第9話 洗濯機の使いかた

「していないよ」

 ウリに伝えるとウリは、

「知ってる、違和感がないもの」


 眠姦の違和感が残るものかどうなのか、疑問を持つボクを尻目にウリは、コーヒーをフーフーしながら、TVのリモコンのスイッチを押して、ソファにドサリと中年のように座る。


「良い部屋だねぇ。高いの?」


 —— 適応能力が高いな。


「それほど高くないよ。たぶんこの辺の相場くらいだと思う」


 ふーん、と言いながら部屋を見回したウリは、間仕切りがある事に気づく。レールを指差しながら、——コレは? と不思議そうな顔を向けて来るので「部屋を仕切れるんだ」雑な説明してやると、


「着替えたいから仕切っても良い?」

「あぁ、うん、いいよ……あ、」


 ボクはウリに伝えなければいけない事があるのを思い出した。


「そう言えば、ボクもキミが寝た後にシャワーを浴びたんたけど、バスタオルの間に挟んであった物は、洗濯していいの?」


 昨夜、ウリが気を失うように寝たあと、ボクもシャワーを浴びに行ったら、ウリに貸したバスタオルが 洗濯機の上に畳まれて置かれていた。

 ボクは洗濯してしまおうと バスタオルを掴んで洗濯機の中に放り込んだ。するとバスタオルの中からウリの下着が出てきたのだ。


 隈取りされていそうなタレ目を 一度パチクリとさせてから、言われた事を理解したウリはダッシュで脱衣所に向かって行く。


「チョットォ! 無いじゃん!無いじゃん! ナニナニどうしたの? どこにやったの? オカズにしたの? ナニしたの? ……したの?」


 —— してないよ。

 ボクは先程もウリに伝えた その5文字が、今度は口に出すのも面倒だったので、

「バスタオルごと洗濯機に放り込んだら、洗濯機の中で下着がバラけたんだ。その後は触ってないよ」

 省いて釈明をした。


 ウリを安心させるため、自分のプライドを守るためにゆっくりと背後から説明をする。

 ウリは一度ボクを振り返ると 斜めドラムの洗濯機の扉を開けて、槽の中に頭ごと体を突っ込んだ。その姿はタヌキが巣穴に帰って行くようにボクには見えた。


 巣穴から出てくるとウリは、洗濯機を借りて良いのかを問う。

 どうぞ、と手を差し出すとウリは ドラムの中にあったバスタオルだけを取り出した。


「えっ? 一緒に洗っちゃってよ」

「えっ? 下着と一緒に洗うの?」


 ボクたちは暫く見つめ合う。


「やっ、だって下着だけで回すのって、勿体無くない?」

 ドラムの中にはウリの薄い下着だけが二きれ、くたりとステンレスの槽に張り付いていた。

「やっ、だって下着と一緒に回すのって、汚くない?」


 ボクたちは似ているけれど少しだけ違っていた。ボクの窪みと、ウリの出っ張り。ボクの突き出た部分と、ウリの凹んだ部分。

 

 ——これからどうなるのかな?


 なんて、そんな先のことなど考えてもいなかったけど、ツルツルで綺麗にお上品な人達よりも、ウリの豊かな感情は手に取り易く、ボクは他人に対してよく感じる未知、に怯える必要も無くウリと話す事が出来ていたることに気がついた。


「じゃあ、あたしの他のモノも洗っていい?」


 簡単に解決案を示すウリに感心しながら、今までとは違うモブである筈の他人を、ボクはしげしげと見た。


「ウリ」

「なに?」


 名を呼ぶと嬉しそうに答える。


「ウリ」

「なに?」


 それでも嬉しそうに答える。


 限りのあるボクの物語りに突如として現れ、ウリと言う名を持つ事になった この少女が、いったい物語りの中でどんな役割を果たすのか、それは分からない。

 分からないながらも、


「使い方分かる?」


 洗濯機を指差しながら訊ねると、


「分かるよ!」


 ウリは楽しげに怒った。

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