第9話 魔王様、また寝てる

後ろで物音を立てたのは、タートが救った奴隷の子。

まさに奴隷!というような麻袋で作った粗雑な服。麻で作られた紐で腰のあたりを縛っているのはつなぐ紐を巻きやすくするためだろうか。


「あぁ…」


掠れた声を出した奴隷の子のために、おばあちゃんから貰った竹製の水筒を差し出そうと思ったが自力では飲めないかもと思い飲ませてあげることに。

上半身を抱き起こし水筒を口に持っていき飲ませると、少しずつだがコクコクと飲み込めているようだ。

水筒の半分ほどを飲ませたところで、奴隷の子がもういいという意味なのかわからないが手を挙げたので水筒を口から離す。


「大丈夫か?」


「は…い、あり…が…とう…ござい…ます…」


掠れた声だったが、この奴隷の子が少年ではなく少女だということがわかった。

ここまで痩せ細ると性別まで判別不能になるのかと軽いショックを受けていると、また少女が口を動かした。


「おなか…すきまし…た…」


そう言いながら涙を流す少女。

自分の望みが果たされる事がないと絶望からの涙なのだろうか?食事すらまともに与えられてない生活を送ってきたのでは無理もないかもしれない。

何日もまともに食べてない体に食べさせて言いたかわからないが、魚の塩焼きを手でほぐし奴隷の少女の口に入れてやる。

水の時と同様、疑いもなく咀嚼し始めた奴隷の少女はカッと目を見開気起き上がると、俺の手から魚の刺さった木の枝を奪い取ると貪る様に食べ、一本、二本、三本と残っていた焼き魚を完食したところで喉を詰まらせたのかゴホゴホと咳き込みながら胸を叩き出す。


「焦って食べなくても良かったのに」


水筒を少女に渡すと魚同様奪い取るとゴクゴクと勢いよく飲んでいく。口の端から水が溢れ麻の服を濡らしていくがそんな事お構いなしと言わんばかりに飲んでいる。

水筒が空になったところで少女はようやく我に帰ったのか、怯えた目でこちらを見ると水筒を差し出しながら土下座をした。


「も、もうしわけございません!申し訳ございません!申し訳ございません!」


少女は何度も何度も震えた声で謝り続けている。この後に起きることへの恐怖なのか、声だけではなく体も震えている。

どれだけ痛めつけられればこんなになるのか、と悲しい気持ちになりながら少女から水筒を受け取った。


「怖がることはないよ。君はもう奴隷じゃないんだから」


俺の言葉に少女が勢いよく顔をあげる。大きく見開かれた目には驚きが、眉間の皺には少しの疑いが。少女の境遇を察することは難しいが、簡単に信じる事が出来ないのだろう。


「あぁ〜、正確には君の新しい主人は後ろで寝ているというと言うのが正しいのかも」


奴隷時代のくせなのか、少女は俺の言葉を聞いてすぐに振り返る。

そこにはスラ美とメェ子に囲まれてすやすやと眠るタートの姿が。

驚きと困惑、そんな感じがする目をこちらに向けられても困ると言えば困る。


「信じるかはわからないけど、彼女は魔王なんだ。だからその…なんだ…」


「魔王様…」


「そうそう、怖いかもしれないけど危害を加えることはないから安心して」


「そんな!怖いだなんて滅相もない!」


どう説明したら少女は安心するのだろうか?

説明の仕方に悩んでいる間も少女はこちらを伺うように、土下座のままこちらを見てきている。

まずは普通に話せる体制を取らせる事が肝心で、ゆっくりと丁寧に今の状況を説明するべきなのかもしれない。


「そうだ、君の名前は?」


「あ、あの!私はマイアと言います」


「じゃあ、マイア。君はもう奴隷じゃないから安心して欲しいんだ」


「奴隷じゃない…?」


「そう、君を買ったのはタートなんだけど、タートは君を奴隷として扱い気はないはずなんだ」


ほぼ確実だけど、そこは魔王様。何か気の狂いがないとは言えないのでぼかしておいた方がいいはず。

マイアはまだ半信半疑という顔でじっとこちらを見てきている。簡単に人を信じる恐ろしさを知っているにだろう。

少し話に方向を変えて気を紛らわせてみよう。


「マイアはなぜ奴隷に?」


「戦争で…」


戦争で捕まえた人々を奴隷にするのはどこも同じなのか。


「となると、帝国か王国の出身なのかな?」


「いえ、連邦です」


「え?連邦出身なの!」


「はい!そうです!申し訳ございませんでした!」


驚いて少し大きな声になってしまったのを、マイアは怒られたと思ったのかまた土下座をして震えてている。


「マイア、ごめん。怒ったわけじゃないんだ。で、なんで連邦出身なのに連邦で奴隷になったんだ?」


「それは…私が小さい頃に帝国の捕まり奴隷になったそうです。奴隷として働いてた街を帝国が占領したときにまた…」


どこかで聞いた事がある。奴隷に一度落ちたら這い上がることはできないと。

マイアの境遇はまさにそれ。祖国が負け奴隷になり、祖国に解放されたのに奴隷から抜け出せずにいる。

そういえば、小さい頃に奴隷になったということは両親ともども捕まったはず。となれば、


「両親もどこかで奴隷になっているのか?」


「父も母も死にました…連邦軍に殺されて…」


もうかける言葉が見つからない。せっかく祖国に帰れるチャンスだったのに、なんの因果か祖国の兵に殺されるとは…

マイアの置かれてる状況は大体理解できた。もし両親がいるなら救い出してどこかに、と思っていたけどもういないのならどうしようもない。

彼女をどうするかはタートが決めると思うけど、たぶんおばあちゃんに預けることになるだろう。


「マイア、まだ疲れてるだろうからゆっくり休むといいよ」


「よろしいのですか?なにかお仕事は?」


もう日は暮れ、灯りなしでは歩き回ることも困難な状況で頼む仕事はないし、そもそも仕事自体がない。

奴隷は朝から晩まで休むことはできないと本で読んだ事があるが、どうせ嘘だろうと思ってた。それがマイアを見ていると本当のことなんだと知り、ますます奴隷に対する嫌悪感が増した。


「マイア、さっきも言ったけど君はもう奴隷じゃない。今は何も気にせずゆっくり休んで体力を取り戻すことを最優先にしてくれ」


「はい!ありがとうございます。それと…」


ちらっとタートの方を見てから、あの子のそばでもいいですか?と聞いてきた。


「構わないよ。寝る場所なんて好きにすればいいよ」


「ありがとうございます!」


マイアはそういうと、ゆっくりとメェ子に近づくと寄り添うように丸くなって寝始めた。

メェ子が薄く目を開けマイアの方を見ると、少しだけ体を動かし自らの体毛がマイアをかかるようにしてから目を閉じた。

色々あった日だが、脇腹の痛みが早く引いて欲しいなと思いながら、横になり目を閉じた。

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