羅什2  鳩摩羅什サマリー

クマーラジーヴァが生まれると、

母親は出家を考えたが反対される。

それでもう一人子を産んだ後断食、

根負けしたクマーラヤーナは

ついに出家を認める。


クマーラジーヴァも七歳で出家。

その神童っぷりを示した。

ただ、家柄が家柄であったため、

ものすごい勢いで寄進が集まってくる。

そのため母はクマーラジーヴァを連れ、

家を脱出した。


クマーラジーヴァは九才の時、

インド入りした。

やはり神童ぶりを発揮しまくり、

その名声はすぐ当地の王にまで届く。

王が部下に論戦を仕向けさせると、

クマーラジーヴァ、瞬く間に論破。

王にも認められ、最上級の僧としての

もてなしを受けるに至る。


十二才になって亀茲クチャに帰還。

ここでもすさまじき学識を発揮し、

ついに亀茲王より国賓扱いを受ける。


クマーラジーヴァのもとに、

二人の王子が弟子入りを志願。

スーリヤバドラ、スーリヤソーマ。

彼らと子弟兼友人といった関係を築き、

共にその学識を深めていった。


やがて母がひとり天竺てんじくに赴くことに。

別れに際し、母が言う。


「御仏の教えは今後、

 中国で花開くでしょう。

 その時お前が

 大きな力になる気がします。


 しかしそれは、決しておまえ自身の

 利とはならないでしょう。


 ならば私は、お前の後押しを

 すべきなのかどうか」


クマーラジーヴァは答える。


菩薩ぼさつは我が身をなげうって

 教えをもたらすもの。

 ならば自分の身が地獄の窯に

 焼かれるようなことがあっても、

 なにを恨みましょう」



その後小乗仏教の僧と論戦になり、

彼に対し、言っている。


「大乗の教えはすべてを包み、清める。

 小乗はそれに比べ、遺漏がある」


両名は一か月余りも議論した結果、

最終的に折り合いこそ

つかなかったのだが、

相手の僧はこう言っている。


「そなたは私の大乗の師である。

 私はそなたの小乗の師である」


こうした様々な議論を経て、

クマーラジーヴァの名声が高まり、

ついにはあの苻堅ふけんの耳にまで

届くに至るのである。




及什生之後,還無前言。頃之,什母樂欲出家,夫未之許,遂更產一男,名弗沙提婆。後因出城遊觀,見塚間枯骨異處縱橫,於是深惟苦本,定求離俗,誓志落髮,不咽飲食。至六日夜,氣力綿乏,疑不達旦,夫乃懼而許焉。以未剃髮故,猶不嘗進。即勅人為除髮,乃下飲食。次旦受戒,仍樂禪法,專精匪懈,學得初果。


什年七歲,亦俱出家,從師受經,日誦千偈,偈有三十二字,凡三萬二千言。誦『毗曇』既過,師授其義,即自通達,無幽不暢。時龜茲國人,以其母王女,利養甚多,乃携什避之。什年九歲,隨母渡辛頭河,至罽賓,遇名德法師盤頭達多,即罽賓王之從弟也。淵粹有大量,才明博識,獨步當時,三藏九部,莫不該博。從旦至中,手寫千偈,從中至暮,亦誦千偈。名播諸國,遠近師之。什至,即崇以師禮,從受『雜藏』、中長二『含』,凡四百萬言。達多每稱什神俊,遂聲徹於王,王即請入,集外道論師,共相攻難。言氣始交,外道輕其年幼,言頗不遜。什乘隙而挫之,外道折伏,愧惋無言。王益敬異,日給鵝腊一雙,粳米麫各三斗,蘇六升。此外國之上供也。所住寺僧乃差大僧五人,沙彌十人,營視掃灑,有若弟子,其見尊崇如此。


至年十二,其母携還龜茲,諸國皆聘以重爵,什並不顧。時什母將什至月氏北山,有一羅漢見而異之,謂其母曰:「常當守護此沙彌,若至三十五不破戒者,當大興佛法,度無數人,與優波毱多無異。若戒不全,無能為也,止可才明俊藝法師而已。」什進到沙勒國,頂戴佛鉢,心自念言:「鉢形甚大,何其輕焉?」即重不可勝,失聲下之。母問其故,答云:「兒心有分別,故鉢有輕重耳。」遂停沙勒一年。其冬誦『阿毗曇』,於〈十門〉、〈修智〉諸品,無所諮受,而備達其妙,又於〈六足〉諸問,無所滯礙。沙勒國有三藏沙門名喜見,謂其王曰:「此沙彌不可輕,王宜請令初開法門,凡有二益:一國內沙門恥其不逮,必見勉強;二龜茲王必謂什出我國,而彼尊之是尊我也,必來交好。」王許焉,即設大會,請什升座,說『轉法輪經』,龜茲王果遣重使酬其親好。什以說法之暇,乃尋訪外道經書,善學『圍陀含多論』,多明文辭製作問答等事,又博覽『四圍陀』典及五明諸論。陰陽星算,莫不必盡,妙達吉凶,言若符契。為性率達,不厲小檢,修行者頗共疑之,然什自得於心,未嘗介意。


時有莎車王子、參軍王子兄弟二人,委國請從而為沙門。兄字須利耶跋陀,弟字須耶利蘇摩。蘇摩才伎絕倫,專以大乘為化,其兄及諸學者,皆共師焉,什亦宗而奉之,親好彌至。蘇摩後為什說『阿耨達經』,什聞陰界諸入皆空無相,怪而問曰:「此經更有何義,而皆破壞諸法。」答曰:「眼等諸法非真實有。」什既執有眼根,彼據因成無實,於是研覈大、小,往復移時。什方知理有所歸,遂專務『方等』。乃歎曰:「吾昔學小乘,如人不識金,以鍮石為妙。」因廣求義要,受誦『中』、『百』二論,及『十二門』等。


頃之,隨母進到溫宿國,即龜茲之北界。時溫宿有一道士,神辯英秀,振名諸國,手擊王鼓而自誓曰:「論勝我者,斬首謝之。」什既至,以二義相檢,即迷悶自失,稽首歸依。於是聲滿葱左,聲宣河外。龜茲王躬往溫宿,迎什還國,廣說諸經,四遠學宗,莫之能抗。時王女為尼,字阿竭耶末帝,博覽群經,特深禪要,云已證二果。聞法喜踊,迺更設大集,請開『方等』經奧。什為推辯「諸法皆空無我」,分別「陰界假名非實」,時會聽者莫不悲感追悼,恨悟之晚矣。至年二十,受戒於王宮,從卑摩羅叉學『十誦律』。


有頃,什母辭往天竺,謂龜茲王白純曰:「汝國尋衰,吾其去矣。」行至天竺,進登三果。什母臨去謂什曰:「『方等』深教,應大闡真丹,傳之東土,唯爾之力。但於自身無利,其可如何。」什曰:「大士之道,利彼忘軀。若必使大化流傳,能洗悟矇俗,雖復身當爐鑊,苦而無恨。」於是留住龜茲,止于新寺。後於寺側故宮中,初得『放光經』,始就披讀。魔來蔽文,唯見空牒,什知魔所為,誓心踰固,魔去字顯,仍習誦之。復聞空中聲曰:「汝是智人,何用讀此。」什曰:「當是小魔,宜時速去,我心如地,不可轉也。」停住二年,廣誦大乘經論,洞其秘奧。龜茲王為造金師子座,以大秦錦褥鋪之,令什昇而說法。什曰:「家師猶未悟大乘,欲躬往仰化,不得停此。」俄而大師盤頭達多不遠而至。王曰:「大師何能遠顧?」達多曰:「一聞弟子所悟非常,二聞大王弘贊佛道,故冒涉艱危,遠奔神國。」什得師至,欣遂本懷,即為師說『德女問經』,多明因緣空假,昔與師俱所不信,故先說也。師謂什曰:「汝於大乘見何異相,而欲尚之?」什曰:「大乘深淨,明『有法皆空』,小乘偏局,多滯名相。」師曰:「汝說一切皆空,甚可畏也,安捨有法而愛空乎?如昔狂人,令績師績線,極令細好,績師加意,細若微塵,狂人猶恨其麁,績師大怒,乃指空示曰:『此是細縷。』狂人曰:『何以不見。』師曰:『此縷極細,我工之良匠,猶且不見,況他人耶?』狂人大喜,以付織師。師亦效焉,皆蒙上賞,而實無物。汝之空法,亦由此也。」什乃連類而陳之,往復苦至,經一月餘日,方乃信服。師歎曰:「師不能達,反啟其志,驗於今矣。」於是禮什為師,言:「和上是我大乘師,我是和上小乘師矣。」西域諸國,咸伏什神俊,每至講說,諸王皆長跪座側,令什踐而登焉,其見重如此。


(高僧伝2-2_文学)




この辺に深く立ち入るのは、仏教に詳しくない自分にはきついのです。と言うわけでざっくりとしたアウトラインをば。天才&天才&天才っぷりが伝わってきます。

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