第10話 ダジャレ

 部屋を借りてから、およそ初めての間仕切りを使う作業は、思いのほか簡単に終わった。

 間仕切りのやり方は、内見の時に「これは、こうやるんですよ」と、さも自分が考案したかのように説明する不動産屋のオジサンに見せてもらったきりだが、ボクはそれすらも良く見ていなかった。

 一人ならパネルを引き出すことすらままならなかっただろうが、勘の良いウリが「あぁ、コレを外せばロックが外れてパネルが出て来る」そうしてトントン拍子に部屋を仕切って行く。要するに思いのほか簡単に終わったのは、思いがけない存在のウリのおかげだと言う事だ。

 

 ウリが着替えている間に洗い物を済ませてしまう。

 思っていたより着替えが早く終わったウリが、食器を洗うボクの様子を見に来た。


「ナニしてるの?」

「洗い物だよ」

 

 何が面白いのか、ウリはボクの食器を洗う様子をじっと見ている。水の流れる音と、時折 陶器がぶつかる音、それに洗濯機の回る音が聞こえる。ボクの洗い物が終わるまで見届けたウリ。先ほどの質問からは、だいぶ時間が経っている。


「違うよ、ナニしてる? って、今じゃなくて、……大学生?」


 時間が経っていることなどお構いなく、ウリが会話を継続させる。継続させるつもりで黙っていたのなら、その間ウリは何を考えていたのか、不思議に思いウリを見たが、ウリは何も考えてなさそうだ。


「うん、セイノウの……」


 ウリの何も考えていなさそうな顔に、ボクも何も考えずに個人情報を提供してしまう。

 セイノウとは成王大学のことで、ウリの地元がこの辺であれば、それだけで通じるくらいの知名度はあるはずだった。


「ふぅん。セイノウか、頭がいいんだね」


 ウリはセイノウを知っていた。


「なんで、大学に行こうと思ったの?」

「なんでって言われてもね。普通に就職するなら、四年制の大学を出ていた方が有利かなぁって、……まぁ、それに色々と知りたい事があったんだよ」


 ボクは幼い頃、父親に見せてもらった蛍石の光の魔法にかかった。父親は自営業の電気屋で、なぜ蛍石を持っていたのかは分からないが、父親の部屋にはビーカーや顕微鏡、両皿天秤、分銅などの実験道具が、細かい電子機器などと一緒に、ところ狭しと棚の上に整理されて置かれていた。

 父親の部屋は幼いボクにとってはさながら魔法使いの部屋のようだった。

 薄暗い部屋の中、アルコールランプの灯火が父とボクの顔を妖しげに照らす。父は蛍石の入ったメスシリンダーを充分に熱すると、アルコールランプをおもむろに消した。暗転した世界の中に青とも緑とも言えない、つかみ所の無い光が浮かんだ。

 魔法のようだった。子供の時には、ただ単にそう思った。今でも熱エネルギーが光に変わる、その仕組みは魔法のようだと思う。


 その光に魅せられたボクは、セイノウの工学部に入り、蛍光塗料について専攻した。魔法の世界はさらに深く、そして広がって行く。

 それまでは熱や蓄光する事だけが、光を発する元になると思っていたが、ある一定の物質に反応して発光する蛍光剤も 大学では研究されていた。

 例えば、それが病原菌などに反応して光るもので有れば、医療的な用途に使う事も期待ができた。


「スゴイ。ちゃんとした大学生だ」


 ウリに大学に入った理由と、大学で何を専攻しているかを簡単に説明すると。ウリは朝食用に焼いた目玉焼きを食べながら、感嘆してくれる。


「そんな簡単に——、評価をくれる教授ばかりなら楽なんだけどね」


 くだらない駄洒落を言いそうになって、一度は目玉焼きと一緒に、その駄洒落を飲み込んだけれど、ウリには駄洒落になっている事は分からない。ボクは素直に単位をくれない教授の顔を苦いコーヒーと共に喉の奥に流し込んだ。


 


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