第12話 ションボリ

 勢いあまったボクが何かにつまずいて、ウリの上にしまうのがお約束の展開だが、ウリとボクの間にお決まりのパターンは用意されていなかった。

 

 ウリは狸とは思えない身のこなしで、伸ばしたボクの腕をヒラリと躱し、手にしていたトランクスをベットに立って高々と上げた。


「ねぇ、コレ貸して!」


 ボクはトランクスを履かない。それを知らない何かと世話を焼いてくれる母が、可愛い一人息子の為に送ってきてくれたトランクスだ。未使用のまま衣装ケースの中で眠っていた物を、どうやらウリは見つけたらしい。


 —— 狸って鼻が効くんだっけ?

 

 あとで狸の生態について調べておこう。そんな事を思いながら、ウリが気にしないのなら良いよと、諦めにも似た返事をする。


「気にするって? なにを気にするの? だってコレ使ってないんでしょ? なんで使わないの? 横からはm」

「分かった。分かったから。取り敢えずベットの上で飛ばないで」


 ウリがピョンピョン飛ぶと、貸したTシャツがスレスレまで上がってしまい、目のやり場に困ってしまう。


「ねぇ、何時くらいに乾くかな?」


 一瞬の間にスルッとトランクスを履いたウリが同じ事を聞くので、本当に予測が出来ないボクは両肩をすくめる。


「乾いたら出て行くからね」


 ボクはもう一度、肩をすくめて見せた。


「......雨、止まないと。............大学行くの大変だね。今日も行くの?」

「うん、行くよ」

「大学行ってる時は? いて良いの?」


 —— 雨、止まないと。


 そんな事を考えたが、言葉にするほどの情をウリに対して、まだ持っていなかった。そんなボクの沈黙はウリに届いてしまったらしい。


「おとなしくしてるよ。 ほらコレ、学生証。アタシが変な事がしたら通報すればいいじゃない! 本名だって言ってるし」


 昂りかけた声音をウリは必死に抑えたようだが、ベットの上に投げ出さられるように置かれたカバンの、その中から取り出された学生証は、勢い良くデスクの上に叩きつけられた。

 叩きつけられた音が雨音を遮ったが、降り止まない雨の音は、すぐに元の調子でボクらを包む。


「ごめん。立場を弁えてなかった」


 ひとしきり雨の音に包まれた後、ウリはションボリと耳を伏せるようにして謝った。












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