第16話 シャッター
二〇二〇年十二月二十五日。
私は新居浜丸世の正面玄関のシャッター。三十年間シャッターとして働いてきた。毎日開店一時間前に開けられ、閉店三十分後に閉められるのが日課だった。
だがそれも、今日で終わろうとしている。
私が設置された全盛期の三十年前は、毎日たくさんのお客様で賑わっていた。休日には、おもちゃを買って貰って喜ぶお子様の姿もよく見られた。市のランドマークになっていたのは、間違いないことだった。
ところがバブル崩壊後、お客様の足は遠のき、休日でも閑散とした日が続くようになっていた。
閉店セールには、たくさんのお客様が来られた。服を買って帰られる方、インテリア用品を買って帰られる方。その賑わいは、三十年前の全盛期よりも凄いものだった。
*
日が暮れて、遂に最後の閉店の時間がやって来た。最後まで、たくさんの方が正面玄関で丸世を見守ってくれている。
「皆様。寒い中、最後まで新居浜丸世を見守ってくださり、誠にありがとうございます。皆様の温かいご愛顧のお陰で、百年という長い歴史を、この新居浜の地で刻むことが出来ました。その溢れ出る感謝の気持ちを込めて、店長の吉野秋子より最後のご挨拶を申し上げます」
アナウンス嬢のお姉さんも、声がうるうるとしている。きっとこのデパートにたくさんの思い入れがあるのだろう。
店長の吉野秋子さんが前に出た。ここの店長さんは珍しく女性の方で、年齢よりも若く見える。後ろ姿から、名残惜しさが伝わってきた。
「皆様、最後までご愛好頂き誠にありがとうございました。本日を持ちまして、丸世新居浜店は営業終了とさせて頂きます。百年という長い歴史を刻めたのは、本当にウッ……」
店長さんが途中で涙ぐんでしまったようだ。目元に手を押さえている。
その時、周りから「頑張って」という声が響いてきた。店長さんが再び顔を上げた。
「申し訳ありません。失礼いたしました。続けさせて頂きます。丸世新居浜店は、本日で終了いたしますが、お客様、そして私たち従業員の心の中で生き続けます。嬉しいこと、悲しいこと、人生には沢山ございますが、その時に丸世を思い出してくだされば幸いです。百年という長い歴史を刻めたのは、たくさんのお客様が支えてくださったお陰でございます。今後とも、営業中の丸世各店舗、三木屋各店舗をどうぞよろしくお願いいたします。皆様本当にありがとうございました」
涙ぐんだ店長さんが後ろに下がった後、クリスマスの音楽が流れ、いよいよ私の出番がきた。従業員さんが頭を下げる。外のお客様からは、拍手や「ありがとう」といった声が聞こえてきた。中には涙を流されているお客様もいた。その間を隔てるように、私はピシャッという音を立てた。
*
翌日、私の体に刻まれていた丸世のロゴが消された。中の片づけをしている従業員さんによると、跡地は未定なのだそうだ。
この日以来、私は名も無き建物のシャッターとなり、丸世のシャッターとして再び開閉することは、もうなかった。
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