第3話 冷たい雨と眼

 この平和なご時世の日本において、

 ––––ねぇ、あたし生きてるでしょ?

 こんな質問に、問われ慣れている人は いないんじゃないだろうか。

 鏡を見ながら、

 ––––自分は、うまく笑えているかな?

 自分自身からの そんな質問に、問われ慣れている人は多そうだけれど……

 つまり、問われ慣れていない質問をされたボクは、見たままを答えるしかなかった。

「うん、生きているよ」

「だったら、そんなビビんないでよ」

「あぁ、うん。……ごめん。紫陽花が……」

「紫陽花?」

 ウリが自身の横にある花を見る。追うようにボクも紫陽花を見ると、花弁からは雨の雫が、後から後から溢れている。

 雫はまるで花弁の奥から溢れて来るようであり、微かな光を刹那に反射して、煌めいてから落ちて砕けていく。それを見てボクは、生まれて初めて、紫陽花を綺麗だと思った。


「——なにそれ。なんて言う特撮よ。こんな可愛い子を捕まえて、怪人だなんて失礼だよ」

 ボクが驚いた理由を言い訳がましく伝え、それを聞いて、笑い終えたウリが、笑い終えたと同時にシームレスに怒る。

「なんてねぇ。あたしにじゃなくて、紫陽花に謝れだよ。キミも…… TVも…… にしても、尻もち着くかな?」

 ウリは既に立ち上がっていたが、その小さな身長のせいで、質問の最後に、クイッと、ボクの事を見上げなければならなかった。

 座っている時は、気が付かなかったが、ウリはリュックを背負っていて、それはかなり膨れ上がっている。

 —— 家出かな?

 ありがちな事をボクは考えた。

「驚き過ぎて、驚かしたのはゴメン。キミが何をしてるか分からないけど、気を付けてね」

 厄介事に巻き込まれる前に、立ち去るつもりで、ウリにも関わり合いたく無い事を示したつもりだったが、歩き出したボクの後ろをウリは付いて来た。

 —— ウソだろ?

 振り向いて睨んで見る。

「……なによ。行く方向が一緒なんだよ…… たまたま」

 一旦はしょぼくれたウリだが、どこからか、何かをロードしたらしい、再び顔を上げた時は、目をキラキラさせていた。

「ねぇ? チキンくん、一人で歩くのは怖いでしょ? ホラ、ここの道、紫陽花がずっと植ってるし、途中まで一緒に歩いてあげるよ」

 押し売るにも、雑過ぎる。

 —— 面倒くさいことになったな。

 

 きっとボクは、冷ややかな目でウリを見ていたはずだ。

 優しさなんて無い。同じ事になったら、今でも同じ事を考える。

 でも、それだからウリは、ボクに付いて来たのだろう……

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