第21話 魔王様、助ける

頭に鈍い痛みを感じて目を覚ます。

目の前にあるのは草と土。

起きあがろうとするが、手と足が動かないと言うか縛られているようだ。口にも猿轡というやつを咥えさせられている。

ようやく頭が回り出す。

カリュウと共に開けた場所にでたと思ったら野盗と思われる男たち。そして、頭を殴られて気を失った。そのせいで頭に痛みががあるのだと理解した。

どうしたらいいのか?

そう考えてみても、なにもできることはない。

体をよじる程度はできるが、起き上がることは無理。叫ぶことも無理。何かしようとするだけ無意味。

カリュウが何を思ってこんなことをしたのか?

たぶん、この男たちがカリュウの仲間なのだろう。俺はそいつらに売られたというか、もしかすると、タート狙いなのかもしれない。

人攫いが生業だとすると、若い娘の方が高く売れるような気がする。

なんとかしたいけど、何もできない。

タートは助けに来てくれるだろうか?

もしかすると見捨てられるかもしれない。

そうなれば、どこかに売られ、一生強制労働の日々が待っているのかもしれない。

考え始めるとキリがないけど、体が動かない以上考えというか妄想がどんどんと膨らんでいく。


「やっと起きたか、どうだ?クソガキとはいえ裏切られた気分は?」


どの立場の男かわからないが、俺の髪を掴み言ってくる。周囲から他の男たちの笑い声が聞こえて来る。

言い返したいが、猿轡のせいでしゃべれないので睨み返して最低限の反抗だけはしておく。


「威勢がいいな、それがいつまで持つかな?クソガキがもう一人連れて来るはずだ。そうしたら、お前らまとめて物好きのところに売ってやるからよ」


男が言うと、また周囲から笑い声が。

タート一人なら逃げられるかもしれない。俺なんて気にせず逃げてくれればいいけど…


「来たか」


掴まれていた髪を乱暴に離されたせいで地面に頭を打った。殴られたところと同じところだったらしく、身体中に痛みが走り抜けた。


「私の配下が世話になっているようだな」


タートの声だ。助けに来てくれたのか、と一瞬喜びかけたが、周囲にいる男の数は軽く20人はいる。メェ子にスラ美、リルリルがいたとしてもかなり苦しい数だと思う。


「まだ大して世話はしてねぇけどな。嬢ちゃんと一緒なら世話してあげてもいいけどな」


また男たちの笑い声。

なんとか顔を上げてタートを見ようとする。なんとか逃げるように伝えないと。

体をなんとか動かして、ようやくタートが見えた。

タートと目が合う。

細く切長の目が今まで見たこともないほど大きく開き、ゆっくりと閉じていく。次に開いた時には、真っ赤な瞳が燃え上がっていると思ってしまうほど赤く輝いていた。


「今すぐハルトを解放しろ」


「何言ってんだ?クソガキ、早くしろ!」


「これで最後だ、ハルトを解放しろ、私は怒っているんだ」


「クソガキ!何してんだ!早くしろ!」


「うるさい!あたしは!あたしはタート様の配下になったんだ!お前たちなんかの言うことはもう聞かない!」


「クソガキどもが!舐めてんじゃねぇぞ!」


タートとカリュウ、男たちの言い争いが終わったと思われた時、こちらに近づいて来る足音がある。この状況、俺が人質になったらかなり苦しくなるはずだ。

なんとか逃げないと、と思ったそも時、急に体が浮いたかと思うと視界が目まぐるしく移り変わっていく。

次に地面に降ろされたのはタートの後ろだった。


「兄ちゃん!」


泣き腫らした顔のカリュウが抱きついて来ると、すぐに手と脚を縛っている縄を切ってくれた。

きつく縛られていたので、縛られたところがすごく痛い。


「ハルト、大丈夫だったか?」


こちらを振り返らずに聞いてきたタートの声は、どこか安心したような感じだった。


「なんとか、頭が少し痛いけど」


「そうか、ならばこいつらにその報いを受けさせてやる」


「どうやって…」


焦っている男たちを前に、タートが一歩踏み出す。


「スラ美、メェ子、リルリル」


タートが順番に呼んでいく。小さなスラ美がタートの右側にポンと落ちて来ると一瞬でいつもの大きさに膨らむ。スラ美の隣にメェ子、タートの左側にリルリルが並ぶ。最後にタートが自分の杖を手に持つと、その先を男たちに向ける。


「覚悟は出来ているか?」


「ふざけるな!お前ら、かかれ!」


頭領らしき男以外が声をあげてこちらに走って来る。


「いけ!」


タートの命令を受けて、メェ子が大きく鳴き声をあげると走り出した。最初から全速力で、突き上げではなく一直線に野盗達を轢いていく。

リルリルは、メェ子の荒々しさとは逆で、静かに一人ずつ引き裂き、蹴り飛ばしていく。

スラ美は新技なのか、タートに近づいて来る男たちを体の中に取り込むと、上に体を伸ばし一気に下ろすと言う、体内で圧力をかける方法で窒息ではなく圧殺的な倒し方で一人また一人と吐き出していっている。


「兄ちゃん」


「見てみればわかる。タートは強いからな」


涙でグチャグチャの顔を上げたカリュウは、良かったと呟きまた顔を押し付けてくる。

三匹の活躍で、野盗たちはもう半分以上が倒れている。残りも戦意喪失しかけているが、タートの意を受けているのだろう。メェ子とリルリルが逃げるものから倒していっている。


「どうした?私たちを倒すんじゃなかったのか?」


「お…お前何者なんだ…」


「私は魔王だ」


「ま…魔王だ…」


戦意喪失している頭領にタートが容赦なく杖を振り下ろす。頭に一撃を受けた頭領が崩れ落ちるように倒れかけたところで、今度は杖で薙ぎ払う。石でも飛ばしたかのように吹き飛んでいく頭領は、多分生きてると思われる。多分。


「ハルト」


「タート、ありが…」


そこまで言いかけたところでタートが杖で頭を叩いてきた。当然本気ではないが、木でできた杖だけに痛くないわけではない。


「タート?」


「二度と勝手なことはするな。何かする時は必ず私に相談しろ」


怒っているのだろう。

カリュウに騙されたとはいえ、自分のいないところで何かあったらどうするんだと言うところだろう。


「ごめん、次からはきちんと相談するよ」


「絶対だな?」


「ああ、絶対に」


「なら許す。今の言葉忘れるなよ」


「わかっているよ」


ようやく笑みを見せたタートは、俺に抱きついているカリュウを引き剥がすと手を差し出してきた。タートの小さな手を見て、ありがとうと言って助け起こしてもらった。


「カリュウ」


「ああ、うん…」


タートに促されて俺の前に立ったカリュウはもじもじとしている。隣に立つタートが睨みつけつつ早くしろと急かす。


「兄ちゃん、ごめんなさい!あたし、兄ちゃんとタート様をあいつらに売るつもりだった。生きていくためとはいえ、良くしてもらった兄ちゃんに、こんなことして…」


カリュウは服の裾をぎゅっと掴み、頬を伝って地面にポタポタと涙が落ちていく。

多分俺を助けに来る前にタートと話したのだろう。


「俺もタートに助けては貰ったし、少し頭は痛いけど五体満足。今回はタートにありがとうと言うところでいいんじゃないかな」


「ありがとう、兄ちゃん!タート様もありがとう!」


「世話のかかる配下がどもだ」


腕を組んで明後日の方を向いたタートは、少し嬉しそうに見えた。

どうやらカリュウもタートを、タートもカリュウを認めたようだし、なんとかなったのかもしれない。


「そういえば、こいつらどうするんだ?」


「全員倒したし、どうするもないんじゃないのか?」


「あの、こいつらのアジトがあるんだけど」


「アジトか」


「そこに、捕まってる人もいると思う」


カリュウの言葉を聞き、タートがこちらを見てきて頷いた。俺も頷き返すと、決まったと言わんばかりに言う。


「カリュウ、案内しろ。そこも潰す」


「はい、案内します!」




野盗達を叩きのめした場所から30分ほど歩いた森の中。

朽ち果てる寸前のような、昔の砦跡が野盗達のアジトのようだ。


「か、中にはどれくらいいそうなんだ?」


「う〜ん、いない人が2、3人いたかな?」


「それくらいなら問題ないな」


そう言ったタートが、メェ子に扉を指さす。

泣かずにこくりと頷いたメェ子が、地面を数回蹴った後扉に向かって走り出す。

最高速度まで加速したメェ子は、ものすごい音を立てて扉を破壊しそのまま中へと消えていった。


「リルリル」


タートは破壊された扉を指さしリルリルに指示を出す。

ふんと鼻を鳴らしたリルリルは、音もなく走ると扉の中へと入っていった。


「私たちも行くぞ」


「おう」


周囲を警戒しつつ前を歩くタート。俺の隣では、小さな石を手に持ったカリュウがビクビクしながら歩いている。

メェ子が破壊した扉の前まで来ると、中からリルリルが顔を出した。


「そうか、終わったか」


リルリルの声なき報告を受けたタートは、持っていた杖をしまうと中に入っていく。


「もう大丈夫みたいだぞ」


「ほんと?」


信じられないのか、いまだに礫を持ったまま緊張した顔をしているカリュウ。


「タートが中に入ったから、俺たちも入ろう」


アジトということは、また路銀獲得のチャンスでもある。全て頂かなくては。


「頭領の部屋はわかるか?」


「たぶん、こっちだと思う」


警戒してゆっくり進むカリュウに合わせていたら、タートの姿が見えなくなっていた。メェ子もリルリルもいないと言うことは、多分タートについて行ったのだろう。となると、危ないのは俺とカリュウの方かもしれない。


「兄ちゃん、ここだよ」


朽ちかけた砦の中で、それなりの綺麗さの扉。力があるやつはこう言う綺麗さを求めるのだろうか?

ゆっくりと中の様子を伺いつつ扉を開ける。後ろでは、かなり緊張しているのかカリュウが震えているのが掴まれた腕越しにわかる。

ギィっという音を立てて開いた扉の中は、まあ、あまり綺麗ではなかった。

片付けというか、そういう概念がないのかもしれない。


「カリュウ、中には誰もいないよ」


「ほんと?」


俺の体越しに中を見るカリュウ。

誰もいないのを確認してようやく落ち着いたのか、大きく息を吐いて部屋の中へ入っていく。


「確か、ここあたりじゃなかったかな」


誰もいないのがわかったら安心したのか、豪快に部屋の中を荒らしながら金目のものを探すカリュウ。

部屋を見た感じ、金目のものはなさそうな気がするが。


「兄ちゃん、あったよ!」


カリュウが声と共にずっしりと重そうな袋を掲げて見せて来る。

あった場所はベットの奥にある石壁の中。漫画とかアニメで見たことのある隠し場所だ。

中身を確認せずにカリュウが袋を渡して来る。受け取ると、まだあるかもと言いまた部屋の中を探し始める。

袋の中には金貨こそないもののほとんどが銀貨。軽く百枚はありそうだ。

ほぼ全てがタートの食費で消えると思うとなんとも言えないが、ないとタートが飢えてしまうのでありがたくいただくことにしようと思う。


「後はなさそう」


肩を落とし残念そうな声で言ったカリュウ。


「これだけあれば十分だ。タートと合流しよう」


「うん!」


カリュウがヘヘッと笑いながら右手に絡みついて来る。

少し歩きづらいが振り解くわけにもいかないので諦める。


「どこに行っていたんだ?」


俺たちを見たタートが不機嫌そうな顔でこちらを睨んでくる。


「路銀をね」


「そうか」


銀貨の入った袋を見せると納得したのか、ついてこいといい奥の部屋へと入っていく。

タートに続いて部屋の中に入ると、そこには金色の髪、透き通るような白い肌、そして、尖った耳。隣にいるカリュウを見てから、もう一度見る。たぶん、本物のエルフなのだろう。

でも、なぜこんなところにエルフが?

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