第7話魔王様、怒る

騒ぎが起きた場所めがけて一直線に走るタート、に引っ張られ走る俺。

1kgの塩を持って走るのは無理と言いたいが、タートは5kgの小麦粉を持って平気な顔で走っている。


「あそこだ!」


声を上げるとタートはさらにスピードを上げる。

これ以上は無理だ!と思った時、いきなりタートが立ち止まりぶつかりそうになる。


急に立ち止まったタートに文句を言おうと顔を上げた時、やっと騒ぎの原因がわかった。

タートくらいの背格好の子供が男数人に殴る蹴るの暴力を振るわれていた。

周りにいる人たちは止めることなく、歓声をあげたり、眉を顰めたりするだけ。異常な光景の中、タートは俺に小麦粉の入った麻袋を渡すとゆっくりと歩き出した。


「おい、タート!待て!」


止めたいが走ったのと麻袋の重さでうまくいかない。追いつきかけたところで、タートがいつの間にか杖を手に持っていた。


「お前たち、恥ずかしくないのか!」


タートは杖で地面を叩くと声を張り上げた。

男たちは一斉にタートを見てから、一拍おいてから一斉に笑い声を上げた。


「タート、待てって!」


肩に手をかけようとした瞬間、息が詰まるほどの圧迫に手が止まる。まさか怒っている?


「お嬢ちゃん、何か文句あるのか?」


「こいつはなぁ、奴隷なんだ。そいつが逃げ出したから教育してやってたんだ」


「だからどうした!なぜ同じ人間同士でそんなことをするんだ!」


タートと男たちの会話が成立していないのは明白。

この一種即発の状況をなんとかする術は…なさそうだ…


「お嬢ちゃん、もう一回説明するぜ。こいつは奴隷なのに逃げようとしたんだよ。だから教育していたんだ、逃げちゃダメだってね」


「だからどうした!私には関係ない!」


「いい加減にしろよ!」


痺れを切らした男の一人がタートの肩に手を伸ばす。その手を間髪入れずにタートが杖で払いのける。これで大乱闘が確定したかも…


「いてぇなぁ…優しくしてるからってつけ上がりやがって。おい!」


声をかけられた男の仲間たちがタートを取り囲んでいく。もう限界だ。タートが魔王であっても、男の四人に勝てるかわからない。

塩と小麦粉の麻袋を置いて走り出す。


「待ってくれ!この子の無礼は俺が…」


そこまで言ったところで人生で味わったことのない痛みが脇腹に走った。

あまりの痛みに息ができない。

地面に倒れ込んでるのだというのも今気づいた。


「うるせぇんだよ!」


男の一人に脇腹を蹴られたんだと分かったところで痛みが引くわけでもなく、今度は頭に痛みが走る。


「にいちゃん、この子のお友達かい?」


「謝りたいとか言ってももう遅いからな」


頭の痛みは髪の毛が掴まれているからか…と痛みの理由をなんとか把握する。

今はタートだけでも逃さないと。


「タート…」


逃げろ、と言葉を続けようとした時、顔の近くを何かが通り過ぎた。と同時にまた地面に倒れ込む。


「貴様ら!私の部下に手を挙げたな!許さんぞ!」


見上げると、真っ赤な瞳がさらに赤みを増し、体から怒りの炎が出てるのではないかと錯覚するほどの圧迫感を出すタートがいた。


「もういい!こいつらも奴隷にしてやれ!」


リーダー格と思われる男の掛け声で、男たちが一斉にタートに襲いかかってくる。じっとリーダー格を睨みつけていたタートが歯を食いしばったかと思うと、思い切り杖を振り抜いた。


ボキッと言う鈍い音と共に男が一人、二人と薙ぎ倒されていく。か弱い少女かと思っていたけど、やはり魔王。考えなしに飛び出してしまった俺の馬鹿さ加減を呪いながら、ゆっくりと起き上がる。


「大丈夫か?」


「なんとか…」


答えた時、

テテテテテッテッテ〜ン

と、またレベルアップした時の音が頭の中に鳴り響いた。誰がレベルアップしたんだと周囲を見渡そうと思ったが、脇腹の痛みで体を動かすことができない。


「ハルトがやられた分を全員に味あわせてやる」


じっと睨まれ続けているリーダー格が、タートの迫力の前に気圧されてるのかジリジリと下がっていく。か、その後ろに人影が…


「誰だがぁ…」


リーダー格が後ろの人影に何か言おうとして振り返ったと同時に膝から崩れ落ちた。後ろにいたのは女性で…表現に困るのだが、上は水着のビキニ、下はホットパンツのような革製の物、それ以外は各種アクセサリーをこれでもかと身につけている。


「っとに情けない連中だね。こんな小娘一人に」


「姉御、すいません…」


リーダー格が弱々しく頭を下げると他の男たちも同じようになって頭を下げている。と言うことは、この女性が男たちの主人、奴隷商ということになる。


ややこしくなりそうだが、リーダー格に代わりタートは女奴隷商を睨みつけている。

どれだけ睨み合ったか…突然女奴隷商が口元に笑みを浮かべ手を広げた。


「すごい嬢ちゃんだ、私の負けだ」


「なら、ハルトとその子に謝れ」


「ハルト君というのね。ごめんね、あたしの部下が」


頭を下げることもなく言った女奴隷商は、近くで倒れている奴隷の子の側にしゃがみ込むと、トントンと二回肩を叩き、


「あなたもごめんなさいね、聞こえてないかもだけど」


カン高い笑い声を上げた女奴隷商は、タートを見てニコッと笑う。


「あたしは謝ったわ、次はあなたの番じゃないの?」


「私はお前に負けてない」


「ますます気に入ったわ、あたしはリンカ、この街で奴隷商をしているの。あなた、私の下で働かない?」


「いやだ」


即答したタートに一瞬だけ驚いた顔をしたリンカは、すぐに大きな声で笑い出した。


「気に入った、嬢ちゃん名前は?」


「タート」


「タート、ね。よし、覚えた。この街に来て困ったことがあったらあたしを訪ねてきな。できる範囲で力になってあげるよ」


「リンカ、私も覚えておく」


「よろしくね。あんたたち、いつまで寝てるんだ。さっさと引き上げるよ」


いまだに倒れている部下たちを蹴り起こすリンカ。

タートの方もようやく熱が引いてきたのか、構えていた杖を下ろしている。


「早くしな。そいつも回収すんのよ」


「そいつは置いていけ」


倒れている奴隷の子を杖で指し言ったタートに、リンカはオーバーに驚いてみせた。


「あたしに商品を置いてこの場をされというの?それは無理よ」


「どうすればいい?」


「この子は奴隷、売ってあげるわ。そうね、ぎ…」


「銅貨三枚だ」


隣家が言うのを遮りタートが買値を言った。間違いなくおばあちゃんから預かった残金。あの子を買うとお願いされた卵は買えなくなる。


「タートいいのか?気持ちはわかるが…」


「ばばには謝る…」


タートが少しだけ表情を曇らせた。タートもタートなりに考えているのであれば俺がとやかく言うことではないのかもしれない。おばあちゃんには一緒に謝ればいいし。


「破格の値段だけどいいわ。タート、あなたに恩を売れるんだから」


「銅貨三枚でいいんだな?ハルト、頼む」


魔王様に頼まれたら仕方ない。おばあちゃんから預かった大切なお金の残り、銅貨三枚をリンカに手渡す。

リンカは受け取った銅貨を宙に放り投げ、また宙で掴んだ。

何か言うかと思ったが、ニヤッと笑っただけで踵を返して、部下たちを怒鳴りつけながら去っていった。


「ハルト、その子を持ってるか?」


「おんぶすればなんとかなるかも」


痩せ我慢してるけど、脇腹の痛みは引くどころかますますひどくなってきている。けど、タートに情けない姿は見せられない。


「わかった、私が麻袋を持つからその子を頼む」


「わかったよ」


どっちが重いかと言うと…奴隷の子も十分を軽かった。骨と皮とか聞くけど、その状態に近いのかもしれない。


奴隷の子を背負いつつ先に歩いていたタートに追いつく。どことなく元気がなさそうに見えるが、今は脇腹の痛みで話すのすら億劫な状況だ。





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