第15話 至るまで

「なに? お金を稼ごうとして失敗したの?」


 まるで心遣いの無い質問が出てしまうほど、リセットされたウリは平気そうに見えた。


「うん? う〜ん、うん」

 どちらか分からない返事をするウリ。

「なに? お金ないの? 必要なの?」

 別に家出をしていなくても必要だ。決まりきった事を訊くボク。

「うん? う〜ん、うん」

 ウリの返事は同じだったが、必要であることが分かったので、ボクはひとまず先立つ物を取りに行こうとする。


「要らないよ?」


 手元にお金は無く、至急お金は必要だけれど、助けて貰った上に(ボクは助けたつもりは無いが)お金までは貰えない。

 ウリとしては、そう言う意味で言ったようだ。ウリは財布を取りに行こうとしたボクを制した。けれどボクは勘違いをする。


「別に出て行って欲しいから、お金を渡そうとしてる訳じゃないよ」

「分かってるよ。あなたはそんな人じゃない……、あ、」

「あなた?」

「チキはそんな人じゃないって、信じてるよ。でも、良くして貰った上の更にその上に、お金までもらえないでしょ」

「病院代はあるの? 保険証は?」

「ない。……でも行かないから必要ない」


 ——堂々巡りだ。


 ボクはこの話題をすぐにやめた。


「取り敢えず洋服を着て」

 ウリはバスタオルを一枚巻いただけのままだ。衣装ケースのあるスペースを指差しながら言った。

「はーい」

 素直に返事をして、ウリは迷うことなく他人の部屋の衣装ケースのある場所へ向う。 

 歩き出したウリのスラリとした脚に、手形の痣が付いているのに気がついた。自分自身が痛い訳でもないのにボクは顰め面をしていたようだ。素直な返事をしたウリが、

「えっ、洋服 借りてもイイんでしょ?」

 ボクの顰め面を訝しがって、申し訳なさそうにする。

「ん? あ、あぁ、うん、いいよ いいよ」

 バスタオルで隠されたきわ、ウリの膝から上、太ももにかけて、もしかしたら更に奥にまで、残っているかも知れない痣から目を離し、早く着替えてと手の甲を振ってウリを急かす。

 踵を返して足取り軽く走り去って行くウリの、まだ丸みを帯びた幼さの残る肩甲骨は小さな羽のようだ。


 ——まだ、高校生なのか、若いな。

 改めて思ってしまう。


「ねぇ! 質問っ! 質問していい?」

 

 若いな。そんな感慨を若さがつん裂いて行く。

「聞こえてるよ。そんな大きな声を出さなくても、ワンルームなんだから」

「彼女いないの?」

 こちらの言っている事など、おかまい無しの大声だ。

「いないよ」

 今は……、

「ふぅん、 えっ? まさかチェリー? チキはチェリー? チェリーチキンパイ?」


 ——パイはどっから?

 不覚にも美味しそうだなと思ってしまう。


「違うよ」

「ふぅん?」

 ウリは値踏みをするように爪先から頭のてっぺんまで、ゆっくりとした視線でボクを撫で回した。

「キミは襲われたばかりで、良くそんなテンションでいられるね」

 優しくない言葉だったと思う。けれどウリは あっけらかんと答えた。

「襲われたからでしょ? 高く保とうとしないと、何処までも落ちてしまいそう」

 ウリのタレ目な目じりが一瞬 揺らいだような気がした。

「ぜんぜん気持ち良くなかった」

 ウリは事実を確かめるように言う。そこに……、足元に『気持ち良くなかった』と言う事実があり、ウリはその事実を踏みつけて立っているようだ。


「ねぇ、口なおしにチキが気持ち良くして」

 胸の前でバスタオルを抑えつけてウリは懇願するように頼りなく笑った。

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