跋陀羅6 陳郡の袁豹  

南朝名族、陳郡ちんぐんえん氏。

その一員である袁豹えんひょうは、

劉裕りゅうゆうの副官として仕えていた。


劉裕が劉毅りゅうきを討つため西に出るとき、

袁豹もまた従軍し、江陵こうりょうに出た。

そんな袁豹のもとに、ブッダバトラ、

弟子の慧觀えかんを伴い、乞食の為に訪問。


ただこの袁豹、あまり敬虔ではない。

そのためブッダバトラらに与える食べ物も、

非常に些細なものでしかなかった。

そのためブッダバトラ、袁豹のもとから

さくっと退出しようとする。


「満腹には至っておられぬようですな。

 いま少しとどまられては?」


そう袁豹が言うと、ブッダバトラも言う。


「そなたの信心では

 ここまでが限界でしょうな」


あ? 俺の信心がチョロいってのか?

やってやんよと袁豹、更に食べ物を出す。

しかし一瞬にして食い尽くされる。


このため袁豹、己の信心の浅さに気付き、

大いに恥じ入った。


袁豹、慧觀にこっそりと聞く。


「君のお師匠、何者だ?」

「やべーっす。よくわかんねーっす」


オウフ……やばたん……


このため袁豹、やべー僧がいるんです、と

劉裕に紹介した。

すると劉裕、すぐにブッダバトラを招聘し、

やり取りを交わすと、たちまち尊敬。

盛大にブッダバトラを支援した。


劉裕が建康けんこうに帰還しようかという時、

ブッダバトラにも一緒に来ないか、と誘う。

しかしブッダバトラは江陵の寺、

道場寺どうじょうじにとどまることを選んだ。


ブッダバトラの振る舞いは戒律に従い、

質素そのもの、決して世俗におもねらず、

その志は常に

玄遠なる境地の探求に向いていた。


建康にいた二人の僧、

僧弼そうひつ寶林ほうりんとの手紙によるやり取りには、

このように書かれていた。


「道場寺のブッダバトラ様はヤバい。

 インドに何晏かあん王弼おうひつがいたかのようだ」


そのような感じで、

ブッダバトラは讃えられていた。




時陳郡袁豹,為宋武帝太尉長史,宋武南討劉毅,豹隨府屆于江陵。賢將弟子慧觀詣豹乞食,豹素不敬信,待之甚薄,未飽辭退。豹曰:「似未足,且復小留。」賢曰:「檀越施心有限,故令所設已罄。」豹即呼左右益飯,飯果盡,豹大慙愧。既而問慧觀曰:「此沙門何如人?」觀曰:「德量高遠,非凡所測。」豹深歎異,以啟太尉。太尉請與相見,甚崇敬之,資供備至。俄而,太尉還都,請與俱歸,安止道場寺。賢儀範率素,不同華俗,而志韻清遠,雅有淵致。京師法師僧弼與沙門寶林書曰:「鬪場禪師,甚有大心,便是天竺王、何風流人也。」其見稱如此。


時に陳郡の袁豹は宋武帝が太尉長史為り。宋武の南に劉毅を討てるに、豹は隨府し江陵に屆る。賢は弟子の慧觀を將い豹に詣で乞食す。豹は素より敬信せざれば、之を待すこと甚だ薄く、未だ飽かずして辭し退らんとす。豹は曰く:「未だ足らざるに似たり、且しく復た小しく留まるべし」と。賢は曰く:「檀越が施心に限有らば、故に令し設かしむる所は已に罄きたり」と。豹は即ち左右を呼びて飯を益せど、飯は果して盡くらば、豹は大いに慙愧す。既に慧觀に問うて曰く:「此の沙門は何如なる人か?」と。觀は曰く:「德量高遠にして、凡そ測れる所に非ず」と。豹は深く異なるに歎じ、以て太尉に啟す。太尉の與に相い見えんと請うに、甚だ之を崇敬し、資供の備われるは至る。俄にして太尉の都に還ぜんとせるに、俱に歸さんことを請えど、道場寺に安止す。賢は儀範率素にして華俗に同じからず、志韻は清遠にして、雅より淵致を有す。京師の法師の僧弼と沙門の寶林は書に曰く:「鬪場の禪師に甚だ大心有り、便ち是れ天竺の王、何が風流の人なり」と。其の稱うらるを見るは此の如し。


(高僧伝2-27_賞誉)




伝記記述なんて所詮記述者の主観でしかないし、「道教に傾倒した過ちを悔やみ冦謙之こうけんしを族滅した」みてーな雑な記述をしくさる高僧伝の言う「劉裕が尊敬した」なんてセリフにどんだけ信憑性があんのだ、って感じではあります。ただ戒律に厳然と従うブッダバトラの振る舞いって、ザ・プラグマティストたる劉裕にとって心地の良いものであったのは間違いのないことだとも思うのですよね。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054891500185/episodes/1177354054893996089


袁豹についてはこのあたりを拾うといいのかもしれません。高僧伝を読む人々が宋書斉書あたりをきっちり読んでたと踏まえれば、劉毅征伐の翌年に急死した袁豹については「ブッダバトラ様を雑に扱ったことの仏罰が下った!」的解釈も叶うわけです。高僧伝の成立って 519 年らしいですし、420 年に成立した劉宋の伝記は、まだまだ一般教養として認識されていたと思うのです。

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