第6話

 

 その日は風が無くて妙に暑い、じっとり湿った日だった。

 

 いつもミナトさんが居る小窓には、今日はブラインドがかかっていて、店の奥にも人の気配はない。

 店は休みらしい。そういえば以前そんなことを言っていたと思い出す。

 

 軒先のベンチには先客が座っていた。

 この間のお婆さんと、その友達らしいお婆さんがもうひとり。

 

 本当はタバコを吸いに来たのだけれど、流石にマズイだろう。

 

 俺はその場を通り過ぎようとして、けれどそのとき、二人の会話が偶然聞こえてしまう。

 

「今日は涼葉ちゃんは?」

「ほら、今日はケンスケ君の命日だろう? だから──」

 

 その言葉に、思わず動きが止まった。一瞬あと、俺は怪しまれないように、店先の自販機でジュースを選ぶフリをして、耳を澄ませる。

 横目で伺ってみたけれど、二人は俺なんかに構わずに会話を続けている。

 

「……あれからもう三年になるんだねぇ」

「涼葉ちゃんも、そろそろ誰か良い人を見つけられるといいんだけど」

「そうだねえ。このタバコ屋にいつまでも縛られてるなんて可哀そうなことだよ」

 

 ああそれで。と、俺は深く息を吐く。

 ミナトさんがいつも物憂げに、ずっとこの場所にいる理由が分かったような気がした。

 

 もしかすると俺の考えなんて、全部勘違いなのかもしれない。

 それでも俺は彼女のことを勝手に想像して、勝手に同情して、勝手に心を痛める。

 

 彼女は何も言ってくれないから。だから俺は自分の中でミナトさんを想うしかない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る