第2話 魔王様、居城を失う
お腹が満たされて満足顔だった魔王様が突然真顔になる。何か不快なことでもあった?まさか、殺される?
「お前、名前は?」
多分、出会って最初に聞かれるべき質問なはず。お腹を鳴らし、おやつのコッペパンを全部食べた相手に名乗る名前はないと言いたいが、相手は魔王様。
「俺は春翔、遠山春翔だ」
「とおやま…?はると…?」
キョトンとした顔で俺の名前を呟いた魔王様は、眉間に皺を寄せつつ腕を組み高らかに宣言する。
「よくわからないから、お前をハルトと呼ぶ!」
「魔王様の名前は?」
「わたしはタートだ。ハルトは特別にタートとよんでいいぞ」
「タート、よろしく」
地面に座ったまま手を差し出すと、タートは一瞬驚いた顔をしてから、満面の笑みを浮かべて握ってきた。ついでに助け起こそうとタートが俺を助け起こすのは無理だ。
俺は165cm、55kgある。タートは、たぶん30kgあるかどうか。
「タート、ありがとう」
助け起こされたふりをしてお礼を言うと、タートは胸を張り手を腰につけのけぞり
「気にするな、ハルト。私はハルトの主人だからな」
召喚された以上そういう関係なんだろうとは思ってたけど、改めて知らされると少し複雑な気分になる。
と言っても、現場なにかあるわけではないので疑問を解決していくことを優先しないければという気持ちが湧いてくる。
「タート、居城はあるのか?」
「あるぞ」
何聞いているんだという感じに不思議そうにこちらをみながら言ってくるタート。
「まさか、後ろのがそうじゃないよな?」
「そうた、これが今の我が居城だ!」
タートはさあ見ろと言わんばかりに俺の前からどいて手を広げる。まさか、まさかとは思っていたが、この掘建て小屋がそうだとは…
嘆いていても始まらないので、タートの招きに応じて、居城に入ることに。
ギィ〜〜という音を立てて開いたドアの向こうには、だいたい想像した世界が広がっていた。
片付いてるわけでもなく、散らかってるわけでもなく、それでいて物が雑然と置かれた室内は、たぶん誰かの作業小屋。
「どうた、ハルト。悪くないだろ?」
「悪くないけど、魔王と言うとこう石造りという、色々石像とかあったりしないのか?」
問いかけに、タートは項垂れてしまった。
「今の私は流浪の身なのだ。城はあったが…」
「そうだったのか…」
「でも!」
勢いよく顔を上げると、ニコッと笑った。
「今はハルトがいるから一人じゃない!いつか母様の城を取り戻して見せる!だから、ハルト、力を貸してくれ」
「俺にできることなら」
うんうんと納得したように頷くと、タートは小さくあくびをした。
「今日はハルトを召喚したから少し疲れた。私は寝るからハルトも適当に休め」
タートは、今度は大きなあくびをし、マントを椅子にかけ、杖をベット脇に立て掛けると、布団の中に潜り込んでいった。
少しすると、スースーという寝息が聞こえてきた。
疲れていたのは本当なのだろう。召喚にどれだけの力を使うかはわからないが並大抵のことではないだろうから。
と冷静に考えていたが、俺はどうなるんだ?
ここは地球じゃないどこか別な世界。
生き残ることもそうだが、帰れるかどうかもわからない。
色々考えても、今は情報が少なすぎる。
明日にでもタートに聞こう。
そう思ったら、俺も眠くなってきた。
あまり綺麗じゃないかソファーがあるからそこで休もう。
俺も疲れていたのか、ソファーに横になるとすぐ眠りに落ちていった…
ドンドンドンドン…
朝の静寂を破り、ドアを叩く音が響き渡る。
起き上がりベットを見るとタートはまだ寝ているようだ。という事は、第三者がドアを叩いているのだろう。
「すいません、どなたですか?」
「この小屋の持ち主だ」
返事は想定外なものだった。
廃屋にしては整備されているとは思ったけど、ここで持ち主が現れるとは…
恐る恐るドアを開けると、髭を生やした大男が怒った顔で立っていたが、俺を見て困った顔をした。
「子供か…寝てるのは家族か?」
「はい、妹です」
咄嗟に嘘をついたが、髭大男は真実と受け取ったのか、大きなため息と共に頭をガシガシと掻きむしった。
「親は?」
「いません」
「孤児か…最近増えてると思ったが、うちの村にも来ちまったから」
「すみません」
「謝る事じゃねぇ、お前が好きで孤児になったわけじゃないのは知っている。また、戦争があったからな…魔王軍を倒したと思ったら、今度は人間同士で争い出してるんだから世話ねぇよな」
「国同士が戦っているのですか?」
「そうだよ、魔王軍を倒すまでは協力していたが、倒したと思ったら、だ、まだ魔王とと戦ってる時の方が良かった。今は重税に次ぐ重税、働き手の若いのが兵士に取られるでどこの村も苦しんでいる」
現状によほど不満があるのか、捲し立てるように話したと思ったら、いきなり俺の肩を手を置く。
「にいちゃん、大変なのはわかるが、ここは俺の夏場の狩猟小屋なんだ。俺も狩りをして家族を養わなければならない。今日中に出てってくれるか?」
「僕達が悪いのに…迷惑にならないように今日中に出ていきます」
「すまねぇな、餞別と言っていいのかわからねぇが」
髭大男は室内に入ると、机の引き出しを漁り始めた。何かもらえるなら嬉しいが、変なものだと困るし、荷物になるのも勘弁だ。
「あ〜、あったあった」
髭大男が差し出してきたのは古びたケースに収められたナイフ。
「俺のお古だが、切れ味は保証する。研げばまだまだ使えるしな。それとこれだ」
こちらも使い古された釣竿。釣りの経験はあるからなんとなくわかるが、竹に糸を付け針を付けた簡素な物。ないよりはマシというところだろうか。
「後は火打ち石があるな。これくらいあれば…なんとかなるだろ」
そこまで言うと、髭大男はまた顔を曇らせため息をついた。
「ほんとはうちの村で、と言いたいが、俺たちも食うのがやっとだ状況だ。ほんとにすまない」
そう言いながら、髭大男は振り返る事なく小屋を出て行った。貰った物は全て実用的。タートがなにも持ってない事を考えると感謝しても感謝しきれないものばかりだ。
「ハルト…」
「タート、起きたのか」
「出ていかなきゃないのか?」
「あのおじさんはいい人だよ。迷惑をかけたくないかな」
「そうか」
短くて答えたタートは、杖を持ちマントを着るとドアに向かって歩きだした。
「いいのか?居城がなくなるんだぞ」
「居城がないのには慣れているから」
言いながら振り返ったタートは、少し涙目だったがニコッと笑うと外へと歩き出す。
タートにも色々あったのだとしみじみ思っていると、
「ハルト、早くしろ。私は腹が減った!」
「はいはい」
髭大男から貰った物を忘れず持ち小屋を出る。
たった1日だが、なぜか愛着を感じてしまう小屋に頭を下げる。
「ハルト、早くしろ!」
「わかったよ」
急いでタートに追いつくと、タートはお腹をさすりながら、
「朝ごはんはなんだ?」
「釣れるかわからないけど、魚かな」
「魚か〜、私は魚好きだぞ」
そういうとタートはこちらを見てニコッと笑う。
昨日に比べて少し笑顔が増えた気がするタートに、左手を差し出す。
俺の顔と手を交互に見た後、小さくうなづいた後手を繋いてきた。
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