幕間 カリュウ、慟哭する
「あの、いい稼ぎになるよね?」
倒れた兄ちゃんを見ないようにして、泣きそうになるのを我慢してなんとか笑う。
「あぁ?」
頭領のオーザスは不機嫌そうな声。
「調子に乗るなよ」
言葉と同時に腹に強い衝撃を受けた。
痛い、痛い、こう言うのがイヤだからなんとかしようとしたのに!
ふいに喉の奥から酸っぱいものが込み上げて来る。
「なんだ、こいつ吐いてやがる」
「汚ねえやつだな」
口々に罵る声が聞こえる。
ようやく込み上げて来るものが止まった頃には、地面に夕食に食べた肉の破片が。
兄ちゃんがくれた肉なのに、でも、その兄ちゃんは…
いきなり頭に痛みが走り、その痛みと共に強引に立たせられた。頭領のオーザスがあたしの髪を掴んでいるんだ。
「おい、次は何をするかわかってるんだろうな」
オーザスの言葉にうなづいたつもりだった。
今度は頬に痛みが走る。
オーザスに平手打ちをされた。
「おい、返事もできなくなったか?」
「は、はい!わかってます!」
「わかってるならきちんと答えやがれ!クソガキが!」
やっと髪を離してもらえたと思ったら、また腹部に衝撃を受けて後ろに体が飛んだ。
もう何が起きてるのかわからない。
周りから笑い声が聞こえる。
痛くて、苦しくて、こんなのがイヤだから、なんとかしようと思っていたのに…
気づいた時には誰もいなくなっていた。
兄ちゃんはあたしを助けてくれたのに…
兄ちゃんだけじゃなく、これからタートもあいつらのところに連れていかなければならない。
その先に待っているのは、あたしよりも悪い明日かもしれない。
いいのかな、それで…
なんとか起き上がるが全身が痛い。
歩くたびに痛みで涙が出て来る。
でも、なんとか歩いてタートをあいつらのところに連れて行かないと。
もう痛いのも辛いのもイヤだ…
何度も何度お何度も、どうするべきか悩んでいたらいつの間にか野営地に戻っていた。
たぶんタートはまだ寝ているはず。起こして…
「ハルトはどこだ?」
顔を上げると、焚き火のそばにタートが立ってこちらを睨んできていた。
「メェ子から聞いた。お前とハルトがどこかに行ったと」
有無も言わせない迫力があった。
「あの…兄ちゃんは…」
「どこだ?」
「その…だから…」
タートが目の前まで来ていた。
赤い瞳が燃え上がっているように見えるほど怒っているのがわかる。
「もう一度聞く、ハルトはどこだ?」
何か言わなければならないのに言葉が出てこない。
タートの手が伸びてきてあたしの胸ぐらを掴んだ。
「怪我をしているのか?ハルトもか?」
「あたし…あたし…」
だめだ、我慢していたのに涙がどんどん出て来る。
「ハルトはお前のことを心配していた。どんな生まれで、どんな生き方をし、どんな境遇なのか、あいつは気にしていた。同情や憐れみかもしれない、が、あいつはあいつなりになんとかしようとしていた。私はお前がそれを踏み躙るのであれば絶対許さない。あいつの思いを踏み躙るのであれば許さない」
タートは強いのかもしれない。身体的な強さではなく、精神的な強さを持っているのかもしれない。でも、あたしはだめだ。もう…だめだ。
「ごめんなさい…あたしは兄ちゃんの………思いを裏切った。あたしは強くないから…」
「お前の涙はなんの涙だ?悲しくて泣いているのか?悔しくて泣いているのか?」
「わかんない…わかんないよ…あたしは…あたし自身が弱いのがイヤだ!どんなに痛くても、悔しくても、苦しくても泣いたことなんてない!でも、でも、今は…わかんない…」
「お前はハルトを裏切ったことを悔やんでいるんだ」
わかった、わかっていたと思ってたけど、わかっていなかった。
生まれて初めて、人に優しくされた。
生まれてから、ずっとひどい目にあって、泥水を啜ったろ、腐りかけの食べ物を食べたりしてきた。
今日初めて暖かくて美味しい食事を食べた。
胸が苦しい。
息ができないくらい苦しい。
殴られたわけでもない。
蹴られたわけでもない。
なのに、なんでこんな苦しいんだ。
「タート、あたしは兄ちゃんを助けたい!」
あたしが悪いのに、それなのに兄ちゃんを救いたいと思うのはおかしいかもしれないけど、でも、だからこそ、あたしの手でにいちゃんを助けて謝りたい!
「そうか」
大きく息を吸い、吐き出しながら、絞り出すような声でタートが言った。
助けてはくれないだろう、きっと。
「だが、お前は私を連れて来る約束になっているのだろ?」
なんでそれを、と言いかけたところで、闇から溶け出るように青白い大きなオオカミが姿を表した。
「リルリルがお前と奴らの会話を聞いていた」
「そうだけど、兄ちゃんだけじゃなくタートにまで迷惑かけたくない。あたしが殴られたり蹴られたりすれば、なんとかできると思うから」
「お前はそれでいいのか?」
「よくない…痛いのはイヤだし…でも、兄ちゃんを助けるにはそれしかないんだから」
「お前は聞き流したかもしれないが、私は魔王だ」
「魔王…でも…」
「それに、ハルトは私の配下だ。配下を拐われて黙っているほど私は優しくはない」
「わかった、案内するよ。でも、大丈夫なんだよね?」
「ああ、問題ない」
穏やかな、抑揚のない声。
両手は震えるほどに強く強く握られている。
「私は怒っているんだ」
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