第8話 コーヒーを飲む子狸

 ベットでウリの起きる気配がした。ボクの借りているアパートの部屋は一応、二つの部屋になるが、それは天井と床にあるレールに、普段は壁に収納されている間仕切りを並べて行く作業をしなければならない。

 大した手間では無いと思うが、壁と呼ぶには余りに薄いそれを、一人で住んでいるボクは使ったことがない。


 対面式のカウンターキッチンからは、おおよそ16畳くらいのスペースが見渡せた。

 キッチンから見て右奥にベットが、……全部が見えている訳では無くて、こんもりと盛り上がった、掛けフトンの頂上が見える。その頂上のガサゴソと揺れる 揺れ具合を見てボクはウリが目を覚ましたと判断した。


 ベットは頭が壁側になるように配置されている。壁の上部、天井より30㎝くらい下には採光用の、縦幅は短く 横に長い窓が取り付けられていた。

 今朝も、その窓には雨粒が何度も「おはよう、おはよう」と繰り返し打ちつける。


 ——今年の梅雨は、梅雨らしい。


 今年は水不足の心配は無いなと、電気ケトルの水蒸気が上がるような、すぐ霧散してしまう事を考えていると、ガサッ。ガサッ⁈ ガサガサ⁈

 ベットから、完全に覚醒したウリの音がした。

 

 音だけでも驚いているのが分かる。ボクは最近見た動画の、アライグマが綿アメを洗う時の様子を思い出した。

 何でも洗っちゃうアライグマは、綿アメも洗ってしまう。もちろん綿アメは水に触れれば直ぐに溶ける。しかし、それを理解できないアライグマは、——ハッ⁈ としたように、手を水底にペタペタと何度もつけて探すのだ。

 

 ペタペタとガサガサ。音の大きさはかなり違うが、掛けフトンの下でアライグマのような……、子狸のような、とにかく それ系のウリが、状況を把握し切れずに動き回っているのが分かる。


 音はすぐに止まり、ガバリッ!と掛けフトンが跳ね上がった。ついで起き上がったウリが周囲を見回し、ボクと目が合うと、ようやく状況を理解したのか……


「あ、おはようごさいます」


 タメ口でしつこい雨とは違い、なぜか、敬語で朝の挨拶をする。


「おはよう……」


 ボクはウリとの距離感をつかみ損ねて、おはようから後の言葉を失った。

 二人分のコーヒーを淹れるくらいの時間は黙り、コーヒーを淹れ終えた後。ウリもどうぞ。そう言う意図で、ウリの名を呼びながら、カップをウリからも見えるように上げる。


「ウリ」


 抱え切れていないが、掛けフトンを抱きしめて、ボーッとボクの様子を見ていたウリは、ウリと呼ばれた途端、満面の笑みを見せた。


「ありがと!チキ」


 バサリッ と勢いよくフトンを剥ぐと、タンッ と軽くベットから降りて、タタタッ と近づいて来る。


「なにを作ってくれたの? コーヒー? ……うわぁ、真っクロ」

「ブラックはダメ?」

「うん。ダメ」


 スッピンのウリは益々、子狸のようだった。その子狸のためにミルクを冷蔵庫から持ってくる。


「コーヒー自体は飲めるの?」


 ——そう言えば、昨日もイチゴミルクを選んでいたな。

 ボクはそんな事を考えていたが、


「うん。普通に飲むよ」


 ウリは違う事を考えていたらしい。


「ねぇ。よく覚えないんだけど、した?」


 —— 下? 舌?


 ボクが質問を理解していないことに気がついた優しいウリは、分かり易いようにかなり露骨に言い直してくれる。


「チキのおち◯ちんを、あたしのマ◯コに入れた?」


 口元まで運びかけたコーヒーを止めて、目をしばたたかせる。

 その視線の先には、ボクのTシャツを着ただけの、ウリの胸の二つの突起があった。


 その視線に気がついたウリは、サッと空いている腕で胸を隠す。


「スケベ」


 ——たぶん、ボクは悪くない。

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