第17話 魔王様、新しい召喚獣を従える

タナモ村をでて2日目の夜。

酒場の主人に用意してもらった保存食はタートが順調に消化し残り2日か3日程度となっている。

今も向かいで炙った燻製肉を食べているタートに食料に話をすべきか迷うところだ。


「ハルト、食べないのか?」


話しながらも食べることをやめないタートにどう返事をしていいか迷う。

無理に節制させていざと言うとき戦えないでは命の危険がある。かと言って、食糧不足も問題だ。明日にはガリンズが見えてくるはずだから、食料が問題ないといえばないが…そうだ、あと1日で着くのだから気にせず行こう。


「いや、少し考えーーー」


俺が言いかけたところでどこからか悲鳴が聞こえてきた。

燻製肉片手に立ち上がったタート、その傍ではメェ子も立ち上がり今にも走り出しそうな気配だ。

火の始末と思ったが、荷物も置きっぱなしになるし後で始末しに来ようと決めた。


「タート、いこう!」


「わかった」


返事をすると共に走り出すタートは、走りながらも燻製肉を食べている。

隣を走るメェ子が速度を上げタートの前に出た。主人を守るべく盾というか、先陣を切っているのかもしれない。

悲鳴が聞こえた方に近づくにつれ、霧が出始めた。

こちらにきてから一度も見たことのない霧に不思議に思っている間に、タートとメェ子が見えなくなりかけていた。

離れ離れになるにはまずいと全力で走り出したところで、霧の向こうで立ち止まったタートがいてぶつかりそうになった。


「どうしたんだ?」


「おかしい、変な気配がする」


「変な気配?」


俺にはよくわからないが、ただ疑問には思う。

悲鳴が聞こえたはずなのに一度きりで次がない。賊か何かに襲われたのなら何かしらの声が聞こえてもいいはずなのにそれも聞こえない。


「とにかく進んでみよう」


「そうだな」


メェ子を先頭に、あたりを探りながらゆっくりと進む。

霧は濃さを増し、前を歩くメェ子が見えなくなりかけるくらい。


「おかしいな、なんで誰もいないんだ?」


「わからん、だが、変な気配はしてる」


「変な気配ってなんなんだ?」


「懐かしいようで、知らない気配。人ではないなにかがいるかもしれない」


まさかお化けじゃないよな、と思いつつ出来る限りタートに近いて進む。

ようやく霧が徐々に晴れてきた。

霧の晴れた向こうにいたのは、行商人らしき親子連れ。悲鳴が一度きりだったのは、霧が出て驚いただけ?そんなはずはないと思うが。


「あの、大丈夫ですか?」


声をかけるとビクッとした親子は、ゆっくりと振り返った。初老の夫婦に若い女性、三人が抱き合いながら震えていたところを見ると、何かしらに襲われたのだろう。


「怪しい物じゃないと言っても真してもらえないと思いますが、悲鳴が聞こえたので」


「あなたたちは?」


「旅をしている者です、近くで野宿をしようとしていて悲鳴が聞こえたんです」


かなり疑われてる感じがしたので、丁寧に受け答えしたがどうだろうか?

親子三人顔を合わせ、父親と思われる男性が立ち上がった。


「そうだったのですか、ありがとうございます。私たちは何か襲われたようで。馬が一頭殺されてしまいました」


男性が説明するには、そのときに悲鳴を上げたという。

が、なぜ馬一頭だけ?普通なら人を狙うはずだから賊の線はない。ということは野生動物、タートがなんとかできるにだろうか?


「タート、敵は野生動物みたいだ」


「違う、もっと厄介なものかもしれない」


俺が男性と話してる間も戦闘態勢を解いていなかったタートは、周囲を警戒してキョロキョロとしている。


「そうなーーーー」


そこまで言いかけて、俺に向かって青白い物体が飛んできた。

今日はよく話している最中に遮られるなと冷静に思いつつ、死んだな…と覚悟を決めた。

その瞬間、俺の顔のスレスレをタートに杖が通過し青白い物体を捉えた。俺の目の前で青白い物体は弾けると霧に溶け込むように消えていった。


「い、今のは?」


「あれが正体だ。行くぞ!」


言い終えるより早くタートは走り出した。

慌てて追いかけるがあの親子は?


「タート、いいのか?」


「問題ない、気にするな」


タートはそう言うが、あの親子がまた襲われないと限らない。

気になるのは、タートが一切あの親子に触れなかったこと。何かあるのかもしれない。


「止まれ!」


声と共にいきなりタートが立ち止まった。周囲を見回していた顔が、右前方あたりで止まる。

すっと杖の先で視線の先を刺したタート。


「出てこい」


杖の指し示しながら言うと少しずつ霧が晴れてき、そこには青白い毛並みをした狼のような姿をした生物がいた。

その生物は、敵意がないのか地面に座りじっとタートを見ている。


「かなり弱っているな」


杖を下ろしたタートは、ゆkつくりと狼らしきものに近づく。

警戒すべきもう一匹、メェ子はもう危機がないと言わんばかりに地面に生えた草を食べている。


「なんでこんなところにいる?」


狼らしき物を見下ろしつつ言ったタート。

狼らしきものから返事はない。


「そうか、なぜあんなものに執着する?」「それを取り返せばいいんだな」「わかった、お前が望むなら私が使ってやる」


狼らしきものと会話しているように間隔を空けつつ話していたタートは、狼らしき藻に近づいていくと手をかざした。その手に狼らしき物が額を当てると目を開けてられないくらいに光が!


ゆっくりと目を開けると、霧が晴れ、空には満月が浮かんでいた。


「タート、なにが?」


「あれはフェンリルだ。母上の眷属だった」


「眷属?そんなのがなんでこんなところに?」


「眷属と言っても、母上が呼び出した物じゃない。母上の力で何かが呼ばれた、それがさっきのフェンリルだ」


フェンリル、ゲームか何かで見たことはあったがあんな姿をしていたとは…完全に青白い狼だった…そういえば、フェンリルは狼だったか。


「ハルト、さっきの場所に戻るぞ」


「戻るったって」


どうやってと言おうとしたところで、ついてこいと言わんばかりの顔でこちらを見てから歩き出すメェ子。

まあ、一応動物だから鼻が効くのかもしれない。


「そういえば、さっきのフェンリルはなんでこんなところにいたんだ」


「リルリルもここに囚われていたんだ」


「リルリル?」


「リルリルはリルリルだ、もう私の物になったからな」


タートが言うリルリルとはさっき取り込んだフェンリルにことだとようやく気づいた。相変わらずのネーミングセンスで何を言っているのか全くわからなかった。


「待ってくれ、リルリルもってことは、あの親子も?」


「そう言うことだと思う」


そう言いタートは黙り込んだ。

リルリルのことであまり良くないことでもあるのか?と思いつつ歩いていくと、また霧が出てきた。

霧を出していたのはリルリルなのだから晴れると思ったらそういうものではないようだ。


霧の中心付近では、あの親子がまた抱き合いつつ震えていた。


「ハルト、なにか牙とかそう言う物を持ってないか聞いてくれ」


「牙とか?」


自分で聞けばいいのにと思いつつ、震える親子たちを見る。


「あの、すみません。なにか、牙とかそう言うのって持ってますか?」


俺の問いかけに、三人は一度こちらを見てから、お互いを見合ってから、娘が首から下げていたネックレスを取り出した。そのネックレスには、小さな牙と大きな牙が組み合わさった、少し禍々しい作りになっていた。


「これのことでしょうか?」


娘が差し出してきた牙のネックレスと受け取りつつ、よくこんな物を首に巻いていたなと思ってしまった。


「ハルト、それをよこせ」


なんで自分でやらないんだと少し不満に思いつつ、ネックレスをタートに渡す。と、受け取った手のままキバのネックレスを空に差し出すよう高く掲げた。すると、牙のネックレスが青白い炎に包まれたかと思うとパッと光り輝き消えていった。


「え?なんだったんだ?」


俺がそう言った瞬間、立ち込めていたきりは一瞬にして消え去り、親子姿を消していた。


「ようやく解放されたんだな」


ボソッと言ったタートは、前方を指さした。

そこには折り重なるようにして白骨化した骨が、三人分。


「あの親子は…もう亡くなっていた?」


「リルリルは、自分の眷属で作られた牙のネックレスを取り返そうとしていた。だが、この親子はなにか魔除けの物を持っていたようでリルリルは近づけなかったそうだ。それで、リルリルも親子も霧の檻に囚われてしまっていたんだ」


珍しく長々と説明したタート。


「もしかして、タートには親子は見えていなかったとか?」


「ああ、私には骨しか見えなかった。ハルトがいなければ私も囚われていたと思う」


「そうだったのか…」


紙一重というかなんと言うか。かなり危険な橋を渡ったのだと理解してくると、冷や汗が出てきた。

なんにせよ、危機は回避したし、タートはフェンリルのリルリルを新しく召喚獣としたようだし、この霧の檻から親子も救い出せた。

後は、あの親子を埋葬してあげないと。


「タートは先に戻ってくれ。俺はあの親子を埋葬しようと思う」


「なんでそんなことを?」


「死後とはいえ、多少関わってしまったし、それにこの親子がいなかったらリルリルにも会えなかっただろ?」


「それもそうだな」


俺の言葉にうんとなった得して返事をしたタートは、メェ子を呼ぶ。

メェ子はタートの指示を理解したのか一鳴きすると、後ろ足で親子の骨へと土をかけていく。さながら、犬が穴を掘るような感じで。

掘るよりは楽だなと思っている間に、親子三人を覆うくらいの山が出来上がっていた。


「これでいいか?」


「十分だ、これでゆっくり休めるだろう」


「それはそうと、ハルト、腹が減った」


動いたからなのか、リルリルのせいなのか、食料の備蓄は後1日持つのだろうか…

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