姚萇26 僧砦、師匠と再会

釋曇諦しゃくどんたい。俗世での姓はこう

これはサマルカンド出身の人間に

充てられた姓だと言う。

伝承では漢代ころに

移住してきたのだそうだ。

父親は康肜こうとう冀州きしゅう別駕という、

冀州でもかなり重責にあった。


康肜の妻、こう氏が昼寝をしていたら、

夢の中で、一人の僧が彼女を母と呼ぶ。

そして一本の扇子と、二つの文鎮を渡す。

黄氏が目覚めてみれば、

それらは確かに黄氏のそばにあった。


間もなく、黄氏の懐妊が判明。

その子こそが曇諦だった。


曇諦が5歳になったとき、

黄氏は例の扇子と文鎮を曇諦に見せた。

すると曇諦は言う。


「あぁ、しん王より頂いたものですね」

「!? それをどこに置き忘れたの?」

「それが、覚えていないのです」


10歲になると出家するのだが、

師匠らしき師匠に付くまでもなく、

自力で悟りを開いてしまう。


その後康肜に連れられ、

襄陽じょうようあたりにまで出向けば、

偶然遊学中の僧䂮そうりゃく

つまり、のちの後秦こうしん仏教界のドンに会う。


「おや、僧䂮殿!」


!?


訝しげに思うのは僧䂮である。

まぁ、いくらなんでも無礼にすぎる。


「童子よ、なぜいきなり

 先達の名を呼びつけられる?」


「いやなに、思わず呼んでしまったのはね、

 君が私の弟子だったからなのだよ。


 ほら、覚えているかね?

 君は以前薬草採取に当たり、

 野ブタに傷つけられたではないか。


 それを思い出し、つい声を上げたのだ」



確かに僧䂮、弘覺ぐかくの弟子であったとき、

薬草摘みに出て、

野ブタに襲われたことがあった。


ただ、この時はそれを思い出せずにいた。

なので、なにはともあれ康肜を訪問し、

一体あれはどういうことか、と尋ねる。


康肜がこれまでのことを話し、

合わせて扇子と文鎮を示せば、

ようやく僧䂮の中で繋がるものがあった。


僧䂮、たちまち号泣。


「そうか、我が師、弘覺法師!


 かつて拙僧は師と共に、

 後秦天王、姚萇ようちょうのために

『法華経』について講釈を行った!

 確かにそこで師は、姚萇より

 これらを受け取っておられた!」


弘覺死亡の日から計算してみれば、

まさしく黄氏が例の夢を見た日であった。

そして薬草摘みのこともまた思い出す。

僧䂮の師への思いが、喪失の悲しみが、

こうしていよいよ深まるのだった。




釋曇諦,姓康。諦父肜,嘗為冀州別駕。母黃氏晝寢,夢見一僧呼黃為母,寄一麈尾,並鐵鏤書鎮二枚,眠覺見兩物具存,因而懷孕生諦。諦年五歲,母以麈尾等示之。諦曰:「秦王所餉。」母曰:「汝置何處?」答云:「不憶。」至年十歲出家,學不從師,悟自天發。後隨父之樊、鄧,遇見關中僧䂮道人。忽喚䂮名。砦曰:「童子何以呼宿老名?」諦曰:「向者忽言阿上,是諦沙彌,為眾僧採菜,被野豬所傷,不覺失聲耳。」䂮經為弘覺法師弟子,為僧採菜,被野豬所傷。䂮初不憶此,迺詣諦父。諦父具說本末,並示書鎮、麈尾等。䂮迺悟而泣曰:「即先師弘覺法師也。師經為姚萇講『法華』,貧道為都講,姚萇餉師二物,今遂在此。」追計弘覺捨命,正是寄物之日,復憶採菜之事,彌深悲仰。


釋曇諦、姓は康。諦が父は肜、嘗て冀州別駕為る。母の黃氏の晝に寢るに、夢に一なる僧の黃を母為りて呼び、一なる麈尾と、並べて鐵鏤の書鎮二枚を寄すを見る。眠りより覺むらば兩物の具さに存せるを見、因りて懷孕し諦を生む。諦の年五歲なるに、母は麈尾等を以て之を示す。諦は曰く:「秦王に餉られたる所」と。母は曰く:「汝は何處に置かるや?」と。答えて云く:「憶えず」と。年十歲に至りて出家す。學ぶに師に從わずも、悟りは自天にて發す。後に父に隨いて樊、鄧に之かば、遇たま關中の僧䂮道人に見う。忽ち砦が名を喚ぶ。䂮は曰く:「童子は何ぞを以て宿老が名を呼ばんか?」と。諦は曰く:「向の忽ち言えるは、阿上、是れ諦が沙彌なればなり。眾僧が為に菜を採るに、野豬に傷つかる所を被らば、覺えず聲を失したるのみ」と。䂮は經て弘覺法師が弟子為れば、僧が為に菜を採るに、野豬に傷つかる所を被る。䂮は初に此を憶えず、迺ち諦が父を詣づ。諦が父の具さに本末を說くに、並べて書鎮、麈尾等を示す。䂮は迺ち悟り泣きて曰く:「即ち先師の弘覺法師なり。師は經て姚萇が為に『法華』を講じ、貧道が都講を為さば、姚萇は師に二物を餉る。今、遂に此に在す」と。弘覺の捨命より追計せば、正に是れ寄物の日なれば、復た採菜の事を憶え、彌いよ悲仰は深し。


(高僧伝7-31_術解)




面白い話だとは思うんですが、「えらい法師の師匠の身に転生の奇跡が起こってる、ねぇ? へぇーそりややんごとねーですわねーふーん」と生ぬるい笑顔を浮かべずにはおれないのですわよね。


この辺の手口、なんつーか、やっぱり中国史だよなぁ、って。

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