅をされてきたのですか?」


タートの返事を聞かずに何度も何度も同じ質問を繰り返しているレキリス。彼女的にはタートと共にいることが幸せなのだろう。が、タートや他の人のことも考えるべきだ。短いかもしれないが、一緒に旅をする以上。


何とかしなければと思いながら、今日も一日歩き続け、気づけば夕暮れ。

カリュウがいい場所探して来ると軽快に走っていったところだ。


「タート様が休まれる場所なのだからきちんとした場所を探しなさいね!」


レキリスは走っていくカリュウの背中に向けてきつい口調で言う。

カリュウもあえて振り向かないが、言われてガクッと肩を落としたのが見てとれた。


「カリュウもわかってると思うので大丈夫ですよ」


「ふん、ハーフエルフの仕事など信用できませんわ」


そっぽを向きつつ答えたレキリス。だが、カリュウは仲間に加わってから常に野営地探しをしていて、探索能力、判断能力は確かなものだ。レキリスとて、初日で体験してるからわかっているはずだと思うが。


「カリュウはカリュウじゃないんですか?ハーフエルフとか、人だとかあまり関係ないと思うんですが」


「ハーフエルフと人であればそうかもしれませんね。ですが、わたくしにようなエルフとタート様では大違いです。一緒にしないでいただける?」


価値観や考え方、あちらの世界でもそう言う考えはあったな〜と思い出す。人種、宗教、部族同士での争いとかもあったかな?くだらないな〜テレビで見ていたことを体験すると言葉が出ないものなのだなと知った瞬間だ。


「ハルトもカリュウも私の配下だ。愚弄するなら許さんぞ」


「いえ、タート様!わたくしはタート様を愚弄しておりません!ですが、下賤な者を連れて歩くのはいかがかと思うだけで」


「それを愚弄しているというのだ」


「ですが…」


「兄ちゃん、良い場所見つけたよ!」


険悪な雰囲気になりけかけたところで、元気なカリュウが聞こえてきた。火をつけかけた身としては、少しだけホッとした。


「こっちだよ!」


俺の元まで駆け戻って来ると、右手を繋いで寄り添って来る。


「助かったでしょ」


「聞こえていたのか?」


「あたし、耳はいいから」


白い歯を見せて笑ったカリュウは、こっちこっちと俺の手を引っ張る。

案内された場所は、それなりの広さのある大きな木の下。急な雨にも対応できそうな場所だ。


「いつもありがとな」


「気にしなきて良いよ、得意だし」


そう言ったカリュウは、タートと共に薪を探しに走っ行った。

俺もメェ子の荷物を下ろしつつ、今日の夕飯の準備に取り掛かる。

初日もそうだったが、働かないのはレキリスだけ。メェ子の背中から降りて地面に座り込むと小さく欠伸をしてだるそうにしている。

ここで何か言うとまた火種になりそうなのであえて何も言わない。


「何か不満そうですわね?文句があるなら仰ったらどうですか?」


「不満や文句があるわけではないですが、少しは周りを気にしたらどうです」


「周りを気にする?わたくしが?」


心底驚いたように大きな声をあげて目を見開いたレキリスは、頭を左右に振りながら、


「なぜわたくしが他人に合わせなければならないの?わたくしのために合わせるのが普通ではなくて?」


「レキリスさんが高貴な出なのはわかりますが、今はただのエルフです。それは俺やタート、カリュウとどう違うんですか?」


「全く違いますわ!私はどこにいようとも、深淵の森の里の里長の娘、その事実は変わりません!」


「その事実は変わりはしません。が、それを誰が、どうやって証明するんですか?今レキリスさんは一人です、だれが深淵の森の里の里長の娘だと証明するんですか?」


「それは…」


「あと、一人で捕まったんですか?誰か一緒じゃないんですか?」


「………」


言い淀んだレキリスは、俯いたまま何も言わなくなってしまった。少し言いすぎたかもしれないと思ったところで、薪拾いに行っていたタートとカリュウが戻ってきた。

カリュウがニヤニヤしているのを不審な顔で見ているタート。カリュウには今の口論を聞かれたのかもしれないなと思うと、恥ずかしいと言うかなんというか…


「兄ちゃん、火をつけてよ」


薪を組み上げつつ、カリュウが言ってきた。

愛用の火打ち石と、カリュウが拾ってきた火種にを使って火を起こす。


「兄ちゃん、あたしは頑張ったと思ってるよ」


火を起こしている最中に、カリュウが近寄って来るとそう耳打ちしてきた。やはり聞かれていたかと恥ずかしくなって来る。


「最近仲がいいな」


カリュウに負けじと近くに寄ってきたタートが細めた目をこちらに向けて来る。


「タート様、配下同士仲良くしてるだけです」


「そうか、そういうものか?」


「まあ、そうなんじゃないのかな?」


「そうそう、タート様も仲良くしましょうよ」


カリュウは言うと、素早くタート隣に移動してこちらに押し付けて来る。そう言うことではないと思うが、今は火が起こしづらくてしょうがない。

なぜかテンションが高いカリュウと不機嫌そうな顔をしているが満更ではないタート。仲がいいことは悪いことじゃないけど。

ふと、視線を感じる顔を上げるとレキリスがこちらを見ていた。視線が合うと、ハッとした顔をして立ち上がった。


「わたくし、早く戻らなければなりません!」


独り言のように言ったレキリスは、真っ暗な森に向けて走り出す。

呆然としていたところに、カリュウが声を上げる。


「兄ちゃん、追わないと!」


「お、おう!」


火打ち石を置き、すでに走り出しているカリュウを追いかける。


「エルフでも夜目はきかないのか?」


「きくとかきかないじゃなくて、普通に危ないよ!」


見えていようがいまいが夜の森が危ないのは間違いないなと納得した。

なにがあるかわからないし、獣がいないとも限らない。レキリスでは、何があったにしろ自らの身を守るのは無理だろうから。


「きゃぁぁぁ〜〜〜!」


レキリスが走った行った方から叫び声が聞こえた。声の主は当然レキリス、何かあったのかもしれない。


「兄ちゃん、いそご!」


一段と走る速度を上げたカリュウ、申し訳ないが俺は今が最大速度なんだけど。

息が上がりかけたところでようやくレキリスに追いついたが、状況はかなりまずい。

レキリスの周りを十数匹の狼が取り囲んでいる。


「カリュウ、なんとかなるか?」


「なんとかするけど…」


カリュウは落ちていた石を拾うと、一匹の狼に投げつける。

石は見事狼に当たり、きゃんと悲鳴を上げた狼は、ギロリとこちらを睨みつけて来る。


「まずくないか?」


「あたし、石くらいしか投げれないよ。上手く当てれるけど」


「投げ続けるしかないか」


「兄ちゃん、石拾ってくれる」


もう一つ石を拾い素早く投げつてるカリュウ。俺は手頃な石を拾いカリュウに渡す。

百発百中、見事に当て続けるカリュウ。その時、当たりどころが良かったのか狼が小さい鳴き声と共に倒れた。


テテテテテッテッテ〜ン


久しぶりに聴いたレベルアップの音。

けど、近くにタートはいない。


「兄ちゃん、なんか限界かなと思ったけどまだ行けそう!」


そう言ったカリュウは、投げる石の精度が少し上がっている気がする。もしかすると、レベルアップするのはタートだけではないのか?


「兄ちゃん!石ちょうだい!」


「ああ、ごめん」


焦って石を探すが、すでに手頃な石は無くなっていた。あるのは小石とかなり大きい石だけ。


「カリュウ、石が尽きた…」


「え?嘘!」


驚いた声をあげ、カリュウも足元や周りを見渡す。

石を必死に探している間にも、ジリジリと狼たちが包囲の輪を狭めて来る。


「兄ちゃん、もう無理だよ…」


半泣きになりながらカリュウが抱きついて来る。逃げようにも半数がレキリスを、残りの半分が俺とカリュウを包囲して逃さないようにしている。

集団で狩りをするだけあって連携が取れている。

狼たちは攻撃をしてきた俺たちを先に殺すつもりなのか、レキリスに対する以上の圧力をかけてきている。


「これはまずいな…」


「狼に食べられるのは嫌だよ!」


カリュウの声が合図になったのか、狼が一斉に飛びかかるべく助走に入る。


「助けて!タート様!」


カリュウの叫び声。

俺も悲鳴を上げそうになった時、青い影が視界をよぎった。

音もなく俺たちの前に降り立ったのはリルリル。ようやく追いついてくれたようだ。


「ハルト、ここにいたのか」


「タート!」


「タート様〜、たすかった〜」

カリュウが安堵に声を上げるが、狼たちはまだ諦めていないのかまたジリジリと包囲を狭めてきている。

リルリルが牽制はしているが、右を牽制すれば左が近づき、左を牽制すれば右が近づきを繰り返している。

リルリルだけでは、と思った時、ようやくタートが俺たちの元まで歩いてきた。


「去れ!去らねば殺すぞ!」


こちらまで震え上がりそうになる声で叫んだタート。

俺たちを包囲していた狼は、怯えたように大きく後ろに飛び跳ね、どんどんと下がり闇の中へと姿を消していった。


「タート、ありがとう。助かったよ」


「勝手にいかれては追いつけん」


少し怒ったように言ったタートは、こちらに手を差し出して来る。

抱きついていたカリュウを先に立たせてから、タートの手を借りて立ち上がる。

カリュウは感謝の表現なのかタートに抱きついている。鬱陶しそうな顔をしているタートが、どうすると言わんばかりにレキリスを冷たい目で見ている。


「レキリス、大丈夫か?」


こちらの言葉に、体を震わせて反応したレキリスは、今までの威勢が嘘のように涙をこぼしていた。よほど狼の主撃が怖かったのか、まあ、俺も少し危なかったけど。


「わたくし、思い出したんです」


ポツリとこぼしたレキリスは、なぜ突然走り出したかを語り出した。

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