第6話 シャワーの代金

「あたし、クサいんだよ」

「えっ?」

「家出して、何日もシャワー浴びてないから、クサいんだ、だから近づきたくない」

 

 ボクは大した理由もなく、雨の降って来る方を見上げた。

 ウリも同じく、曇天を見る。フードがズリ落ちて、晒け出されたウリの顔に雨が落ちる。ボク達はしばらく落ちてくる雨を見ていた。

 ウリが何かに気がついたように、そして驚愕したように言葉を発した。


「まさか、チキンくん、鬼のようなこと 考えてる? 」

「雨で洗えばいいじゃん。って? それもいいけど、雨量が足りない」

「……鬼」

「ウチでシャワーを浴びる?」

「……神」

「えっ? 本当に付いて来る気?」


 別に貸すのは構わなかったが、ホイホイ付いて来てしまう事に驚いた。

 ウリはまた俯く。口を尖らせている。ボクは拗ねる時に、本当に口を尖らせる人を、この時、初めて見たかもしれない。ウリが拗ねていたかどうかは分からないが、つま先で道路の砂利を右に、左に、意味もなく払っている。その姿からも拗ねているように見えた。

 顔を晒け出したウリの印象は一言でいえば「子狸」である。タレ目で、今はしょぼ暮れているが、なにやらいつでも悪戯を考えていそうな、可愛らしい顔立ちをしていた。


「シャワーは浴びたいけど……なんかしなきゃダメ?」

「なんかって?」

「……お礼」

「いや、要らないよ」

「お金持ってないんだ」

「うん? だから要らないって」

「その……、払える物が一つしかない」


 ボクは察しが悪いので、ウリが何を言っているのか、分からなくなった。ウリの砂利を払う速度が上がって行く。


「それで払ったら、お釣りをくれるかなって……」

「それって?」

「あっ! でもそう言う支払い方は今までしたことないよ? 知り合いの所に寝泊まりしてたし、お金が底を付いたのは最近だし……」


 ウリの方では会話が噛み合っているようだが、ボクの方では会話が噛み合っていなかった。こちらが何を判っていないのか、ウリに分かってもらうために強く、けれども怖がらせないように訊く。


「ちょっと待って、それって、なぁに? 何で支払うつもりなの?」


 ウリの運動能力の限界のスピードまで上がったと思われる、足を左右に動かす行為がピタリと止まった。


「鈍チン……、チキンな上に、鈍チンだ」


 ウリは大きく息を吸い込んだ。それくらい息を吸い込まないと、言葉が出てこないと言う風に、これでもかと言うくらいに息を吸う。それから、その息を、言葉と共に一気に吐き出した。


「体だよ! 体で払う! そんなこつぁうぅわぁ」


 ボクは慌ててウリの口を塞いだ。

 雨の日で通りが少ないとは言え、おやつの時間と言われる可愛い時間帯だ。そんな時間に大声で叫ぶ内容では無い。ならば何時なら、ウリのセリフを叫んでも良いのかと問われると、そんな時間は無いのだが、とにかくボクはウリの口を手で塞いで、辺りを見回した。

 ウリは近づかれたく無いと言っていたのに、ウリの行動がボクを近づけてしまう。ウリからは良い香りがした。が、香りはかなりキツく、その中には確かに汗の臭いのような、酸っぱい臭いが混じっている。後からウリから聞いた話しだと、薬局で柔軟材の香りのテスターをぶっかけて、誤魔化していたそうだ。

 モガモガと暴れるウリ。これでは、まるでボクが人攫いのようである。落ち着かせるためにウリの耳元で囁く。


「分かった、何で払うにしろ、とりあえず一旦はシャワーを浴びなきゃダメだろ? 商談はそれからだ。キミも出来れば綺麗な形で商品を提供したいでしょ?」


 モガモガと暴れていたウリが大人しくなる。ボクがそっと力を抜くと、ウリはボクを突き飛ばした。商品扱いしたことを怒られるかと思ったが、ウリが気にしたのはそんな事ではない。


「臭かった?」

「ううん、でも、シャワーは浴びた方がいいと思う」

「臭かったんじゃん」

「そんなに気にすること無いよ、生きてれば誰でも汚れる。汚れたら綺麗にすればいい」


 ボクが手を差し出すと、ウリは少し迷ってからボクの手を取った。手を取りながら名を告げる。


「ねぇ……、宇貫うぬき 理多りた

「うん?」

「あたしの名前だよ」

「あぁ、可愛い名前だね」

「うわぁ、テキトー。まぁ、いいけど。……キミの名前は? ……なんて言うの?チキンくん」

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