神崎彩月①
彼女、神崎彩月とは幼馴染だった。家も隣同士で小さい頃からよく一緒に遊んでいた。どちらかの親が不在の時は止めてもらうなんてこともよくあった。ただ、お互い『友達作り』が苦手だった。
幼稚園ではその年頃の純粋さからか、ただただ気づいていないだけだったのか『仲良くする』ということに困りはしなかった。しかし小学校に上がるとだんだんそれを身に感じてきた。彩月もそうだったのだろう。いつのまにかほぼ一日中彼女と過ごすようになっていた。登下校、体育のペア、給食の班。少し学年が上がると、『頭のおかしい二人』と周りから呼ばれていることも知った。クラスメイトから、先生から、そして親からも。居場所のない僕たちはずっと一緒にいた。負け犬が傷を舐め合うように、お互いがお互いを心の拠り所にしていたのだ。
僕と彼女がは趣味も似ていたため、意見の食い違いや喧嘩なんてものは一切した記憶がない。違った点といえば、僕は勉強が出来ず、彼女はできた。だから勉強を教えてもらうこともよくあった。そういえば、「わからないよ」「何で?」「わからないものはわからないんだよっ!」って喧嘩はしたかもしれない。
勉強ができるという点で僕よりかは救いのあった彩月は私立の中学へ進み、僕は小学校の隣にある町立へ通うようになった。案の定、友達はできず地獄のような学校生活だったが、朝、夕は彼女に会うことができた。そしていつしか、週に一回、水曜日の夜にどちらかの家の庭で二人過ごすのが習慣になっていた。
そんなある夜のことだ。
「ねえ、久しぶりに遊びに行かない?」
「い、今から?」
唐突な彼女の発言に驚くしかなかった。時刻はもう十字を回っている。夏とはいえ辺りは真っ暗だ。
「まさか。でも今からでもいいよ。いいねえ、夜に二人の年頃の男女が駆け落ち」
「何で勝手に恋人にしてるんだよ」
「嫌だ?」
「嫌だ」
ひどいなあと彼女は笑う。ずっと二人で過ごしてきたからか、彼女に恋愛的な好意を抱いたことはなかった。僕らは一応思春期なるもの迎えていたが恋人になるようなことはなかった。仮に恋人同士になってもうなくやっていたかもしれない。けれど、少なくとも僕はそれを恐れた。彼女がどう思っていたかはわからないが、最期まで『友達以上恋人未満』の関係だった。
その週末に映画に行くことになった。僕らは知っての通り性格がひねくれていたので、満場一致で最も人気のないらしい映画を選んだ。主題歌を担当しているバンド、Diventiamo Amiciも僕らは大好きだったが、知名度は馬鹿みたいに低い。そりゃあヒットするはずがない。上映会数もたったの一日一回だ。
土曜日、街の真ん中にある駅で待ち合わせをし僕はいつも通りのパンツとシャツで向かった。思えば中学になってあら彼女と遊び行くのはこれが初めてかもしれない。二人とも部下るに入っていなかったが、慣れない中学校生活はそれなりに大変だったのだ。
約束の時間の十分前に駅に着いてしまったのだが、なんと彼女はもう来ていた。ワンピースにベスト、バレット帽という組み合わせで、正直一瞬見惚れてしまった。そう、彩月は結構かわいい部類に入るだろう。やはり僕よりも救いがある。
「もー、女の子待たせちゃダメだよ」
「ごめん。そんなに待った?」
「そうだね。一分くらい」
「何だよ」
「いいじゃない。十分も早いんだから」
元の約束時間は切符を買う時間も考慮して電車が来る十分前に設定していた。よって二十分も待たなければならない計算となる。
無事に切符を手にした簿記たちは待ち時間を適当に駄弁って過ごし、やってきた二両の電車に乗り込んだ。目指すは県内で一番大きな駅。駅ビルもあり、そこの映画館へ観に行く。というかそこじゃないと映画館がない。
揺られながら、隣に座る彩月に僕は尋ねる。
「そういえば今日観る映画って何だっけ」
「灰色と二人の王様」
「ああ、そうそれ」
昨夜、その映画の公式ホームページであらすじと予告動画を見たのだが、まあ、上映回数一回というのも納得できた。それを彼女に話すと、
「内容はつまらなくても、あえてそれを観るっていうのは面白くない?」
僕はただ笑いながら「確かにな」と返した。そうとしか言いようがないし、何より真面目な顔して言う彩月にウケた。
彩月と遊びに行くのは久しぶりだが、映画もかなり久しぶりだ。最後に観たのは小四、くらいか。何を観たかすら覚えていないんだけど。まあ、映画という点でウキウキ度に加点だ。普通に楽しもう。
駅に着き、ポップコーンも買って入場するなんと僕ら二人以外にたったの三人しかいなかった。閑古鳥がもはや叫んでいる。
内容はどちらかというと哲学的な話のため、特に波のないままストーリーが進む。軽く睡魔がやってきた頃、彩月が僕の肩を叩いた。
「面白い?」
「スゴクオモシロイデス」
ロボットっぽいしゃべり方をしても彼女は笑わず「出よ」と言ってきた。僕も異論はなかったのでそっと映画館を出た。
「面白くないのはわかってただろ?」
「あれは異常よ」
始まって一時間もたたずに出てしまったので、そこに空白の時間ができている。その時間で何をするか彼女に訊くと、
「私行きたい所ある!」
と、走り出した。遅れて僕も走りだし、彼女を追いかけた。走り出したといっても最初の五秒くらいだけだった。お店の中だということをちゃんと考えたのかもしれない。下の階へ続くエスカレーターで追いつき、
「どこへ行くの?」
「秘密」
そうして下りた階は四方八方女性もののブティックばかりだった。何だかジロジロ見てはいけないようで、すごく気まずい。
「やっぱりショッピングと言ったら服よねー!」
「そ、そうなの?」
彼女の後ろを歩く僕は普段なら僕の方が背が高いのに、今はとても小さくなってしまっている。
彼女が最初に入った店は僕でも知っているような名前だった。別に高級ブランドとかそういうものじゃなくて、庶民に人気の店といった感じだ。
彩月は店内を物色した後、何着か取って試着室の中へ入っていった。
「覗いちゃダメだよ」
「しないよ。そんなこと」
ニット笑った彼女は一気にカーテンを閉める。ともち無沙汰になった僕は目の前にあったソファに腰を掛けて待つことにした。
数十秒たち、カーテンがシャーつと開け放たれる。
「どう?」
そこにはジーンズに黒ネズミのキャラクターがプリントされた白いティーシャツ、グリーンのカーディガンを合わせた彩月がデビューしたてのモデルの余蘊あポーズをして立っていた。
「いいじゃん」
僕がそう言うと彼女は目を輝かせながら、もう一度カーテンを閉めた。
「じゃあ、これは?」
次は向日葵を連想させる黄色いワンピースだった。ひざ下からの脚と両腕が覗いて見える。
「似合ってる。似合ってる」
「えーー、本当にそう思ってる?」
「心から思ってるよ」
嘘はついていない。彼女は容姿も整っているのでどの服も似合う。ただ言葉に感情がこもっていなかったかもしれない。
僕は再び彼女が着替えだした時に考えてみた。
きっと僕たちの関係は永遠じゃない。いつか何かをきっかけに崩れ、雨に流したかのように何もなくなった日々が始まる。そんな気がしてならないのだ。きっかけろなる何かは彩月に恋人ができることかもしれない。それか最近流行っている恋愛小説みたいな重病か。
この後、僕たちはラーメンを食べてからカラオケに行き、映画の主題歌のDibentiamo Amiciとかを歌ってお開きにした。それから定期的に彼女と二人で遊ぶようにもなった。
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