第6話魔王様、都市へ行く

翌朝起きると、おばあちゃんがこれに着替えなさいと言わんばかりに服を用意していた。

素材は綿なのか、もしかすると麻なのかもしれない。少しゴワゴワとした感触がする。

服的には、ズボンは普通、上着はポロシャツに似ているような似ていないような不思議なデザイン。ズボンは草木染めなのか紫に近い色、ポロシャツもどきは素材本来の色なのか白というよりクリーム色。

最後に茶色の革製のチョッキを着るのがこちらの一般的な服装らしい。


「あら、ハルト君、似合っているわ」


着替えたのを見たおばあちゃんは褒めてくれたが、タートは朝食のスープに夢中のようでこちらを見ようともしてない。彼女らしいといえばらしいが。


「これで街に行っても違和感ないですか?」


「ええ、問題ないわ」


起きてから着替えている間に、聞き忘れた現在位置を聞いたら、おばあちゃんの家は旧帝都から見て東にある国、連邦の領域内。それもやや北東寄りで連邦第三の都市、メルクが最寄りの都市のようで。


目的もなく行くと何をしたらいいか迷いそうなので、おばあちゃんからのお使いを目的として今日一日で行って帰る予定にしてある。


1日に歩ける距離は30から40Kmくらいかなと予想した。おばあちゃんが健脚でない事を祈るばかり。


「ハルト、早くしろ」


朝食を早々に食べ終えたタートが急かしてくる。

昨日たっぷり寝たからか元気いっぱいのようだ。


「少し待って、今食べ終わる」


スープの残りを流し込み一息つく。

急かし続けるタートを抑えつつ、食べ終えた食器を台所に立つおばあちゃんに渡す。


「気をつけて行ってきなさいね」


「はい、行ってきます」


「ばば、行ってくる」


「タートちゃんも気をつけてね」


勢いよくドアを開け外に飛び出していくタートを追いかけて俺も外に出る。

天気は快晴。

順調にいけば昼前にはメルクに着けるはずだ。


寄り道して時間を食うかと思ったが、タートは真っ直ぐメリクを目指して進み続けてくれた。

タートなりにおばあちゃんには感謝しているのかも知れない。


ちょっと早めの昼ごはん、バターがたっぷり塗られたパンを二人で齧りつつ、丘を越えると驚きの光景が目に飛び込んできた。


「お、大きいな…」


思わず声が出てしまった。

目の前に現れたメリクという名の都市は、城壁に囲まれた城塞都市だった。城壁の高さはたぶん三階建てのビルくらい。一辺の距離は…目測が苦手なんとも言えないけど、軽く100メートルはあるように感じる。


「メルクは、そこそこの都市だな」


「これでそこそこなのか…」


「ばばが言ってたがここは帝国との最前線だそうだからな」


四カ国は旧帝都を争うだけでなく、すきあらばどこにでも攻め込む激しい戦いを繰り返しているとおばあちゃんが言っていた。

国境近くの都市はどこも要塞化されていると。


「驚いててもしょうがない。買い物済ませて早く帰ろう」


「そうだな、人が多いところは好かない」


マントについているフードを深々とかぶるとタートは言った。嫌いなのに急かしていたのかという気持ちと、見た目の問題であまり人目につきたくないんだなという理解が半々というところ。


最初の関門は門番。城塞都市だけあって、少なくても10人近くの門番が警戒している。

少女とはいえ、頭からフードを被ったタートを見逃してくれるかとドキドキしていたら…何事もなく通過できた。


中で何かあるのか、門付近は多くの人でごった返していた。その間を縫うように、隠れて通過できた具合だ。


「さてと…おばあちゃんの勝ってきて欲しいのは…」


おばあちゃんから頼まれたのは、

塩    1kg

小麦粉  5kg

卵    買えるだけ

の3つ。

またクッキーでも焼くのだろうか。


「塩と小麦粉なら売っているところをしっている。前にばばと来たからな」


そう言うと、タートは繋いだ手を引っ張り歩き出す。通りは人で溢れかえっているが、タートは店を探すようにキョロキョロとあたりを見ながら歩いていく。


「ここだ」


着いた先にあった店はメルク粉物商会、名前だけで粉物を扱ってそうなのがわかる店名だ。


「入るぞ」


初めて入る店は入りづらい病にかかっている俺を引っ張りタートが店内へと入っていく。

いらっしゃい、と威勢がいい挨拶をものともしないタートは、


「塩いちきろ、小麦粉ごきろ、くれ」


カタコトな感じで伝えたタートは、仕事が終わった言わんばかりに店内を見て回り始めた。自由に動くなら手を離して欲しいが、掴む手の力は強まる一方。


「もつのはにいちゃんかい?」


聞いてきたのは店主と思われるガタイのいい親父。

ゴツい作りのテーブルの上に2つの麻袋を2つ置くと。


「塩が1kg、銅貨二枚。小麦粉5kgで銅貨五枚だ」


「わかりました」


おばあちゃんに渡された袋中には銅貨が十枚。

七枚数えて親父に手渡した。


「確かに。にいちゃん、じょうちゃん、ありがとうな」


「こちらこそだ」


タートはあっているかわからない返事をすると、親父の用意した麻袋、それも小麦粉の方を軽々と抱え持ち、


「ハルトは塩を持て」


と平気な顔で言ってきた。


「タート、重くないか?」


「このくらい問題ない。私は力持ちだからな」


何も問題はないと答えたタートに内心ホッとした。流石に5kg、最悪6kgを担いでおばあちゃんの家まで歩く自信はなかった。

タートが魔王である事を忘れていたし、当然のように常人よりも力がある事を再認識した。


「後はなんだった?」


店を出たタートは、またキョロキョロとしながら聞いてきた。


「後はたまご…」


と言いかけたところで大きな声が聞こえた。

だれかを呼び止める、大きな声というか怒鳴り声だ。


「ハルト!行くぞ!」


言うより早く手を引っ張りタートが走り出す。

街中でのトラブルは回避したいが、行って止まりそうな雰囲気ではない。

悪いことが起きなければいいがと願いながら走る。




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