第13話 魔王様、肉を欲する
「まだ肉は来ないのか?」
片手に骨つきのモモ肉を持ちながらタートが効いてきた。
酒場兼宿屋に入ってから1時間くらい経っただろうか?その間、注文しては食べ注文しては食べを繰り返している。
「嬢ちゃん、待たせたな」
酒場の主人が皿をテーブルに置くと、タートは主人の方を見ずに肉へ手を伸ばす。
多分鶏か何かの丸焼きだったのだろう。今は無惨に片足を引き千切られた姿となっている。スパイシーな香りがするソースがかかっているがタートは美味しく食べてるのだろうか?
「まだ食べれそうかい?」
「食べれる」
相変わらず肉から目を逸らさず答えたタートを見て主人は苦笑している。
「あの!宿代と合わせて今いくらくらいですか?」
タートの食べた量は常人の五倍以上。手持ちが足りないと流石にまずい。
「あぁ〜、そうだな。宿代と合わせて…まあ、銅貨八十枚くらいかな」
主人が両手を使いながら弾き出した数字は予想を遥かに上回っていた。
「あ、今注文した分入れてねぇから、もう4、5枚増えるな〜」
能天気に主人は言うと、もう一匹絞めてくるわといい奥へと消えていった。
「ハルトは食べないのか?」
目の前にあった丸焼きはすでに両足を失っていた。
「俺はお腹いっぱいだよ…」
「そうか、ならいいんだが」
本当に気にしていたのか疑問に思う速度で丸焼きがなくなっていく。丸焼きがお金に見える俺には食べる気すら起きないが…
本格的にやばい。
タートの食欲がこのままでは確実に破産する。もしかしたら、明日の朝にはそうなるかもしれない。
どうしようかと頭を下げて抱えていたら、何やら深刻そうな顔をした村人たちが酒場に入ってきた。
定位置なのか、店の奥、右側にカウンター席があるのだが、そこらから一番近いテーブル席に着いた。
聞こえてくるのは、生きていけない、だが命には変えられない、国に頼むしか、と言った内容だ。
もしかすると、おあつらえ向きな内容かもしれない。
「へい、お待ち。絞めたて焼きたて美味しいぞ」
「うむ」
言うより早く、テーブルに置かれた瞬間にまた足を失う鳥の丸焼き。これはもう奥の村人たちの話に希望を託すしかない。
「すみません、何か困りごとでもあるんですか?」
奥の村人たちを見つつ言うと、主人もちらっと村人たちを見て頭をかき始めた。
「困ってるといえば困ってるが、にいちゃんたちに話してもなぁ〜」
「教えていただくだけでも」
「まあ、話くらいならいいか…」
俺たちのテーブルの椅子に腰を下ろすと主人は話し始めた。
野盗が村の近くにアジトを作った事。
近場の村に貢物を要求してる事。
国が何もしてくれない事。
国がダメならなんとか自分たちでと思ったが、若いのは戦争に駆り出されてて無理だと言う事。
「このままいけば、俺たちは飢え死にだ。だが、野盗たちと戦おうにも俺たちじゃ犬死だ。待っても戦ってもダメ、どうにもならん」
ため息まじりに説明してくれた主人は、久しぶりに美味しく飯を食うのを見て元気が出たと、弱々しく笑った。
「力になれると言ったら」
「にいちゃん達がか?」
「ええ!俺はダメですが、彼女は強いんです」
目を細め俺とタートを交互に見てから、大きく息を吐いた。
「藁にもすがるってやつなのかもな。わかった、村長に紹介しよう」
主人はこっちに来いと顎で指示してくると、先ほど入ってきた集団の方へと歩いていく。
「村長、この子が野盗退治をしてもいいと」
深刻な顔で話し合っていた四人が一斉にこちらを向き俺を見ると、皆眉間にシワを寄せた。
「冗談を言っているのか?」
「俺が冗談が好きな男だったか?」
「いや、違ったな。だが、冗談でなければ君の味方を変えねばならんかもしれない」
「俺も半信半疑だ。が、なにかを頼るか使わなきゃ生き残れん」
初老の口髭を生やした村長と主人の話は止まり、両者見合ってる形になった。これは、受け入れられたのか、それとも目と目で通じ合っているのか。
「わかった、君がそこまで言うなら私も信じよう」
「すまない、村長」
「で、君の名は?」
「俺はハルト、彼女はタートと言います」
「ハルト君、君はなにか考えがあるのかな?」
「はい、明日に野盗を油断させて、明後日の早朝にアジトを襲撃します」
襲撃という言葉を聞いて、村長含め他の3人も一様に声を上げてきた。
「ハルト君、我々は年寄りや子供ばかりで戦えんぞ。わかっているのか?」
「襲撃は俺とタートの二人でやります。油断させるのは、色々と手伝っていだきますが」
「その手伝いとは?」
「それは…」
一夜明け、俺は荷物を運ぶ村人と共に野盗のアジトを目指している。
俺が立てた野盗殲滅作戦は、村から野盗に貢物を差し出し油断させるというもの。当然貢物には酒も混ぜてもらった。酒場の主人がなけなしの酒だと言いながら三樽も積み込んでる時は漢気を感じた。
徐々にアジトに近づくにつれて、中の様子がわかってきた。
アジトは多分古い砦か何か。手入れされてないのかツタで覆われている。一応防備目的なのだろう、木の柵らしきものや、切り株の根などが周囲に置かれている。
「おい、なんのようだ?」
頭上から声が聞こえたので見上げると、門の上に見張りが立っていた。やはり、ある程度の警戒はしているのだなと感心した。
「村の者です、少し早いですが、貢物をお持ちしました」
「確かに早いな、まあいい」
見張が姿を消すと、程なく門が開いた。また村人たちと荷車を押し始める。
中はゴミなどが散らかり放題。片付けという概念がないのかもしれない。
振り返り門を見ると、結構な太さのかんぬきが立てかけられている。あのかんぬきで閉められたら破る事は難しそうだ。か、すぐ隣に潜戸があった。あの程度なら破る事ができそうだ、メェ子なら。
「おう、いつもより早いな」
声がした方を見ると、顔中ひげで覆われたおとこが。多分野盗のリーダー格なのだと思うが、野盗というより山賊の方が似合ってそうな気がする。
「いつもは遅くお叱りを受けておりますので今回はと思いまして」
平身低頭で揉み手で言う村長。
抗えない苦しさが頰の筋肉の強張りから見て取れる。
「そうかそうか、今後もきちんと届けろよ」
リーダーがそう言いつつバンバンと村長の肩を叩く。手加減などしてなさそうなので、村長が地面に埋もれないか心配になってくる。
「おい、今日は宴会だ。女も連れてこい!」
男たちの歓声に紛れて、かすかに女性の悲鳴も聞こえた。違う村から拐われたのか、もしくは…
ぞろぞろと出てくる野盗達、10人、20人、もう少しいそうだ。
「お前らもう帰っていいぞ」
「それでは失礼します」
最後まで平身低頭を貫き通した村長か振り返ると、怒りのあまり顔面を紅潮させていた。
「間違いなく倒せるのだろうな?」
アジトから離れると村長は震える声で聞いてきた。
「ええ、問題なく。侵入ルートも、人数も想定内です」
「ならいい、今日渡した物は我が村の一月分の食糧だ。失敗してもらっては困るからな」
「わかってます。明日の昼前にまたアジト前で」
「君たちが野盗共の仲間でないことを祈っている」
村長以外の村人たちも疑いの目でこちらを見ながら村へと帰っていく。
信用と簡単に言えた元の世界が懐かしい。
空を見上げると赤く染まり始めていた。
早くタートと合流しないと。
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