第15話 口つむりの官女(ひな祭り編)

 もうすぐ祭りというある日。私は、とある人形店で沢山の人形に紛れて立っていた。


 私は官女。官女の中でも真ん中の段の向かって右にいるのが私。口をつむって、長柄銚子ながえのちょうしを持っているわ。


 ある日、ひな人形を買いに老夫婦がお店にやって来た。他のお人形を見ていて、しばらくして私たちの所に来た。


「この人形いいわね。これにしよう!」


 老夫婦は気に入ったようで、私たちに決めてくれた。


「ありがとうございます!」


 お金もその日に全額払ってくれて帰っていった。


        *


 一週間後、私たちは覆面を付けられて、段ボールの中へ詰められた。いよいよ赤ちゃんの厄落としのお手伝いが出来る。どんな可愛い赤ちゃんだろう? 私は楽しみになって来た。


        *

 

 さらに四日後、私たちは遂に赤ちゃんの家に到着したようだわ。場所は大阪。まあまあ長い道のりだったわ。


 運送会社の人に家の前まで運ばれた。赤ちゃんのお母さんの声が聞こえてくる。私たちを受け取ってくれたようで、家の扉が閉まる音がした。


 するとお母さんは、私たちが入っている段ボールを強めに床の上に置いたようだ。その衝撃が中まで伝わってくる。


「重たい。雛人形なんかいらないて言ったのに!」


 お母さんは確かにそう言った。そして段ボールを開けて、まず最初に私を出した。紙の覆面を乱暴に外される。


「要らないのなら、何か口実を作れば良いのよ」


 そして私の土で白い手を、爪でバリバリと剥がされた。楽しみにしていた私はショックだった。とても悲しい。


 さらにピンクの着物の糸を、ビーッと引っ張られた。表情を作れない私だけれど、泣きそうなくらいショックだった。


 それから老夫婦に、お母さんは私たちが不良品だったことを電話した。そして私たちは返品された。


 厄を落とす私たちの役割は、完全に奪われてしまった。許せない気持ち。腹立たしい気持ち。もう駄目だったから処分されるのか? 様々な心情が入り乱れる。


        *

 

 三日後、私たちはトラックに乗せられ、再び人形屋に帰ってきた。私は不安だった。これでもう終わりかもしれない。するとお店のおばちゃんが言った。


「これくらいの傷なら大丈夫。修理して再び展示しよう」


 嬉しい。またチャンスを貰えた。本当に嬉しかった。


 それから私は修理されて、再び店内に陳列された。


        *


 二日後、赤ちゃんを連れたお客さんが来た。しばらく他の人形を見て、私たちの所に来てくれた。


「これにしよう」


「ありがとうございます!」


 嬉しい反面、今度は大丈夫かという不安に駆られた。だが、今度の人は良い雰囲気の人だ。


 買ってくれた人は、地元の人だったので、お店の人が訪問して飾りに行くことになった。


        *


 三日後、人形屋のお店の人に抱えられ、お客さんのお家の前まで来たようだ。


「こんにちは。お待ちしてました。こちらにお願いします」


「こんにちは。本日はおめでとうございます! 失礼します」


 お家の中の良い匂いが、箱の中まで伝わってくる。何となく次は大丈夫だと思えた。


「こちらにお願いします」


「分かりました」


 それから私たちは、お店の人に順番に並べられた。


「完成しました」


「ありがとうございます。とても綺麗ですね! 大切にします!」


「こちらこそありがとうございます! しっかり結奈ちゃんの厄を落としてくれるよう願をかけております」


「本当に嬉しいです!」


 しばらくして、お店の人は帰って行った。そして先程のお母さんが部屋に戻ってきた。


「結奈を宜しくね」


 お母さんは、私たち一人ひとりを撫でてくれた。嬉しい。良い家に来れて私は幸せだった。


        *


 それから三月三日のひな祭りがやって来た。結奈ちゃんも、今日は機嫌が良い感じだ。私たちがいる部屋で、賑やかに食事会をするようだわ。


「綺麗なお人形さんね!」


 親戚の人たちも来ている。私は誇らしかった。


 それから皆で写真を撮った。これから毎年のひな祭りが楽しみ。末永く宜しくね! 結奈ちゃん。

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