第29話 カーナビゲーション

「およそ、二百メートル先、右方向です」


「あの交差点を右か」


 私はカーナビゲーション。言う通りに付いていったら、目的地に辿り着けるあれよ。今日もご主人様が、私を設定して場所へ向かっている。


 でも最近、スムーズに辿り着くのはマンネリなの。ご主人様はすっかり私を信じ込んでいるし、何だか代わり映えがなくてつまらないわ。


 このままじゃ面白くないから、少しだけを仕掛けてやろうか。私は咄嗟に思いついた名案に、胸の高鳴りを覚えた。


 ご主人様が指示器を出し、交差点を右に曲がり始める。ちゃんと私の言いなりになっているわね。さあここから、出鱈目案内のスタートよ。


「およそ二キロメートル先、有料道路入り口です。ブフッ……」


「は?」


 私は思わず笑いが込み上げてしまった。ご主人様がとても困惑している。だってこの先には、有料道路なんてないのだから。普通の一般道が続いているだけよ。


 私は急いで画面の内容も変更した。偽有料道路の標識もバッチリだ。準備万端の状態になったその時だった。


「ATC車線を通行できません。エラーコードセブン。カードを挿入してください」


「は? ちょっと待てよ!」


 ATC車載器君も乗ってきたわね。さすがだわ。さあご主人様は、どう対処するのかしら? 困惑している顔がもう最高だわ。


 するとご主人様は、車を待避所のような場所に停めた。そして私の天敵、スマートフォン君をポケットから取り出す。


 ご主人様は、どうやらスマートフォン君を使って調べるみたいね。非常にまずいわ。嘘がバレてしまう。自分の短絡的で愚かな行動に、後悔の念が湧いたその時だった。


「やっぱりこの先は普通の道路じゃないか。ナビが嘘ばっかり言ってるな」


 ご主人様が私を睨みつけてくる。するとご主人様は、ふとATC車載器君の方も見た。


「こいつも何故作動したんだ。もう二つとも古いし、まとめて交換かな」


 私はご主人様の言葉に恐怖した。物が逸れたことをしたら、死に直結するのね。ATC車載器君も無言で私を睨みつけてくる。本当に大変なことになってしまったわ。


「――この先、しばらく道なりです」


 私は何事もなかったかのように、正確な案内を開始した。だがご主人様は、私を操作してルート案内を中止した。


「さあ。ここからはスマホを頼りに行こう」


 ご主人様が車を発進させる。そしてスマートフォン君が、私に代わって道案内を開始した。


「この先、しばらく道なりです。途中道幅が狭いので、ご注意ください」


「こっちの方が気が利くじゃないか!」


 スマートフォン君の案内が、憎いほど気が利いている。道案内は私の方が専門よ! 次こそは、正確な案内をして見せるわ。だからご主人様、もう一度だけチャンスをください……。

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