第19話 魔王様、バンズの酒場で満足する

「ここが俺の酒場だ」


ガリンズの街の酒場の主人、バンズはそう言うと中に入れと案内してくれた。

バッズの酒場は夕方どきだからだろうか、テーブルがほぼ埋まっていた。


「席は…こっちが空いてるな」


店の奥の方のテーブルを指さしつつバンズが言うと


「今から飯作ってくるから待っててくれ」


と常連に挨拶をしながら厨房に消えていった。


「ハルト、腹が減ったがすぐ出るのか?」


椅子に座り辺りを見回しつつソワソワとした感じでタートが言ってきた。

あたりのテーブルから流れてくる匂いに我慢できなくなってきているようだ。


「バンズさんがすぐに作ってくれると思うけど」


「そうか」


口元を伝う涎を拭きつつ、ソワソワし続けているタート。

タナモ村では客自体が少なかったから匂いに、と言うことはなかったが、バンズの酒場では色々な料理の匂いが充満している。


「はっはっは、嬢ちゃん、待ちくたびれたかい」


両手に大皿を持ったバンズがタートを見て笑いつつ歩いてくる。


「早くよこせ!」


バンズがテーブルに置くのと同時にタートが大皿から料理を手掴みで食べ始める。

定番料理なのか、何かのスパイスをつけて焼いた鳥の骨つき胸肉という感じだろうか。


「いい食べっぷりだな、どんどんもってくるからな」


豪快に笑いながらさっていくバンズ。

向かいでは一心不乱に肉を貪り食べるタートの姿。

今回は財布と相談しなくていいが、いつもこんな食べっぷりではいつか破産しそうな気がする。

俺的には食事よりハーフエルフについて色々聞きたいなと思ってはいるけど、聞けそうな雰囲気な人もいない。バンズも忙しそうに料理を作っては運ぶと言うのを繰り返しているので俺のテーブルばかりにかまっている余裕はなさそうだ。


「珍しいな、子供で二人旅か?」


いきなり初老の男がビールらしき黄金色の酒の入った木杯を持って隣に座ってきた。


「ええ、まあ、そうなんでしょうか」


「それはそうだろ、こんなご時世子供が旅をするなんてできたもんじゃない」


話すたびにビールを口に運ぶ初老の男はトースと名乗ってきた。


「で?お前達はどこにいくんだ?」


「どこと言うのは決めてないです。当てのないと言うと感じです」


「ますます面白いな、どこか当てがあるならわかるが、何もなしにっていうのは」


「あえて理由をつけると、見聞というのが正しいのかもしれません」


「ほぉ、見聞か、ならわからんでもない」


グビグビとビールを飲み干したトースは、大皿に盛られた鳥のスパイス焼きを手に取ろうとしてタートに手をはたき落とされていた。


「なかなか厳しいお嬢ちゃんだな」


「食に関しては…」


「見聞といえば、ここから東に行くつもりはあるのか?」


「ここから東だと、確かエルフが住む森があるとか」


「ああ、そうだ。そっちはあまりお勧めできないからな」


「エルフやハーフエルフには興味があるのですが」


「エルフはまだしも、ハーフエルフだぁ?」


眉間に皺を寄せ声を大きしたトースは、近くを通ったウェイトレスらしき女性にビールを注文しつつ、渋い顔でこちらを見てきた。


「ハーフエルフに関わるのだけはやめておきな。間違いなく良いことはないからな」


「そんなに何か悪いことをしているんですか?」


「悪いことねぇ、悪いことしかしてないが正解だな」


「おい、酔っ払い、俺の客に変なこと言ってんじゃねぇぞ」


ウェイトレスの代わりにビールと追加の食べ物を持ってきたバンズがトースを睨みつつ言う。


「何も悪いことを吹きこんでるんじゃない、聞かれたから答えてるまでだ」


「そうかい、ハルト、話半分で聞いておけよ」


忙しそうに厨房に戻っていったバンズを見送り、トースがまたも料理に手を出そうとしてタートに手を叩かれている。


「ハーフエルフはなぁ、悲しい出生といえばそうなのかもしれないけどな」


「エルフと人の子供ですよね?」


「そうなんだがな、大体が愛し合ってじゃなく攫われてきてなんだ」


「人がですか?」


「違う、エルフがだ。エルフは大体美形だ。だから、好き者にとっては魅力があるみたいだ。だから、人攫いに金出してまで攫わせる奴らもいる」


「そんなことを…」


「だがな、そう言う奴らはすぐ目移りするんだ。新しいエルフを見ればそっちに手を出す。今いるエルフは用済みで、また違うのに売られていく。そのうちにどんどん落ちて行って、最後には場末の身売り屋よ。で、そこで子供が生まれれば喜ばれるかって言ったらなぁ」


「飯がまずくなる話だな」


口いっぱいに鶏肉を詰め込みつつ、不快そうにタートがトースを睨みつける。


「たしかに、飯時にする話じゃないな」


「後少しだけ」


「そうかい」


不快そうなタートから逃げるように椅子をこちらに寄せて声を潜めてトースが続ける。


「身売り屋にいるエルフが子供を養えるはずもないし、身売り屋が子供を育てることもない。となると、行き先のないハーフエルフの子供は路頭に迷う。結果、悪い道に進むしかなくなるわけだ」


「ということは、ハーフエルフはほとんどが捨てられたと言うことですか?」


「まあ、そう言うことになるな。だが、そうなると同情もされそうだが、ハーフエルフのほとんどが悪事を働くから同情よりも嫌悪の方が勝っちまってるんだ」


「そんなに悪さばかりするんですか?」


「ほとんどが人の悪さの手伝いさ。使いっ走りや使い捨てにされたりもする。だからこそ、捕まって嫌悪の対象になっちまうんだな」


「それが分かっていてもですか?」


「そりゃそうだ、ハーフエルフの男親はほとんどが金持ちや貴族だ。それでなくても嫌われてるのに、そんなののご烙印に悪さをされたら誰だって腹が立つし、嫌いになるさ」


「でも、エルフ側はどうなんですか?攫われたのは本人のせいではないのですよね?」


「そりゃ、エルフは助けられたり保護されたりはするだろうよ。だがな、ハーフエルフはダメだ。なんたって好きで産んだ子供じゃないからな。親からも人からもエルフからも忌み嫌われる存在、それがハーフエルフさ」


「そんな…」


「ショックを受けるかもしれないが、南や東の亞人どもに比べればまだマシよ。あっちはもっとひどいらしいからな」


「亞人、確かリザードマンやゴブリンが住んでるとか」


「そうよ、が、おれはここまでだ。そろそろ帰らねぇとかみさんに起こられる」


トースはそう言うと、最後とばかりに皿から鶏肉を奪うと颯爽と立ち去っていった。

その後ろ姿を睨みつけつつ肉を食べ続けるタート。というか、まだ食べてたんだ。

トースから聞いたハーフエルフの境遇は、同情するなと言う方が可哀想な境遇だ。が、俺は何かできるかといえば、何もできないだろう。俺自身タートに助けられて生きてこられている。タートの保護がなければ野垂れ死か、ハーフエルフと同じ境遇に落ちているだろう。


「ハルト、考えすぎるな。ハーフエルフはハーフエルフで生きている。同じように苦しくても生きてる人は多くいる」


いつに開く神妙な顔で言いながら、口の周りについたソースを手の甲で拭き、その手の甲を舐めながら言うから威厳とかそんなものは感じない。


「同情してるといえばそうだし、けど、何かできるかと言ったら何もできない。全てを助けるなんて綺麗事だってのも分かってるけど、今日会った子のことは忘れられないんだ」


「そうか、私はなんともおもわない。が、ハルトがそうしたいならすれば良い。私はハルトがしたいことを助ける。それは主人としての仕事だからな」


「ありがとう、ご主人様が頼もしいと助かるよ」


タートは嬉しそうに笑うと一つあくびをした。


「ハルト、眠くなってきた」


テーブルの上に散乱した鳥の骨、皿も当然空になっている。

これだけ食べれば眠くなるのも当然だろう。


「バンズさんに部屋に案内してもらうように頼んでくるよ」


「うむ、頼むぞ」


のけぞりながら言ったタートは、少し嬉しそうだった。

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