第20話 魔王様、イライラする

ガリンズの街で迎える朝。

バンズの店の食事は美味しいし、ベットも今までで一番上等な気もする。

隣でまだ寝ているタートは、いつのまにかリルリルを召喚して枕にしつつ寝ている。リルリルは微動だにしないが、寝ているのだろうか?

タートを起こさないように静かに部屋を出る。バンズの酒場は一階が酒場、二階が宿屋という感じになっている。宿泊客は俺とタートの二人だけのようだけど。

一階に降りていくと、朝早いと言うのにもうバンズが忙しそうに働いていた。


「おう、起きてきたか。ゆっくり休めたか?」


「おはようございます。もうぐっすりでした」


「そいつは良かった」


話しながら手も動かしながら忙しなく働くバンズを横目にテーブルに着く。


「おらよ」


頼んでもいないのにバンズが俺の前に何か入った木杯を置いてきた。


「目覚めの一杯だ、うまいぜ」


「ありがとうございます」


木杯に入った液体は、たぶんなにかの果汁。一口飲むと口の中に甘みと、その後に刺激的な酸っぱさが襲ってきた。


「はっはっは、美味しいだろ?目が覚めるってんでうちでは人気なんだ」


「ええ、ほんと目が覚めました」


「だろ?」


何の果汁かもわからないけど、甘みと酸っぱさのコラボレーションが癖になりそうだ。

最後の一口を飲み干す頃には、すっかり目も覚めてきた。目が覚め体が起きてくると自然とお腹が鳴った。


「朝飯か、少し待っててくれよ。後、嬢ちゃんはまだなのか?」


「まだ寝てるので起こしてきます」


「いや、寝てるならゆっくりさせてやりな。飯ならいつでも出せるからな」


言いながら空の木杯を手に取るとバンズは厨房に消えていった。

なんかこう、お金を払うとはいえ上げ膳据え膳は悪くないなと思ってしまう。どうしても野宿だと俺が用意して片付ける役だから。


「ハルト、どこだ?」


目をこすりつつタートがおぼつかない足で階段を降りてくる。リルリルが心配そうに介添しているのを見ると、どっちか主人かわからなくなる感じだ。


「タート、こっちだ。後、リルリルは戻しておいた方がいいよ」


「ああ、そうだな。リルリル、戻っていいぞ」


別れを惜しむように鼻先をタートに擦り付けつつ、リルリルが霧のように消えていく。

まだフラフラとしつつタートは俺の隣の椅子に座る。


「なんだ、嬢ちゃんも起きてきたのか」


「うん、腹が減った」


もう挨拶というか口癖になりつつある言葉を言うと、バンズが笑いながら絵すぐ用意するからなと言って厨房に走っていく。

すぐに朝食を作ってきたバンズは


「今日はどうするんだ?」


「もう少し東の方へ行ってみようと思ってます」


「そうか、準備はしてあるからいつでも出れるぜ」


朝から忙しく働いている理由がわかった。俺とタートの旅に準備をしてくれていたのだ。

バンズに感謝しつつ朝食を食べ終え、少ない荷物をまとめる。

特に何もないが、忘れ物があるといけないから。


「また戻ってくるのか?」


「東へ行った帰りにまた寄らせてもらいます」


「おう、必ず寄れよ。嬢ちゃんも元気でな」


「うん」


短く返事をしたタートは荷物を大量に積んでいるメェ子と共に歩き出す。


「バンズさん、お世話になりました」


「元気でな、無茶はするなよ」


「はい。気をつけます」


バンと背中を叩かれて景気づけだというとバンズは酒場へと入っていった。

タナモ村といい、ガリンズの街といい、お世話になりまくっている状況にできすぎてる感を感じなくもない。

タートの運なのか、俺自身の運なのか、どちらにせよ今後もうまくいくことが間違いない状況なのは嬉しい限りだ。


何事もなくがの街を出て西へ向かう。

今回は当てがないので気をつけなければならない。

一応バンズの話では東へ2日か3日の距離に村があるらしい。食料的にそこで補給しなければならないが、豊かな村だといいのだけど。


「あ!昨日の兄ちゃん!」


ガリンズの街が見えなくなるあたりで聞き覚えのある声に呼びばれた。

声の方を見ると昨日ガリンズで出会ったハーフエルフだった。


「旅に行くの?ねぇ、着いて行ってもいい?」


俺の方を上目遣いで見つつ、ねぇねぇと何度も声をかけてくるハーフエルフ。

昨日は気にかけようかなと思っていたが、少しだけ鬱陶しさとタートが放つ苛立ちに少しだけ同情心が薄くなる。


「着いてくると言っても当てがないし、どこにいくか決まってないけど」


「そうなんだ!どうせいく当てもないし、着いていくのもいいか〜」


「どうするかは勝手にすればいいけど、君の名前は?」


「カリュウって言うんだ。兄ちゃんは?」


「俺はハルト、こっちはタートだ」


「ハルト兄ちゃんにタートだね、よろしく!」


着いてくる気満々はカリュウは、ニコニコとこちらを見ては笑っている。

根は悪くない子なのかもしれない。多少境遇で悪く見えてしまっているだけで。


「カリュウは、男の子なのか?」


「あたしは女だよ!まだそんなにだけどさ」


口を膨らませて怒るカリュウは、自分の胸やお尻を触りつつ、まあ仕方ないけどと呟いている。

ふいに左手を引っ張られた。左手を繋いで歩いているタートが、こちらを睨みつけてきている。最近睨まれていることが多い気がするのは気のせいだろうか。


「ハルト、お前の好きにしていいと言ったが、なぜカリュウは私を様付けで呼ばないんだ」


「タート、様?はは、似合わないよ」


俺が言うより先に軽快にタートの前を後ろ歩きしつつ、カリュウが笑いながら言う。

タートの怒りゲージが一気に上がっていむのを感じる。カリュウがどこまで着いてくるかわからないが、もう火種ができ始めているのは困る。


「カリュウ、イヤじゃなければタートの事は様付けで呼んでくれ」


「えぇ〜、タート様?なんで様付けなの?」


「それは…」


「私が魔王だからだ。ハルトは私が召喚した、このメェ子もな」


「魔王…」


タートの言葉に驚き、転びそうになったカリュウはバク転をして体勢を立て直すと、少し考えてるような顔して首を傾げた。


「あのサート様の子供って事?」


「そうだ」


「ふ〜ん…」


タートを値踏みするように上から下までじっくりと見ているとき、カリュウの顔が一瞬だけ真顔になったのを身逃さなかった。その真顔は、少しだけ寒気がした。値踏みだけではない、何かもっと違う感情が入ってる気がした。


「まあ、タートが魔王だからと言って様をつける必要はないよね。今は魔王じゃなく普通に旅人みたいだし」


その言葉に反論する気も失せたのか、タートは何も言い返さず歩き続けている。


「カリュウ、それくらいにしてくれ」


「は〜い」


口を尖らせながら答えたカリュウは、頭の後ろで手を組み俺たちの前を歩き出した。

なんともつかみどころのないと言うべきなのか、天邪鬼というやつなのか、カリュウがどんな子なのかよくわからない。

このまま着いて来るというのであれば、少なからずタートに気をつけて欲しいところではある。


誰も話さないまま歩き続けて、気づけばあたりは赤く染まりだしていた。

そろそろ野営に準備でもしないといけない。


「ねぇ、そろそろ野営の準備?」


今まで無言のままあるていたカリュウが振り返ると聞いてきた。


「ああ、そろそろ準備しないと」


「じゃあさ、あっちの方にいい場所があるよ。あたしがよく使う寝床なんだ」


「なら、安全か」


左を歩くタートも特に反対に意思を示さないにでカリュウの案内で、彼女が寝床にしているという場所へ向かうことにした。

そうした方が牧の準備だとか楽だろうし。


「ここだよ」


カリュウに案内された場所は、木々に囲まれつつも少し開けた場所。雨が降ってもほどのことがなければ濡れそうにない。


「薪も用意してあるし、すぐに火を起こすよ」


「手際がいいな」


と言ったところで、カリュウの腹の虫が盛大になった。恥ずかしかったのか照れたように頭を描いたカリュウは


「昨日から何も食べてないからさ」


「ハルト、食料を分けてやれ」


空腹の辛さを知っているからなのか嫌々そうではあるがタートが言ってきた。

多分、きっと食料は足りるはずなのでなんとかなるはず。


「食事にするにしても、先に火を起こそう」


「了解!薪は集めてあるから」


木の下に隠してあったと思われる薪を持ってきたカリュウは、丁寧に薪を組み上げ始める。どうやら一人で暮らしていたのは間違いなさそうな、そんな焚き火の準備だ。


「兄ちゃん、すぐに火を起こせる?」


「火打ち石があるからすぐに着けられるよ」


「じゃあ、お願いしようかな、あたし、火をつけるの苦手だから」


へへっと笑いながら頭を描くカリュウ。もしかすると照れた時や恥ずかしい時の癖なのかもしれない。

手頃な乾いた草に火打ち石で種火を作る。多くても10回叩けば火は着くはず。

カチカチと火打ち石を叩き、四度目でいい感じに火花が散ったのか、乾いた草に小さく煙をあげ始める。


「さすが兄ちゃん、すごいね!」


褒めながら素早く火種を回収すると、息を吹きかけ火を大きくしていくカリュウ。時々むせつつ、煙の中から赤い火が見え始めた頃に焚き火へと移す。ここあたりの手際の良さは流石というところ。


「これで焚き火は大丈夫かな」


「そうだな、食事の準備でも始めるよ」


と言っても、バンズがほぼほぼ出来合いというか、軽く温めれば食べれるようなものばかり用意してくれたようなので調理の手間はほとんどない。

あるとすれば、温めるくらい。


「これ美味しいよ!」


温めた燻製肉を先ずはタート、次にカリュウに渡すと、彼女は何度も美味しい美味しいと言いながら一口一口噛み締めるように食べている。

うちの大食漢はそんな事なしに両手に燻製肉を持って黙々と食べている。

タートが2本食べ終える間にようやく一本食べ終えたカリュウ。


「まだ食べるか?」


「ありがとう、でも、もうお腹いっぱい」


俺が提案した時タートの眉がピクッと動いたのを見逃さなかった。自分の食い扶持が減るのを心配したのか、まあ、そうなんだろうけど。


「あたしはタートみたいに食べれないよ」


「ふん、情けないな」


何を争っているのかモグモグと食べながら言うタート。

笑いながら何も反論しなかったカリュウは小さく欠伸をすると、


「あたし眠くなってきた」


そう言うと、焚き火の前で横になり、すぐに小さな寝息が聞こえてきた。

満腹になり今までの疲れがドッと出たのかもしれない。


「ハルト、気を許すなよ」


いつの間にか燻製肉をを食べ終えてメェ子に寄りかかり寝る体制に入っているタートが言った。あまり説得力も威厳もない姿だが、助言はきちんと聞いておくに限る。


「良い子だとは思うけど、まだよくわからないから気をつけてはおくよ」


「ハルトの同情が悪い方に出なければ良いが…」


言いながら、タートの目蓋は下がり、カリュウと同じように寝息を立て始める。

満腹になり寝てしまったタートとカリュウを見つつ、俺もそろそろ寝ようかと大目に薪をくべてから横になった。





体を揺さぶられた。

目を覚ますとカリュウが申し訳なさそうな顔でこちらを覗き込んでいた。


「兄ちゃん、ごめん。少し話があるんだけど…」


「なんだ?」


「ここじゃ…」


チラッと寝ているタートを見たカリュウは、少し離れたところで、と言いてを引っ張り強引に起こされるとそのまま歩き出す。


「タートに聞かれて困る事なら俺は何もできないけど」


「いいからいいから」


どんどん野営地から遠ざかっていく。

どこまでいくんだと聞こうとしたところで森を抜けたのか視界が開けた。

開けた先にいたのは、大柄の男たち。何人いるかはわからない。


「カリュウ?」


「兄ちゃん、ごめん」


カリュウが謝ったと同時に頭に強い衝撃を受けた。

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