第12話 魔王様、旅立つ

一夜明け、朝からおばあちゃんが忙しく準備をしている。マイアも手伝っているのかあっちへこっちへと走り回っている。

そういえば、マイアの服が普通と言っていいのかわからないが、こちら風の服を着ている。多分綿製のシャツにスカート、どちらも素材を生かした乳白色をしている。


「ハルト君、起きたのね。少し待っててね」


おばあちゃんが言ってくるが、何を待てばいいのかわからない。考えればと思うが、起きたてで頭がまだ動いていない。


「どうぞ」


頭が働いていない俺を気遣ってくれたのか、マイアがお茶を持ってきてくれた。


「ありがとう」


感謝の言葉とともに起き上がり、マイアからお茶を受け取ろうとしたところで手が止まる。

お茶を持ってきたマイアは、俺を恨んでいるのか今まで見たことのないような目で睨みつけてきていた。


「マイア、私も欲しい」


「はい、タート様!すぐにお持ちします!」


俺に向けたのとは正反対な明るい声で答えたマイアは、俺にお茶を押し付けるように渡すとスキップでもしそうなほど軽やかな足取りでタートの元に向かった。

恨まれるような事をした記憶はないが、多分旅に連れて行ってもらえない事だろう。ただ、勘違いしてほしくないのは、決めたのはタートであって俺ではない。


「タート様、お茶でございます」


「すまない」


「あ、あの、お髪が…」


「ん?気にするな」


お茶を渡したマイアが寝癖のついたタートの髪に手を伸ばしたがかわすようにベットから降り、お茶を飲みながらこちらに歩いてくる。


「こんなものどうということはない」


俺の隣に座り、お茶を飲みながら空いている左手で頭をガシガシとかいた。女の子としてどうなんだろう?とマイアの方に見ると、今度は今にも人を殺しそうな目で睨んできていた。殺す相手は確実に俺だ…


「マイアちゃん、手伝ってくれるかい」


「は…はい!」


一瞬悲しそうな目をタートに向けたマイアは、俺を睨みつけながら舌打ちをするとおばあちゃんの元へ向かった。

逆恨みもいいところなのだが、何を言っても聞いてくれないし理解してくれないだろう…


「ハルト、次はどこあたりに行くんだ?」


「次はもう少し西に行ってみようと思うんだけど」


「西か、人が多いところは苦手だな」


おばあちゃんの家から西に向かうと連邦の首都ジュリマスがある。一度眺めておきたいなと思ったが、どうやらタートは近づきたくないようだ。


「首都は避けるよ」


「ならいいが」


お茶を飲み干し立ち上がったタートは、そのままテーブルについた。間髪入れずにマイアがここから見てもわかるほどの具沢山なスープを給仕した。


「ハルト君もどうぞ」 


「ありがとうございます」


俺もお茶を飲み干しテーブルにつく。

向かいではガツガツという効果音がする勢いで食べるタートが。


「少しだけ保存が効く食べ物を用意したわ。多くなくて申し訳ないけど」


「いえ、いただけるだけ助かります」


「いいのよ、お代はいただいてるようなものだから」


そう、あの後襲撃者から奪ったお金のうち、金貨と銀貨は全ておばあちゃんに渡した。俺たちの旅で銀貨以上を使うと怪しまれるからという理由で。


「じゃあ、気にせずいただきます」


「そうしてちょうだい」


「西に向かおうと思うのですが、途中に村か街はありますか?」


「そうね、ここから2日ほどのところにそれなりの村があった気がしたわ。あまり行かないから名前は忘れてしまったけど」


ここから2日の村なら、1日で行けるメルクの街に行く方がいいのは間違いない。

まずは、その村で情報収集をしようと決めた。


「わかりました。まずはそこに行ってみます」


「その村に行くくらいの食べ物はあると思うから、足りなくなったら買うといいわ」


おばあちゃんが用意してくれた2つのカゴには保存食や野菜、山で採れたものが大量に入っている。途中でタートが川魚を獲ってくれれば当分は食べていけそうだ。


すでにスープを飲み終えたタートが大きく伸びをするして、


「ハルト、行くか」


と声をかけてきた。

残りのスープを飲み干し、俺も立ち上がる。

タートが外にいたメェ子を呼ぶ。


「メェ〜〜〜〜」


朝一の鳴き声を上げたメェ子は、タートではなく俺の元に来て早く荷物を積めとせかしてくる。

マイアにも恨まれ、メェ子には下っ端扱いされて、タートの関係者で俺に優しいのはスラ美だけではないと思う。一番最初に倒してしまったけど。


メェ子に荷物を積み終え、出発の準備は完了。

問題は泣きじゃくるマイアだけ。


「タート様…タートさまぁ…どうか…どうかご無事で…」


困った顔のおばあちゃんと特に気にしていなさそうなタート。だからこそ、より一層悲壮感が漂っている気もする…


「ハルト、準備はできたのか?」


「出来てるよ」


「ならいくか、隣の村とやらに」


タートはマイアに掴まれていた手を振り解き、


「ばば、マイア、元気でな」


とだけ言い街道への道を歩き出す。


「お世話になりました」


俺も頭を下げタートに続く。


「タートちゃんもハルト君も元気でね」


「タート様、どうかお元気で!」


釈然としない見送りに手をふり返すが、おばあちゃんだけは手を振ってくれたが、マイアは多分じっとタートだけを見ているのだろう。

性格的にタートが別れを惜しむことはないのでマイアも思いに応えることはないのだが。


    ◆◆◆


おばあちゃんの家を出て2日目の昼過ぎ。

丘を越えた先にあったのは、一面に広がる金色の世界。多分小麦なのだろう。まだ夏になる前な気候で収穫間近という事は、ここ辺りが比較的温暖なのかもしれない。


「もう少しで村かもな」


「そうか、よかった。私は腹が減った」


今最大の危機なのがタートの空腹。今まではそんなに食べなかったのにおばあちゃんの家を出てから大食いになったのだ。余裕で2日以上持つ食料を1日で食い尽くし、今日は朝から川魚を軽く二十匹は食べた。

本人もとにかく腹が減るとしか言わないので原因は不明だが、餓死する前に村に着けてよかった。


「あんたたち、旅人かい?」


農作業中と思われる麦わら帽子を被ったおじさんに麦畑の中から話しかけられた。


「はい、そうなんです。食事と泊まるところがあればと思っているのですが」


「なら、村の中央に酒場がある。飯も食えるし泊まれるぞ」


「ありがとうございます。行ってみます」


俺が頭を下げるとおじさんはきにするなと手を振り農作業に戻っていった。

よくよく見てみると、そこら中に農作業中と思われる村人たちの姿がある。


「こういう賑やかさは嫌いじゃない」


一面に広がる小麦畑、そこで働く村人を見つつタートが言った。

人里離れたところで暮らしていたから、街のような喧騒は嫌いなのかもしれない。

おじさんに会ってから1時間ほど歩いたくらいで、ようやく村の入り口が見えてきた。門番は立っていないが、村の周囲には木製の柵が張り巡らされていて、少し物々しさを感じる。


「ハルト、飯はまだか?」


珍しく力のない声で言ってきたタート。

よほど腹が減っているのだろう。メェ子まで心配そうに見ている。


「もう着いたから安心してくれ」


村で一番でかい建物にようやく着いた。

西部劇に出てきそうな両開きの扉を押して中へと入った。

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