僧肇3  廬山の劉遺民  

廬山ろざんに住んでいた隱士の劉遺民りゅういみんは、

僧肇そうちょうが書いた般若無知論はんにゃむちろんを読み、

感嘆して言う。


「なんと、僧に何晏かあんが現れたか!」


そうして慧遠えおんにこれを見せに行く。

慧遠も机をこすりながら、言う。


「こんなものが現れてしまったか!」


そして二人で食い入るように熟読玩味し、

ついにはラブレターまでしたためた。


ラブレターは、こう始まる。


「あなたの論は、エモい!

 尊くて逝ってしまいそうだ!


 近頃は寒いが、お加減はいかがか?

 この遠く隔たれた距離が、

 あなたへのトキメキを募らせるのだ。


 この不肖の弟子共は

 俗世でひーこらしておるが、

 長安の皆々様がつつがなき事を祈る。


 あ、ちなみに鳩摩羅什くまらじゅう様はお元気?」


以降素敵だけど疑問が残ったので

そこを質問させてほしいとか、

そのような内容が続くが、略。


あと高僧伝も、

質問の内容そのものはカットしている。


これに対し、僧肇もお手紙を出した。


「お目にかかったことはございませんが、

 どのような方々なのだろう、

 と思いを募らせずにはおれません。


 頂戴したご書面、及びご質問を

 繰り返し、繰り返し、

 読み返させていただきました。

 それはまるで手紙を通じ、

 対面できたかのような喜ばしさでした。


 まこと、寒風は身に染みますね。

 貴方様がたの日常に

 障りはございませんでしょうか?


 私自身はひーこらしていますが、

 みんなは元気ですし、もちろん

 鳩摩羅什師匠もご健勝ですよ。


 なにせ姚興ようこう様と来たら

 生まれながらの仏教ラヴ故に

 そのご理解は深くあらせられます。

 長安城では手厚く仏教が保護され、

 むしろその布教こそを努めとすら

 されております」




時廬山隱士劉遺民見肇此論,乃歎曰:「不意方袍,復有平叔。」因以呈遠公。遠乃撫几歎曰:「未嘗有也。」因共披尋翫味,更存往復。遺民乃致書肇曰:「頃餐徽聞,有懷遙仰,歲末寒嚴,體中何如?音寄壅隔,增用抱蘊。弟子沈痾草澤,常有弊瘵,願彼大眾康和,外國法師休悆不」云々。肇答書曰:「不面在昔,佇想用勞。得前疏並問,披尋反覆,欣若暫對,涼風戒節,頃常何如?貧道勞疾每不佳,即此大眾尋常,什師休勝。秦主道性自然,天機邁俗,城塹三寶,弘道是務。」云々。


時に廬山の隱士の劉遺民は肇が此の論を見、乃ち歎じて曰く:「意わざりき、方袍に復た平叔有りしか」と。因りて以て遠公に呈ず。遠は乃ち几を撫し歎じて曰く:「未だ嘗て有らざるなり」と。因りて共に披尋翫味し、更ごもに往復を存す。遺民は乃ち肇に書を致して曰く:「頃に徽聞を餐し、遙仰を懷ける有り。歲末の寒嚴なるに、體中は何如? 音寄は壅に隔たれ、增ます抱蘊を用う。弟子は草澤に沈痾し、常に弊瘵有らば、願わくば彼の康和なる大眾、外國法師は休悆なるや不や、と」云々。肇は書にて答えて曰く:「在昔に面ぜずば、用勞を佇想す。前に疏と並べて問とを得、反覆し披尋し、欣なるは暫し對せるかの若し、涼風は戒節なれば、頃に常は何如? 貧道の勞疾は每に佳からずも、即ち此の大眾は常を尋ね、什師は休勝たり。秦主が道は自然の性、天機は俗に邁し、城は三寶を塹し、道を弘むを是れ務めとす」云々。


(高僧伝6-7_言語)



ここでいきなり何晏の名前が出てくるのは、何晏が清談家、つまり老荘の思想をベースに物事を語る人物でありながら論語注を残した人物だからです(※現在においても朱子学以前の注の大家として全文が現存)。まぁ専門家が読むと「いや論語注とか言いながらこいつだいぶ老荘的解釈しすぎじゃね?」とかツッコミ入ってるみたいですが、そりゃ仕方ねえってもんよ。


ところで、劉遺民からの手紙はこう。


去年夏末,見上人『般若無知論』,才運清雋,旨中沉允。推步聖文,婉然有歸,披味殷勤,不能釋手,真可謂浴心方等之淵,悟懷絕冥之肆,窮盡精巧,無所間然。但闇者難曉,猶有餘疑一兩,今輒條之如別,願從容之暇,粗為釋之。


基本的に般若無知論やべーすげーサイコーの嵐。そしてその後に「勉強不足で甚だ恐縮なのですが……」と始まる。ここで実際の内容に踏み込まないのは、高僧伝があくまで伝記集だから、なんでしょう。


ちなみにクマーラジーヴァの名前が出てきてるのは、慧遠とクマーラジーヴァに親交があったからです。たぶんその流れで劉遺民の名もクマーラジーヴァに伝わっていたりはするんでしょう。ともあれ、僧肇からのお返事はこう。


由使異典勝僧,自遠而至。靈鷲之風,萃乎茲土。領公遠舉。乃是千載之津梁,於西域還得方等新經二百餘部。什師於大石寺出新至諸經,法藏淵曠,日有異聞。禪師於瓦官寺教習禪道,門徒數百,日夜匪懈,邕邕肅肅,致自欣樂。三藏法師於中寺出律部,本末精悉,若睹初制。毗婆沙法師於石羊寺出『舍利弗毘曇』梵本,雖未及譯,時問中事,發言新奇。貧道一生猥參嘉運,遇茲盛化,自不睹釋迦祇桓之集,餘復何恨?但恨不得與道勝君子同斯法集耳。稱詠既深,聊復委及,然來問婉切,難為郢人。貧道思不關微,兼拙於筆語。且至趣無言,言則乖至,云云不已,竟何所辯。聊以狂言,示詶來旨也。


大まかに書くと長安の仏教事情を紹介し、「こんなところで切磋琢磨できるなんてサイコー! ブッダ入滅のはるか後世に生まれたのを悔やみはしたけど、なかなかどうして! あんまりにもこの状況が嬉しくてたまらないので紹介するね! まぁこの状況を享受するのに僕の才能は正直足りてないんだけどさ! まぁそんなわけであなた達からの質問にもどこまでうまく答えきれるかわかんないけど、頑張って回答するね!」という感じ。


……あれ、なんかこれ、僧肇微妙にマウント取りきてない?


なにせ慧遠ときたら桓玄かんげんに「おう、お前らも皇帝のこと世俗の人間と同じように崇拝しろやコラ」って迫られたのに対して「ふざけんなこのクソボケカス」みたいな手紙書いたりで、だいぶ世俗政権との対処に苦慮してますからね。そういう人に対して「こっちの仏教はサイコーですよ!」って書くとか、控えめに言って性格悪くない……?


(※筆者が性格悪い人が好きなだけです)

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