第3話

 いつの間にか、毎朝ミナトさんと話すことが日課になった。

 授業に出る日も、面倒くさくてサボろうかなと思う日にも、登校前にタバコ何本分の間、彼女と話をする、そんな毎日。

 

 けれど実際のところ、あまり話は弾まなかった。友達の話とか、ちょっとした日々の事件とか、そんなことを俺ばかりが喋っていて、ミナトさんは、へえ、とか、ふーん、とかそんな返事ばかりだったから、俺はちょっと不安だったりした。

 

 彼女はいつも冷静で大人で、俺のことなんてまるで興味がなくて、だからいつも見下されているみたいな気分になる。

 その日二本目のタバコが燃え尽きるころには、俺はすっかり冷静じゃなくなっていて、それでつい余計な事を聞いてしまう。

 

「ミナトさんってさ、カレシとかいないの?」

 

 ミナトさんはいかにも大人って感じの美人で、だから当たり前に恋人がいるものだと思っていた。学校でも友達はみんな、誰と誰が付き合ったとか、誰とヤッたとかそんな話ばかりしているし、軽い雑談のつもりだった。

 けれど彼女の反応はクラスの女子なんかとはまるで違っていた。

 

 彼女は驚いたみたいに一瞬はっと息を飲んだかと思うと、小さな声で、

「いねーよ」

 と、答えた。

 

 それから、俺が何を言う隙もなく、

「さっさと学校行け」

 とだけ言って出窓を閉めてしまう。

 

 固く閉じられた窓をぼんやり眺めながら、失敗したかな、と思った。最初から最後まで、全てが間違いだった気がした。何が間違いなのかはよく分からないけれど、時間を巻き戻して、一本目のタバコに火をつけるところからやり直したかった。

 

 なんだろう、このモヤモヤした感じ。

 整理できていない思いが、タバコの匂いみたいに頭の芯にまとわりついてくる。

 

 この場所は蝉の声がうるさくて、だから余計に静けさが耳について離れない。


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