羅什8  呂纂敗亡の予兆 

400 年、ケルベロス豚が誕生した。

また龍が東の井戸からあらわれ、

大殿の前でとぐろを巻いて盤踞、

しかし翌朝にはいなくなった。

呂纂りょさんはこれらの現象を瑞祥と見、

大殿を龍翔殿りゅうしょうでんと呼ぶようにした。


ややあって、今度は黒龍が

宮殿南の九宮門から天に昇っていった。

呂纂は九宮門を龍興門りゅうこうもんと改称した。


瑞祥ですって? んなわけねーでしょう!

クマーラジーヴァは訴え出る。


「近日、潜んでいた龍が姿を現し、

 不気味な豚が誕生いたしました。

 龍は陰なる者、その出現は

 何らかの前兆と見るべきでありますに、

 ましてそれがしばしば現れるのです。

 これは災いが近いことを表します。

 きっと臣下による謀反がありましょう。


 陛下におかれて己を律し徳を治め、

 天の警告に応じられますよう」


 しかし呂纂は聞き入れなかった。

 ある時クマーラジーヴァと

 双六ゲームをし、

 クマーラジーヴァのコマを取る。


「どうだ、胡奴こどの首を斬ったぞ」


 クマーラジーヴァは言う。


「胡奴の首を斬るなど叶わぬこと。

 胡奴はむしろ、人の首を斬りましょう」


この言葉には含意があったのだが、

呂纂は最後まで含意に気付かなかった。


まもなく呂光りょこうの弟(呂保りょほ)の子である

呂超りょちょうが決起。呂纂を殺し、首を挙げた。

そして兄の呂隆りょりゅうを新たな後涼こうりょう王に立てる。


呂超の幼名が、胡奴である。

クマーラジーヴァの言葉の意味を、

時の人たちはようやく悟ったのである。




咸寧二年,有豬生子,一身三頭,龍出東廂井中,到殿前蟠臥,比旦失之,纂以為美瑞,號大殿為龍翔殿。俄而有黑龍昇於當陽九宮門,纂改九宮門為龍興門。什奏曰:「比日潛龍出遊,豕妖表異。龍者陰類,出入有時,而今屢見,則為災眚,必有下人謀上之變,宜剋己修德,以答天戒。」纂不納,與什博戲,殺棋,曰:「斫胡奴頭。」什曰:「不能斫胡奴頭,胡奴將斫人頭。」此言有旨,而纂終不悟。光弟保有子名超,超小字胡奴,後果殺纂斬首,立其兄隆為主,時人方驗什之言也。


咸寧二年、豬の子を生み、一なる身に三なる頭有り。龍の東廂が井中に出で、殿前に蟠臥し、比の旦に之を失さば、纂は以て美瑞と為し、大殿を號し龍翔殿と為す。俄に黑龍の當陽九宮門に昇れる有らば、纂は九宮門を改め龍興門と為す。什は奏じて曰く:「比日に潛龍出遊し、豕妖は異を表す。龍は陰類にして出入に時有り、今ま屢しば見ゆるは則ち災眚を為さん。必ずや下人の謀上の變有らん。宜しく己を剋し德を修め、以て天戒に答うべし」と。纂は納めず、什と博戲し、棋を殺して曰く:「胡奴が頭を斫らん」と。什は曰く:「胡奴が頭を斫るは能わず、胡奴は將に人が頭を斫らん」と。此の言に旨有れど、而して纂は終に悟らず。光が弟の保に超なる名の子有り、超が小字は胡奴なれば、後に果して纂を殺し首を斬り、其の兄の隆を立て主と為さば、時人は方に什の言の驗なりとす。


(高僧伝2-8_術解)




クマーラジーヴァ、なんで後涼に留まってたんですかね……呂纂からもめっちゃ軽んじられてますやん。


そしてここで起こる政変及びその前兆はきれいなくらいにテンプレで、さてどう認識したもんかって感じである。信じてもいいし、信じる必要もない気がする。とりあえずクマーラジーヴァ目線からだと「間違いなく呂纂は政変に巻き込まれて死ぬ」があって、それを何とかして伝えたかったんだろうな、までは信じる。


ちなみに呂纂については、晋書で愉快なエピソードが記されている。かれは政敵となった弟のひとり、呂弘りょこうを実力で排除した。そして配下に向けて「どうだ俺は強いだろう」とかドヤったところを「兄弟で力を合わせられないとか控えめに言ってクソですよね」と返され恥じ入ってる。しかし直後に呂弘を暗殺。もうなんかいろいろアレなアレ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る