神崎彩月②
中学に入ってから勉強を頑張り始めた僕は、卒業前には学年トップ十位以内にはいつも入るような学力になっていた。なぜそんなに勉強を頑張ったのかというと、彼女と会う以外は暇で仕方がなかったからだ。何もすることがないなら勉強でもするか、というのを続けていたら今の学力まで成長した。というのは建前で、本当は彼女と同じ高校に行きたかった。中学三年に成りたての頃、彼女は高校は公立に行くと言っていたのを思い出した僕は中学校生活最後の年、さらに勉強を頑張った。やはり僕には彼女が必要だったのだ。ずっと一緒に過ごしていなかった。けれど絶対に恋愛的な感情はなかった。それは断言できた。
とはいえ、晴れて彼女と同じ高校に合格した後の春休み。買いたてほやほやの制服で彩月と遊ぶことになった。三年生の間は受験勉強のため、二人とも暗黙の了解で遊んでいなかったのだ。だから一年ぶりに遊ぶことになる。今回は映画ではなく、四月から通うことになる高校までの散歩。
あいにく曇天模様だったが、天気予報では降水確率ゼロパーセントだったので雨の心配はいらないだろう。
いつもの駅で待ち合わせをし、高校へ向かった。背はたった一年会わないだけでこんなに変わるのかというくらいに僕の方がうんと大きくなっていた。それにセーラー服がとても似合っていた。彩月の中学はブレザーだったので、彼女のセーラー服姿は初めて見る。
「久しぶりだな」
「そうだね」
そんなセリフから始まった会話は、お互い会っていなかった一年間についてだった。どんな風な勉強をしたか、嫌いだった教科、勉強中に聞いた曲。明日から彩月は家族と合格祝いに旅行へ行くという話も聞いた。ネタが尽きることはなく、気づいたら高校に着いていた。
校門の両脇にある桜の木は満開であり、晴れていたらきっと綺麗だったろう。
「もうすぐ毎日ここに行くようになるんだな」
「そして一緒に行けるようになるんだね」
まだ部外者なので敷地内に入ることはできない。だから僕らは校門を見上げた。
「せっかくだし、写真撮ろうよ」
彼女は買ってもらったばかりのスマホを鞄から取り出し、僕に校門の前に立つように言った。
「え、嫌だよ。ましてや一人だなんて」
「嫌とか言わせないし、一人じゃないよ」
彼女は僕の隣に入って来て横向きに持ったスマホを掲げる。
「ほらカメラ見て!」
彼女は満面の笑みとピースをしていたが、僕は若干俯き気味で目が死んでいた。彼女の笑顔の明るさと満開の桜のピンクがそれを際立たせていた。最悪だった。だから写真は嫌だと言ったのに。
「まあ、修君らしいし、これでいいや」
「それどうするつもり?」
「ホーム画」
「えー……」
あとでLINEで送っとくよ、とかなんとか言いながら二人の写真が背景画像に設定されたスマホの画面を見せてきた。すごく恥ずかしいがなんとなく嬉しい気がしないこともない。
周囲を適当に散策し、来た道を引き返す。
何か冷たいものが頭に当たったかと思うと、肩や脚にも同じ感覚がし出してそれが雨だと気づいた。天気予報は曇りのはずだったが……。
にわか雨だろうと思っていたが、だんだん雨脚が強まって来たのでさすがに無視して帰るのはできそうになかった。どこかで雨宿りをした方がいいだろう。
「あ、あそこの公園の東屋にしよう」
彩月はそう言って僕の手を取り、水たまりを避けながら屋根の下を目指した。
※ ※ ※
「その東屋って……」
「そう、ここ」
今まで正面を向いて僕の話を聞いていた優香がこちらを向いた。けれど僕は優香の方を見ることはせず話を続けた。
「そして、ここに座って彩月はこんなことを言ったんだ。『私は修君と恋人になりたくはないけど、お互い大人になるまでひとりぼっちだったら一緒になろうよ』って。ここまで支え合ってきて、恋人を通り越そうだなんて馬鹿げてると思ったよ。でも僕だって恋人になりたくなかった。そしたら僕らの関係はきっと崩れる。それだけは絶対に避けたい。だから僕は『ひとりぼっちだったらね』と答えたんだ」
その後、彩月は「絶対ひとりぼっちだよ」と言って大声で笑った。雨が上がると、僕たちは新しい制服がびしょびしょに濡れていたので次の雨が降らないうちに帰ることにした。
「それで?」
優香が話の続きを促したが、僕は一度深呼吸をする。
「次の日、彩月は旅先へ向かう高速道路で居眠り運転の大型トラックに追突されて家族全員死んだ」
あまりのショックで入学式当日を含め二か月くらい学校を休んだ。家で勉強はしていたので、復帰して困ることはなかったが、胸に空いた空洞は拡大していく一方だった。
「……え」
優香は悲傷的な表情の顔をして、手を口にやった。そして心底申し訳なさそうに僕に謝った。
「ごめん……そんな話思い出したくなかったよね……」
「ううん。気にしなくていいよ。僕だって初めてこの話を他人にできて少しだけ気が楽だよ」
言った後、僕はしまったと思った。うっかりというと軽く聞こえてしまうのだが、本当にうっかり出てしまった。優香は「他人ねぇ……」と俯き、スカートの上に乗せていた手に力が入っているようだった。ごめんと謝ろうとした刹那、優香はクラウチングスタートをする陸上選手のような勢いで雨の中へ飛び出した。二、三メートル先で止まり僕の方を振り返る。雨がどんどん優香のセーラー服を濡らし、直視するのが気まずかった。けれど、顔つきが変わった彼女からぼくは目を離せなかった。
「私は他人じゃ嫌だ!」
ここまで大きな声を出せるのかというような声量に驚いた。彼女はまだ続きを話しそうだったので僕は黙ったまま話を聞く。
「恋人になんかならなくたっていい! 私と友達になってよ! 君が私を避ける理由がなんとなくだけどわかったよ! でも彩月ちゃんはもう帰ってこないんだよ? 忘れろなんて言わない! でも前に進まなくちゃいけないよ!」
胸に矢が何本も刺さったような感覚が僕を襲った。だんだん優香を見ることができなくなり、かなり痛かったがそれでも優香は弓を引き続ける。
「修君、多分、今年初めて私と同じクラスになったって思ってるでしょう? ひどいよ! 一年生の時から同じクラスだよ!」
僕はその事実を聞いて頭を上げた。
「え?」
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