島崎優香
小学校、中学校、と友達作りに失敗して、高校こそはまず隣の席の子から話しかけようと思って入学式に臨んだ。だからその春の挑戦の日の朝も大好きなDivntiamo Amiciの応援歌『ダイアモンド』を聞いて向かったのに行ってみてびっくり。なんと隣の席の子は休みじゃないか。私はそれだけで焦って、前後の人に話しかけるという手段を思いつかなかった。
おかげで高校デビューは失敗したが、その隣の席の子はどんな子なのだろうと考えるのが毎日の楽しみになっていた。どうして休んでいるのか、先生は教えてくれなかった。きっと何か深い事情があるのだろうと勝手に想像しながら毎日、彼がやってくるかどうか楽しみにしながら学校へ行った。
二か月くらいたち、ついに彼が、伊藤修君が学校に来た。思っていたよりハンサムで男らしい顔でびっくりした。この頃になるとすでに二回目の席替えが終わっており、私と修君の席は結構離れていた。話しかけるタイミングを伺っていたのだが、またまたびっくり。彼は授業中以外はウォークマンを聞きながらうつ伏せ手寝ているのだ。まったく驚かされてばっかりだ。
ある日の昼休み、『外活動習慣』なんて生徒会の陳腐な活動のおかげで、隊長の悪い生徒以外はグラウンドに駆り出され遊んでいた。半ば強制の活動だったが、教室に残る者もいた。しかしそれは数人だ。そしてこのクラスでは私と修君だけが残っていた。たまには私から驚かせてやろう、と窓側で日向にある修君の前の席に私は座る。ウォークマンの音量を上げてみようかな、と手に取ってみると『Diventiamo Amici』の文字が目に飛び込んできた。まさか、このバンドを知っている人が私以外にこの学年にいたなんて! しかも同じクラスではないか!
またもや驚かされたのだ。私は驚かす気力を失くし、自分の席へ戻った。それから話しかけるタイミングを見失って、せめて席替えで隣になれればと思ったがそれも叶わず、一年生が終了してしまった。
せっかく同じ趣味の人を見つけられたのにな、と思っていたらまたまたまた驚かされた。また同じクラスではないか。しかも席が隣! ちゃんと学校に来た! 本当に彼は人を驚かす天才だ。しかも寝ずに起きていたので話しかけようとすると、何か避けようとするではないか。面白い人だ、とさらに興味が湧いた。そしてこの人と友達になりたいとさらに強く思うようになった。
それから彼に話しかけるタイミングを絶対に逃さないために、彼と同じ行動をとってみることにした。
彼が寝れば私も寝て、図書館に行けば私も行く。気づかれないようにやるつもりだったが、完全にバレているようだった。私を警戒しているのがよくわかる。まったくそれが去年も同じクラスだった人に対する態度かい。
だがイライラすることはなかった。むしろ楽しかった。小学校、中学校では味わったことのない経験だ。
そしてついにチャンスが来た。雨が降っているのに、傘を持ってない修君に話しかけることができた。
「傘、入る?」
セリフがセリフだったのでとてつもなく恥ずかしかったが、彼は私の隣に入って来てくれた。
彼の過去を知った時はさらに衝撃だった。修君にあんな友達がいただなんて。しかももうこの世には……。初めて話した子なのに、とても感情移入してしまって、私はいても立ってもいられなくなった。
私は彼と友達になるべきだ。
そう思って私はありったけの力を込めて叫んだのだ。
「私と友達になってよ!」
※ ※ ※
衝撃だった。優香にもそんな過去があったなんて。だから僕は彼女も僕を理解してくれるかもしれないと思った。きっと、僕らは上手くやっていける。僕は彩月の分まで生きないといけない。でも、一人では無理だ。
僕は、一歩踏み出した。雨の中へ。水たまりに白いスニーカーが浸かったことなんて気にしなかった。
「Diventiamo Amici」
僕は彼女にそれだけを言った。彼女ならきっと理解してくれるはず。優香は彩月の代わりにはなれない。けれど、優香はわかってくれるはずだ。優香は優香として、僕を救ってくれるだろう。僕も優香を彩月の時のように助ける。僕らは助け合わなきゃ生きていけないんだ。そうでないと胸にある空洞が肥大し爆発する。
「ありがとう」
優香がほほ笑むと、雨は止んで濡れた公園を日の光が照らし始めた。僕も笑い返し、「こちらこそありがとう」と答える。
彩月は僕らを見ているだろうか。彩月もいたら、僕らはとても仲のいい三人になれただろう。そういえばDiventiamo Amiciの意味を教えてくれたのは彩月だったな。でも、もういないから。それなのに僕は、僕らは一人で生きていくには弱すぎるから。
せめて一生懸命支えあって生きる。
Diventiamo Amici——友達になろう
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