姚泓2  明識寬裕    

姚興ようこう平涼へいりょうに出た隙を狙い、

馮翊ひょうよく萬年ばんねんという地で劉厥りゅうけつという人物が

数千人を集めて、決起。

姚泓ようおうは自らに与えられている兵を

彭白狼ほうはくろうに貸し与え、討伐させた。

劉厥は斬首としたが、それ以外は赦免。


配下らは、こぞって言う。


「姚泓様の素早いご決断により、

 逆賊が討たれたのです。

 このことを広く知らしめ、

 また賊徒の首を晒して、

 姚泓あり、を広く国内に

 示すべきではございませんか?」


姚泓は答える。


「父上から後事を託されたのは、

 謀反を抑え込むことだ。

 しかし我が統御がうまくゆかず、

 賊をつけ上がらさせてしまった。


 このような失態、むしろ我が身に咎を

 背負わねばならぬことだろう。

 にも関わらず、斯様な宣伝をなせば、

 そのつまらぬ功名心のために

 罪を重くするだけではないか!」


この話を聞いた韋華いかが、

洛陽らくようあたりを守る慕容筑ぼようちくに言っている。


「皇太子は恭しさをお抱きだ。

 まこと、この国の幸いであろう!」


姚弼ようひつが皇太子位を奪おうとしたときも、

姚泓は慰撫をなし、不問とする。

態度も以前とは変わらず、

その顔色も平静そのものだった。


叔父の姚紹ようしょうは姚弼を補佐していたが、

そんな姚紹に対しても、引き続き

叔父に対する礼を示し続け、

排斥しようという気配を

微塵も見せなかった。


姚泓が即位すると、

国の軍権を姚紹に預ける。

姚紹はその度量に心服し、

その忠誠を揺るぎないものとした。


姚泓のものを見通す目、

その寛容ぶりは、このようであった。




興之如平涼也,馮翊人劉厥聚眾數千,據萬年以叛。泓遣鎮軍彭白狼率東宮禁兵討之,斬厥,赦其餘黨。諸將咸勸泓曰:「殿下神算電發,蕩平醜逆,宜露布表言,廣其首級,以慰遠近之情。」泓曰:「主上委吾後事,使式遏寇逆。吾綏禦失和,以長奸寇,方當引咎責躬,歸罪行間,安敢過自矜誕,以重罪責乎!」其右僕射韋華聞而謂河南太守慕容築曰:「皇太子實有恭惠之德,社稷之福也。」其弟弼有奪嫡之謀,泓恩撫如初,未嘗見於色。姚紹每為弼羽翼,泓亦推心宗事,弗以為嫌。及僭立,任紹以兵權,紹亦感而歸誠,卒守其忠烈。其明識寬裕,皆此類也。


興の平涼に如けるに、馮翊人の劉厥は眾數千を聚め、萬年に據し以て叛ず。泓は鎮軍の彭白狼を遣りて東宮の禁兵を率い之を討たしめ、厥を斬り、其の餘黨を赦す。諸將は咸な泓に勸めて曰く:「殿下の神算電發にて醜逆は蕩平さる。宜しく表言を露布し、其の首級を廣め、以て遠近の情を慰すべし」と。泓は曰く:「主上の吾に後事を委ね、寇逆を式遏せしめんとす。吾れ綏禦にて和を失い、以て奸寇を長じたれば、方に當に咎を引き躬を責め、行間に罪に歸すべくも、安んぞ敢えて過を自ら矜誕せんか、以て罪責を重ねんか!」と。其の右僕射の韋華は聞きて河南太守の慕容築に謂いて曰く:「皇太子は實に恭惠の德有り、社稷の福なり」と。其の弟の弼は奪嫡の謀を有せど、泓の恩撫せること初の如くし、未だ嘗て色に見えず。姚紹は每に弼が羽翼と為るも、泓も亦た宗事に推心し、以て嫌を為す弗し。僭立せるに及び、紹を以て兵權を任じ、紹も亦た感じ誠に歸し、其の忠烈を卒守す。其の明識寬裕なるは、皆な此の類なり。


(晋書119-2_徳行)




むう、しれっと「式遏」が出てきましたね。詩経の大雅・民勞に出てくる句です。これも割と頻出しそうだなー。調べといたほうが良さそう。


それにしても姚泓伝の書き方、「素晴らしい人だよ、生まれたタイミングが悪かったけど」と言わんばかりで。切ないわね……。

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