お見合いの日

 晴れ渡る空に、小鳥のさえずりがよく通る。中庭の草花は朝露を浴びて煌めき、通る人の足元に跡を残す。


 そんな気持ちの良い日だというのに、部屋の空気は最悪だった。


「……今、なんと言った?真咲」

 真咲の父親は眉をひくつかせ、母親の顔色は蒼白で失神寸前だ。

「いや、それより了、お前もどうして彼女を支援するだなんて……」

 了の父親は苦虫を嚙み潰したように顔を歪めながら了を指す。


――ときは数刻前にさかのぼる。


「お若い二人で、お話でもしてきたら」

 押し黙っていた当事者二人に、真咲の母親が気を遣ってそのような提案をした。

 了が案内する形で、二人は中庭へと足を向けた。


「単刀直入に申し上げます。この縁談、反故にしてくださいませんか」


 切り出したのは了だった。

 真咲は目を見開き、

「なぜです?このお話、そちらにとって都合が良いでしょうに」と疑問を口にする。

 了は庭に咲いていた黄色いスイセンに目を落とすと、

「生涯を共にしたい女性が他にいるんです」

「……素直すぎやしませんか?」

「それが長所ですから」

 苦笑する真咲に、了は目を細めて強気に言った。

 真咲はなにかを考えるように目を伏せると、

「協力してくださいません?」と了を見上げた。

「そうしたら、応援させていただきます」

「わかりました」

 二つ返事をした男に、真咲は呆れたように息を吐く。

「そんなに即決するものではありませんよ。無理難題だったらどうするのです」

「構いませんよ。無理難題を言う者は、よほどの阿呆か自分も同じ覚悟を持っているかの二択ですから。それに――……彼女と一緒になることができる未来のためなら、ぼくはなんでもしますよ」

 優しく微笑む彼の瞳に、覚悟とも知れない炎がちらついた。

「情熱的ですのね。嫌いではないわ」

「光栄です」

「あなた、よほどの阿呆なの?」

「……ぼくの秘書のような方だな。まあ、彼女に出逢う以前のぼくは前者でしたよ」

 傘を手にした彼女はくすくすと笑った。


――いつかその想い人に会わせてくださいね、と。


「……それで真咲、会社をお前が継ぐというのは本気なのか」

 信じられないものを見る目で、真咲の父親は娘を見る。

「はい、父さま。会社は私が継ぎますので、色々お教えいただきたく――」

「ふざけるな小娘が!女が会社を継ぐだと?古い家は革新を求めすぎているんじゃないか。女は家を守るものだろうが」

 遮ったのは了の父親だった。

 台を叩き、激情を露にした男は唾を吐き散らしながら立ち上がる。

「馬鹿も休み休み言え!女は男の一歩後ろでにこにこしてればいいんだよッ!」

 その場の空気が凍りつく。

 了が口を開くよりも早く、

「―—女が、なんです?」

 ゆらりと立ち上がったのは真咲の母親だった。

 蒼白だった顔面は治っていないものの、その目は先ほどとは打って変わって鋭利な光が宿っている。

「革新的な事業はなさっても、根本のお考えは古いようですわね。言っておきますけれどね、私の娘には学があります。あんたよりかは立派に会社経営できると思いまっせ。我が家では、人を見下す人間には人は付いていかないとお教えしておりますゆえ、あんたんとこのお家とは考え方が合いそうにないですわね――失礼します」

 立ち上がった真咲の母親は肩越しに娘を振り返ると、

「跡継ぎの話はまた後でしましょうね」

 と部屋を出ていった。

 父親は慌てて立ち上がってその後を追う。母は強し――否、琴線に触れた女は怖しというべきか。

 魂が抜けたように呆けている了の父親を残し、二人は襖を閉めた。


「では、どうぞよろしくお願いいたしますね――仕事相手として」


 差し出された真咲の手を、了は笑顔で握り返す。


「業績が悪そうだったら早々に手を引かせていただきますけどね」

「ご安心を。そうはさせませんから」


 緑が青々と輝く庭先にて、木漏れ日のような穏やかな笑い声が木々を揺らしていた。

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棘だらけの恋情 木風麦 @kikaze_mugi

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