第8話魔王様、新たに召喚をする

いつになく早足で歩くタートについていくのがやっとな状況だ。それでなくても脇腹の痛みと軽いが全く気にならないわけではない奴隷の子を背負っているから。


「タート、今日はここあたりで休まないか」


メルクの街を出て、おばあちゃんの家まであと半分のところで俺は声をかけた。

街での騒ぎの結果、今日中に戻るのは困難。すでに日が暮れかけている。


タートは足を止めると空を見上げる。赤く染まり出した空を見て、小さく息を吐き出した。


「そうだな、腹も減ったからな」


タート一人なら夜道でも問題ないかもしれないが、夜目もきかないし、なにかしらの野生動物に遭遇するかもしれない。幸い髭大男から貰った道具は常に携帯してるし。


「ハルト、ここあたりがいい。私は薪を拾ってくる」


タートは俺との会話を避けるように2つの麻袋を置くとすぐに薪拾いにいってしまった。何も責任を感じる必要はないのにと思いながら、奴隷の子を背中から下ろし寝かせる。


ほんとに痩せ細り、死んでいるのではないかというくらい静かに寝ている。

見た目はタートと同じくらいの身長だが、体重は半分近くだろう。ここまで痩せ細った奴隷を扱うリンカという奴隷商がまともな商人ではないのは間違いない。


「ハルト、これくらいあれば足りるか?」


両腕に溢れるほどの木を持ち戻ったタートがそう聞きつつ、薪を地面に置く。いつもならもう一度拾いに行くか横になるのに、今日は薪を置いた場所に座り込み動かない。


「あの子の事でなにかあるなら気にするな」


「ハルト、すまない…止めたのに、私は…」


「だから気にするなって。俺はタートの部下なんだろ。だったら、部下の名誉の負傷を褒めてくれよ」


強がり脇腹を叩いていうが、痛みで顔を歪めてしまったのをタートは見逃さなかったようで。


「ハルト、ありがとう…」


「タートがそこまで気にすることじゃないさ。それと、薪は十分だけど…」


「そうだったな、近くに川があった」


そう言うとタートは小走りに駆けて行った。

そこまで気にすることじゃないし、タート自身が初めてほぼほぼタート一人で終わらせた。俺は邪魔をした程度の仕事しかしてない。帰宅部ではなく何か武道系の部活にでも入っておけばよかったと少しだけ後悔した。


タートが拾ってきた薪とそこら辺に落ちてた乾いた木の皮で火を起こす。相変わらず髭大男のくれた火打ち石はすぐに火をつけてくれる優れもの。火打ち石なんてこの世界に来るまで使ったことがなかったのに。


「ハルト、何匹か取れたんだが…」


30分程度で帰ってきたタートは数匹の魚を持ってきたが、なぜか冴えない顔をしている。


「どうした?魚なら十分に取れてるんじゃないのか?」


「それがな、初めての魚を捕まえたんだが」


そう言いこちらに差し出してきたにはナマズ。この世界にもいるのか〜と純粋に驚いていたら、タートが小首を傾げている。


「この魚は美味いのか?」


「どうだろ?食べれなくはないと思うが、普通の魚よりは泥臭いと聞いたことがあるけど」


「泥臭い?」


「そうそう、泥に潜って生活しているはずだから、そのせいで…じゃないかな?」


「そうなのか」


俺的にはきちんと説明したはずなのに、タートは手に持ったナマズを腹から齧る。齧ると同時に顔を顰め、ぽいと投げ捨てた。


「土の味がする」


「だから言ったのに…きちんと泥抜きとか言うのをすれば良いらしいけど、何もなしだと泥臭くて食えないんだよ」


こちらに渡されたナマズをタートに見せつつ言うと、タートは川に戻してくると言い川に向かった。その方がいいけど、タートの学習にために尊い命を散らしたナマズ一号にはなんと言葉をかけていいやら。

タートが戻るまでの間に、魚を捌き木の枝に刺し焼き始める。代わり映えしないかもしれないが、まあ、この世界でできる最低限の料理だ。

代わり映えしないか…と思っていたら、視界の端に今日買った麻袋が目についた。

そういえば、買ったものは小麦粉と塩。

塩焼きにすれば多少の味変にはなるはず。

おばあちゃんには悪いが、麻袋を開け塩を拝借し、焼いてる魚に振りかける。かけすぎてもダメ、少なすぎると素材の味がいきてしまうと言う難しい加減。


「なにをしているんだ?」


「魚に塩をかけてるんだ」


「魚に塩?おいしいのか?」


「俺は美味しいと思うけど、タートはしたことないのか?」


「私は魚を焼いて食べたこともない」


まあ、そうだろうな。初めて焼いた時も最初は生で食べてたから。その後は生ではなく焼いたのしか食べなくなったが、やっぱり焼いた方が美味しかったのだろうか?

ここであの騒動の時のことを思い出した。あのレベルアップ音はタートが初めて生魚を食べた時も聞こえた。レベルアップの後にスラ美が少し大きくなり、さらに触れても弾け散らなくなった。今回も何か変化が起きてるかもしれない。


「タート、体とかスラ美に変化はないか?」


「変化?」


まだ生焼けの魚を齧りつつ少しだけ上を見て考えたタートは、残りの魚を一気に食べるとスラ美を呼び出した。

現れたスラ見は…特に変化はなさそう。


「何もなしか」


「何かムズムズする」


召喚したスラ美に寄りかかりながら言ったタートは、目を瞑ると空に向けて手を伸ばす。集中しているのか、何か苦しいのか、眉間に皺を寄せている。すると、タートの隣に魔法陣が現れた。その魔法陣の中心から光が出始めると、徐々に大きくなりつつ広がり魔法陣全体が光出す。


「何かでそうだ」


タートがつぶやくと同時に魔法陣から何かがゆっくりとせり上がってくる。

白いモコモコとした毛、頭には渦を巻く角、つぶらな瞳、四本足で立つ召喚されたモノは…


「メェェェェェ!」


羊。

そう羊なのだ。

タートが召喚したモノは羊。

召喚で羊…これは普通なのだろうか?


「ん?」


召喚された羊は召喚者であるタートに擦り寄ると傍に腰を下ろし、また「メェェェェェ」と鳴いた。


「そうか、お前だったのか」


旧友にでもあったように言ったタートは羊を撫でながらまた目を閉じていく。


「お前は今日からメェ子だ。よろしくな」


「メェェェェェ」


メェ子と名付けられた羊は嬉しいのか一際大きな声で鳴くとタートに頭を擦り付ける。角を当てないように気をつけてる辺り普通の羊とは違う感じがする。

あれ?角?


「ハルト、私は少し疲れた。先に寝る」


「あ…ああ、おやすみ…」


スラ美に寄りかかりつつ、腕をメェ子の背中に乗せ、タートは眠りに落ちていったようだ。

召喚されたばかりのメェ子も主人を守るように、体をピッタリくっつけて寄り添うと目を閉じた。


静かになり、焚き火のパチパチという音だけが聞こえる。

塩焼きの魚に対するコメントは何もなかったが、俺的には美味しかったのでおばあちゃんにあとで分けてもらおうと心に決めている。

焚き火を絶やさないように薪をくべつつ、俺がこの世界に何できたのか、と不意に考えてしまった。

タートなら一人生きていけそうなのに、なぜ俺が召喚されたのか?

レベルアップ音の意味するところは?

色々考え出すとキリがない。

考えることをやめて寝ようと決めた時、後ろで物音がした。




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