第11話 魔王様、おばあちゃんに謝る
襲撃者から奪った財布の重みを確認しながらどうすべきか悩む。ちらっと見ただけだが、銅貨以外に銀貨、金貨も入っている。貨幣価値がわからないが、銅貨一枚程度で1日を過ごせつと考えると、銀貨一枚で銅貨何枚分なのか、金貨に至っては想像もつかない。
「ハルト…」
「どうした?」
少し不安そうな声で読んできたタートを見ると、彼女は自分の左手を見ながら、
「わたしはどうしたのだろうか?」
「何か体に不調か?大丈夫か?」
「体調が悪いわけじゃない。好調なくらいだ。今まで感じたことのない力が湧いてきてもいる」
「力が湧くか、なにかそういう月というかタイミングみたいな感じなのか?」
「違う、今までそんなことはなかった。ハルトに会ってから、何か変化してきてるんだ」
「俺と会ってから?たとえばどんな?」
「スラ美が最初だ。スラ美は私のそばにいてくれるだけで何も出来なかった。ハルトに触られた時も最初はすぐやられたのに」
そう言えば、確かにスラ美は脆かった。が、最初のレベルアップ音の後にはある程度の耐久力を持っていた。
今タートにおきている変化はやはりレベルアップ音が影響しているのか?
「それに街で戦ったが、今まで私は人に勝った事がなかった。いつも逃げるか、なんとか杖で追い払うかが限界だった」
「は?街では杖で蹴散らしていたじゃないか?」
「あんなことは初めてだ…私自身驚いている」
「変化と言えば、メェ子はどうなんだ?」
「メェ子も昨日初めて召喚した。今まではスラ美しか召喚できなかった」
昨日メェ子召喚時に多少動揺はしていたのかもしれない。性格上、そこまで驚くこともできなくて、今の話につながったのだろう。
「タート自身の力も最近のことなのか?」
「そうだ、ハルトに会ってから徐々に増してきてる気がする」
俺にあったというよりレベルアップ音のおかげというべきかもしれないが、あの音がなんでなってるかがわからない。今日の襲撃者との戦いでは聞こえなかった。ということは、俺が何かしている可能性は低いのではないか?
「今日戦っている時、何か音はしなかったか?」
「音?どんなだ?」
「その…こう…甲高い音というか、戦ってる場にそぐわない音というか…」
あの音をどう説明すべきか…俺が説明に困っているとタートが小首を傾げている。
「ハルトが言いたい音がどんなかわからないが、多分聞こえなかったと思う」
「そうか…じゃあ、今まではどうだ?街で戦った時とか」
「たぶん聞こえてないと思う」
「そうか…」
あの音が俺しか聞こえてないということは、レベルアップ音はなにかを俺に伝えようとしているのか?もしかするとタートがレベルアップしているのではなく、俺がレベルアップしてタートを支援している可能性もなくはない。が、そうなるとタートの力が上がるのはわかるが、召喚できる湯になる理由がわからない。全体的なレベルの底上げ?能力だけじゃなくスキルも底上げする可能性もあるかもしれない。
「まあ、タートが強くなることは悪いことじゃないんじゃないか?俺やマイアを守れているのだから」
「そうだな…うん、そうだ!」
何か吹っ切れたように言ったタートは手の振りを大きくし歩く速度を少し上げる。タートが機嫌よく歩いたので、おばあちゃんの家には昼前くらいに着く事ができた。
外で薪の用意をしていたおばあちゃんは、もしかすると俺たちの帰りを待っていたのかもしれない。
「ばば、遅くなった」
「タートちゃん、ハルト君、良かったわ!遅いから何かあったのかと思って…」
駆け寄りタートを抱きしめるおばあちゃん。抱きしめられたタートは、前回は笑顔で答えたが、今回は複雑な表情をしている。お願いされた買い物を果たせなかったから当然と言えば当然だけど。
「ばば、すまない。塩と小麦粉は買ったんだが」
「あら、値段上がってたかしら?」
「いや、そうじゃないんだ。別な物を買ってしまって」
「別な物?タートちゃんが?」
おばあちゃんが驚きの声をあげ、タートだけではなくこちらも見てくる。
「ちょっと色々ありまして…」
「いいのよ、タートちゃんが欲しいものがあったなら。それで何を買ったのかしら?」
「買ったのは、マイア」
タートが呼ぶと、マイアはメェ子から降りて俯きながら隣に並び、自分がどうなるのか不安な顔でタートをチラチラと見ている。
「この子を買ったのかい?」
「そうなんだ…それで卵が買えなくて…でも!」
すまなそうに俯きながら話していたタートが、俺にあれを出せと言わんばかりに手を出してくる。襲撃者たちから奪ったお金だろうと思い、お金の入った袋を渡す。
「ばば、色々あってお金はある」
タートから差し出された袋を受け取り中を見たおばあちゃんは目を見開き、次には眉を顰めタートではなく俺を見てくる。
「このお金はどうしたの?」
「ほんと色々あって…マイアの件で襲われてそいつらからお詫びがわりにもらったんです」
半分くらい嘘だが、お詫びにもらったのは間違いではないからいいかなと思う。
まだ信用してないようなおばあちゃんになんというべきか…
「街でタートがマイアを助けたんです。その、マイアは奴隷で…」
「マイアちゃんが奴隷じゃないかとは思ってたけど、でも、渡したお金で奴隷は買えないわ」
「それが、奴隷商と揉めて、その時に値切り倒したというか…こちらの言い値で買ったというか、そんなところです」
「私はあなたたちが悪い事をする子ではないと信じているわ。だから、今の話を信じるわ。でも、このお金は受け取れない」
「え…?」
おばあちゃんにお金入りの袋を突き返された、タートはこの世の終わりと言わんばかりの顔で驚いている。それだけおばあちゃんには心を許しているのだろう。けど、このままでは二人の間に溝ができかねない。なんとかしなければ!
「あの、タートと相談していたのですが、マイアを預かって欲しいんです。俺たちは、いつまでもおばあちゃんにお世話になっているわけにはいかないし…なので、マイアの預かり料というか、必要経費というか、そういうので受け取って欲しいんです」
「マイアちゃんを、私が?」
「そ、そうだ!ばばに預かって欲しいんだ」
俺が言ったのにタートが乗ってくれた。最初からマイアを旅には連れて行けないのは分かっていたし、おばあちゃんに預けざる終えないのも決まっていた。タート自身もそのつもりだったのにおばあちゃんの拒絶で思考停止に陥っていたようだ。
「そう…わかったわ」
「いいのか?ばば!」
「タートちゃんがまた旅に出るだろうとは思っていたから。マイアちゃんを預かるのは問題ないけど、これを全部はもらえないわ」
「そんなにいっぱい入っているんですか?」
「ハルト君はお金も価値を…そうね、知らないのね。立ち話も疲れるでしょうから中で話しましょ。それにもうお昼だし」
「ばば、私は腹が減ったぞ」
お金とマイアの話が終わった途端タートが元気になった。現金と言えば現金だが、タートらしいと言えばそうかもしれない。
おばあちゃんより早く家の中に入っていくのを見つつ、マイアの背中を押して後に続く。メェ子は…そこら辺で草を食べ始めている。召喚された動物でも餌を食べるのだなと思いつつ、家の中に入る。
「さあ、食べて」
家の中に入ると、おばあちゃんがスープをテーブルの上に用意していた。マイアは俯きつつもタートの隣に座ると、小さくいただきますと言い食べ始めた。
「ハルト君にはお金のお話をしながらでもいいかしら?」
「俺はかまいません」
おばあちゃんの隣に座ると、袋に中から銅貨と銀貨、金貨を取り出しテーブルに置いた。
「銅貨は街に行ってわかったかもしれないけど、だいたい一枚で大人一人が一日暮らせるくらいの価値があるわ。銀貨はその十倍、大人なら10日間暮らせるだけの価値があるの。金貨は…銀貨の三十倍の価値があるわ」
色くらいでしか判別できない貨幣だけど、一つ一つでそこまで価値の差があるのに驚いた。銅貨、銀貨は予想通りだが、金貨はうまく暮らせば一年暮せる貨幣。それが袋の中には数枚入っている。あの襲撃者たちはよほど羽振りが良かったのかもしれない。
「金貨は、よほどのことがない限り使わないほうがいいわ。持ってる人も、それを両替できる人もそうそういないから。いるとしたら、首都かよほど大きな街じゃなければいないと思うわ」
人が一年暮せる貨幣を早々持ってる人がいないのは予想がついたが、価値が高すぎて使えないとは思っていなかった。
袋の中身をきちんと確認してないが、銅貨がほとんどだったから、金貨を両替しないことには少し困りそうな予感がする。
「マイアちゃんの養育費として、これくらい頂くわ」
おばあちゃんは袋の中から銀貨を五枚取り出すと、残りをこちらに渡してきた。銀貨五枚大人が500日分、マイアを預かってもらうのはいつまでになるかわからないのにそれだけで足りるのか?
「私にも蓄えがあるし、なにもマイアちゃんに遊んでいてもらうつもりはないから。色々お手伝いをしてもらうし、街へも一緒に行ってもらうから、これだけで十分よ」
「それなら、タートも納得するはずです」
と、向かいで食事をしていたタートを見ると、スープを完食して机に突っ伏して寝ていた。隣のマイアも同じ。
「あらあら、二人とも疲れていたのかしら。今日は早いけど、もう二人は休ませたほうがいいのかもしれないわね」
おばあちゃんがニコニコと笑いながら、タート、マイアの順でベットに運ぶ。
昨日は野宿だったからよく眠れたとは言えないし、襲撃者とのやり取りもあり疲れたのかもしれない。
そう言いながら、俺自身も襲いくる眠気に勝てそうに無くなってきた。やはり、食事をした後は眠くなる。
おばあちゃんに一言休む事を伝えて、ソファに横になった。
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