第20話 N

 Nは壁側に座っているウリの隣に椅子を寄せ、当たり前のように腰を下ろして背もたれに腕を回した。

「ダレ? その子たち?」

 Nの取り巻きと思われる子が尖った声を出す。

「あ? 知り合い。少し話して行く。先に支払って部屋で待ってろ。楽しませてやるから」

 邪魔くさそうにNに手で追い払わられると、その子はウリを睨みつけてから、靴音を立てて去って行った。

「で、なにエロそうな話ししてんのよ。1発とか、30発とか、この子がそんなヤラせてくれるの? しかも、この子が金払ってくれんの? お前、いつの間にそんな美味しいお仕事みつけてんのさ」

 梅雨は過ぎ去ったが、タンクトップはまだ早い気がする。それでもNはタンクトップで、これ見よがしに鍛えた腕を出していた。自分の椅子の背もたれに回していたその腕を、ウリの椅子の背もたれに回す。

「大学に提出するサンプルの話しだよ、その子に手伝ってもらってる」

「あん? ウソつけ、そんなの聞いたことねぇよ。お前、どこのゼミよ」

 ボクは教授の名前を教える。ウソを言ってもNにはバレないだろうが、虚実は無い混ぜにした方が良いのだ。

「そんなヤツ知らねぇな。サンプルってなんだよ」

「研究のことは部外秘だよ」

「この子は知ってるのに?」

 そう言ってNは自分の椅子の背もたれに回していた腕をウリの肩に回した。

「ゼミの子だからね」

 咄嗟に出たウソに後悔した。Nは教授に関して興味は無いだろうが、女に対しては異常なほど執着心がある。まさか大学内の女性全てを網羅しているとは思わないが、ウソがバレるような気がした。


「こんにちは、宇貫です。宇貫理央の姉です」

 ウリが自己紹介をした事に驚いたし、自己紹介の内容にも驚いた。いや、内容は驚く事では無いが、なぜ妹がいる事をワザワザ伝えるのか、妹の存在なんてボクも知らなかった。驚いてウリの方を見ると、不思議そうな表情から、ボク以上に驚いた表情に変わって行くNの顔も視界に入った。

「チキ、帰ろう」

 Nの虚を突いてウリが立ち去る。ボクも虚を突かれて出遅れてしまったが、慌ててウリの後を追う。支払いの伝票を忘れていたので戻ったら、Nが座ったまま固まって、店の外に出て行ってしまい、もう見えないはずのウリ姿をいつまでも目で追っているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る